122話「パーンの笛」
「昔、サテュロスに似たパーンという笛吹きがいた」
今日見つけた呪いの笛を見ながら、宿でロサリオが語り始めた。
「ものすごくモテる男だったが、晩年ある貴族の娘に恋をしてね。彼女は目が見えなかった。ゴルゴン族で美貌に嫉妬する者から毒を盛られたんだ。パーンはどうにか彼女の目を治そうと、楽器を捨てて薬の研究をし始めた。周りは皆、笛吹からほら吹きになったと笑っていた。だけど、パーンは真剣に研究をして、いろんな目の薬を彼女に試してみたんだ。それでも娘の目は治らず帰らぬ人となった。パーンは葬式で笛を吹き、彼女に毒を持った魔物を呪った。たぶん、その時に吹いた笛がこれだ」
見た目は何の変哲もない笛だが、かなり使い込まれているようには見える。
「呪いの効果は?」
「パーンが呪った魔物の娘たちが亡霊となって目つぶしをしてくるらしい」
「最悪だな」
「笛の音が聞こえないように耳栓をして寝てくれって、古道具屋の主人が言っていた。まぁ、パーンの墓に返しに行けばいい」
「パーンの墓はどこにあるんだ?」
「貴族の娘が眠る墓地の近くにある」
「ここからだと近いぞ。山を一つ越えればいいだけだ」
リオが地図を見せてきた。南下しているの群島にも近づく。
「浄化しない手はないか……。亡霊対策はしないとな」
魔物の国だと教会がないから聖水もない。回復薬を作るか。
「聖水もないのにどうやって対策するんです?」
人間のイザヤクが聞いてきた。
「アルラウネの樹液か、回復薬がある。あとはレクイエムなんかも効くはずだ」
ウェアウルフのアーリャが教えていた。
「アルラウネの樹液ってゴースト系の魔物に効くんですか?」
マーラも驚いている。
「ああ、人間の国では知られてないのか?」
「たぶん。学校でも習いませんでしたよ。そもそもアルラウネの樹液自体が希少ですから」
「そうなのか。人間の知識には偏りがあるんだね」
「逆もあるだろうな。人間には常識でも魔物にとっては驚くようなことが」
「ゴースト系の魔物に塩って効くんですか?」
イザヤクがリオに聞いていた。
「効くものと効かないのがいる。身体が腐っている系にはかなり効くと思っていい。ただでさえ腐っているのに、塩で水分が持っていかれると後が大変らしい。骸骨やミイラ系には効きにくい。そもそも水分がないからな。それから亡霊系には不純物の少ない塩が効く。清め塩というらしいから」
「なるほど……!」
イザヤクはメモを取っていた。
「骸骨に塩って効かないんですか?」
マーラは学校で習ったことと違うらしい。
「骸骨には粘着液だ。ゴーレム系にも粘着液が有効だし、温めて使える粘着液はかなり使えるぞ。リイサは持ってるよな?」
「持ってますけど罠の補習用に小瓶しか持ってきてません。戦闘で使うんですか?」
「ああ、そうか。罠に使う液体も教えておかないとなぁ」
「ゴースト系には回復薬の塗り薬がいいんだ。液体だとすぐに乾いて効果が薄い。明日はそういうのを揃えようか」
ロサリオが提案して、皆頷いていた。
戦闘においてアイテムは重要だ。特に戦う対象が決まっているなら何を使うかによって戦術は変わる。
特に今回は亡霊を消滅させるというよりも昇天させて呪具を浄化させることが目的なので、アイテムに頼った方が楽だ。
翌日、アイテムを買い込み出発。ちょうどよく野盗討伐の報酬も出た。
山道を登り、パーンの墓へ向かう。やはりツアー参加者たちは移動で疲れてしまっている。この状態で現場を見て戦術を考えるというのは難しいのではないか。
「移動で疲れると仕事をするとかじゃないぞ。事前に考えておいて、現場で確認しながら作業をするだけだ」
「あれだけ汗だくの姿を見ると『荷運び』スキルは重要だと嫌でも気づく」
ツアー参加者は真剣にスキル取得を悩んでいた。リオもロサリオも渋い顔で参加者を見ていた。
「でも、足腰の筋肉次第なんじゃないか。レベルが上がれば自然と身についてくれるといいんだけどな」
俺が使っている『荷運び』スキルは、多くの荷物を運ぶために取ったものだが、今では重量というよりも重心のバランスをとるために使っている。
「そうだな。身体感覚を伸ばしてレベルを上げるか」
パーンの墓は荒れていて、霊廟もすっかり苔だらけになっていた。
「古い話だからな。墓参りする者もいないか」
「じゃあ、とりあえず一旦掃除だな。鎌も買っておいてよかった」
予想していたことなので、ここまではいい。
「呪われた亡霊が出てくるかもしれないから皆、耳栓をして作業に当たってくれ」
一応、ロサリオが笛の準備をしている。亡霊が出てきたら、笛を吹いて挑発するとのこと。
「草刈りは腰に来るから、座ってできるように毛皮や布を敷いてやるといい」
一番苦手そうなリオが率先して草を刈り始めた。呪具を浄化するのが楽しみなんだとか。
座って周辺の草刈りをしていると、頭の上に亡霊が現れた。ゴルゴンの娘に嫉妬したラミアだ。回復薬を塗ったナイフを投げて近くの木に打ち付け、魔力の紐でぐるぐる巻きにしておいた。実体がなくても魔力は効く。
ロサリオがレクイエムを吹き始めると、次から次へと魔物の亡霊が出てくる。皆、回復薬を塗った鎌などで対応している。亡霊たちは魔力の紐でまとめて木に括り付けておいた。
耳栓をしているので、亡霊の文句は聞こえない。
一通り掃除を終えて、霊廟を開けて、呪われた笛を棺の上に安置。霊廟を締めて手を合わせたが、亡霊たちは消えず、呪いが解けたようには見えない。
「せっかく掃除したのに浄化されなかったのか?」
リオは寂しそうに聞いてきた。
「こういうこともあるさ」
「とりあえず、貴族の娘の墓にも行ってみよう」
ゴルゴンの娘の墓はパーンの墓よりももっとひどく荒れていて、毒の池まであった。
「こりゃあ、酷い」
「枯れ枝やゴミで水の流れが止まってるんだ」
毒草なども生えていたので、軍手をして粘着液で自分たちの手を覆ってから草刈り。枯れ枝を魔力の紐で縛りまとめていく。
「魔力の紐ってこういう使い方をするつもりじゃなかったんだけどな……」
そう言いながらも使ってしまう。特に毒の中だと、まとめにくいのでめちゃくちゃ便利だ。濡れても重くならないし魔力の分だけ伸ばせるし、好きな時に消せる。
「なんか魔力の紐を使いこなしているな」
「思っている以上に便利だぞ」
まとめたゴミを毒の池から引き上げると一気に水が流れ始めた。水の透明度が増して毒が流されていく。ゴミはリオに焼いてもらった。
「きれいな泉だったんだな」
「霊廟の中を見てみろよ!」
ロサリオが霊廟の扉を開けて中を指さしていた。
中は草や虫の死骸だらけだが壁際には試験管のような笛が並んでいる。笛に水を入れるようなのだが何に使うのかわからない。
「たぶん、笛の中に水を入れると音階になってるんだ」
「掃除して試してみよう」
霊廟の中をきれいに掃いて、雑巾で笛の汚れを拭いて水を入れていく。線が引かれていてどこまで入れればいいのかはわかる。
「でも、これ誰も吹けないだろ? 壁に張り付けられてるんだからさ」
「たぶん、どこか壁に穴が空いてるんだ。扉を閉めてから思い切り開けてみろよ」
ヒュゥ……ピィー……。
思い切り扉を開けてみたものの、小鳥が鳴くような音がするだけ。笛は鳴らなかった。
「亡霊でもないと吹けないのか」
「でもあんなにたくさんの笛を一度に吹けないだろ? それこそゴルゴンでもない限り」
ゴルゴンの髪は蛇になっているので、髪の蛇を使って演奏でもしなければ大量の笛は吹けない。
「パーンが死んだゴルゴンの娘とセッションをするためにあの水笛を作ったとしたら……?」
「やってみようか」
ロサリオは扉を閉めてパーンが作ったレクイエムを自分の笛で吹いた。
ピィロロロ……。
風も吹いていないのに、ロサリオの笛の音に呼応するように壁の笛が鳴る。最後まで吹ききると、山の風の音がやけに大きく聞こえてきた。
「わっ、すごい。心音がはっきり聞こえる」
「耳が急によくなったような……」
「この耳があれば魔物の位置がわかりますよ」
「足音がこんなに大きく聞こえるなんて……」
ツアー参加者たちは皆、聴覚が過敏になっていた。
きれいになった墓を後にして、パーンの墓に戻ってみると亡霊は消え、安置した笛は浄化されていた。試しにロサリオが吹いてみると、目を潰す亡霊は現れず、一時的に聴覚の認知機能を上げる効果があった。
「全然戦わなかったな」
リオはちょっと寂しそうだった。
「こういうこともあるさ」