12話「見通せるのか、ヒモ男」
竹ひごで形を作り、余っている布や色付きの紙でくす玉を作り、中に屋台で買った飴玉やクッキーの袋を入れた。チョコレートがないのが残念だ。そう言えばコーヒーもない。意外にもグミに似たお菓子はある。異世界に来て、地球の甘味は発展していることを知った。
あまり甘味に興味がないのか魔物たちは、なかなか買わないようだ。アラクネさんと暮らしていると、それほど味覚が違うとは思えないので、食べてくれると嬉しい。
くす玉はノリでくっつけて、棒で割るようにした。紐を引くだけじゃエンターテイメント性がない。
そのまま家に戻って、木の枝に引っかけてセット。
「あら? コタロー、それはなに?」
ちょうどよくアラクネさんが起きてきて、俺を探しに外に出てきた。
「人間のお祝い行事だよ。休めた?」
「ええ。もう身体も回復して、すっかり動けるようになったわ。それで、それは何をするもの?」
「木の棒で叩いて割ると、中から美味しくて甘いものが出てくるんだけど、甘いの苦手だったかな?」
「そんなことないわ。甘い果物は好きよ」
「お菓子は?」
「あんまり食べたことがないけれど……。屋台で売っているやつよね?」
「そう。せっかくだから皆が起きたら、やってみない? 一人で割るんだけど、順番に叩いてみる感じで」
「いいね」
「きっと甘いものだけだと、苦いお茶が欲しくなるからお茶を用意しておこう」
「……そうね。コタローは、なんでもお見通しなのね」
「なんにも見通せてないよ。気持ちが少しわかるだけで……」
アラクネさんに答えながら、見通しが利かない今の状況がもどかしく感じた。せめて市場の情報を受け取れる場所にいれば……。前の世界でトレーダーをしていた血が騒いでいるのかもしれない。
せっかく転生したのに、自分の好きなことができていないんじゃないか。
環境に合わせて生活していたのでは、前の世界と変わらない。
「どうかした?」
「いや……、ちょっとぼーっと考え事をしていただけ。さ、お湯を沸かそう」
お湯を沸かしている間に、エキドナやリザードマンたちが起きてきた。
「なに? なにをやるの?」
「人間流のお祝いだって。棒で叩くらしいよ」
アラクネさんがエキドナに説明していた。
「なにか出てくるのか?」
「それは出て来てからのお楽しみ。あんまり剣技とか使わないでね」
リザードマンの質問には俺が答えておいた。
皆、起きてきてお茶の準備も整ったところで、ウブメ討伐祝いを始める。
「今回は皆さま、お疲れさまでした。皆さまのお陰で町は助かりました。ささやかですが、これで少しでも気持ちが晴れてくれればと思って、くす玉を作ってみました。順番に棒で叩いてみてください」
「よーし! じゃあ、順番に……」
「戦闘力がない奴から叩いていいよ」
余裕の表情でエキドナが言っていた。
「なにおう! 俺か……」
意外にもリザードマンが一番弱いのか。
「じゃ、いくぞ」
バスンッ!
振り上げた棒が腐っていて、折れてしまった。一応竹ひごで補強はしているが、案外割れない。
「じゃ、次は私か」
ラミアがその辺に落ちていた枝で叩いた。
ブスッ!
くす玉に突き刺さった。引き抜くと飴玉が落ちてくる。
きれいに洗ってから「どうぞ」と渡すと、「臭い玉?」と聞いてきた。
「いや、飴玉です。甘いお菓子です。見たことないですか?」
「へぇ、ない。甘いの?」
ラミアが飴を口に放り込むと、目と鼻を大きく広げていた。
「甘いね! うわっ! すごい!」
「噛まずに舐めながら甘さを楽しんでください。甘すぎたら、お茶を飲んで」
「こんな甘いんだ!」
「それ。広場の屋台で売っているやつでしょ! 食べてみたいとは思ってたけど、そんなに甘いんだ。よーし!」
次はエキドナが枝を拾って、くす玉を叩いた。
ボスンッ! バラバラバラ……。
「たくさん落ちてきた。クッキーの袋まである!」
「クッキーは知ってるんですか?」
「携帯食でしょ? それくらいは知っているよ」
おそらくエキドナが知っているのは、カロリーバーのような携帯食のことだろう。
袋を開けて、一口食べたら、表情が変わった。
「こんな甘かったの? 確かにこれなら狩りに持って行きたくなるわ」
「お茶にも合いますよ」
「そうなの」
エキドナがクッキーとお茶を試すと、「これは落ち着くわね」と切り株に座り込んでいた。
「コタロー、何を食べさせたんだ? エキドナがあんな風に落ち着くことなんてないんだぞ」
「ティータイムってやつです。甘いものを食べて、血糖値が上がっているんです。集中したいときなんかに食べるといいですよ」
「これ、作戦を練る時にこれがあるといいじゃない?」
「そうですね」
エキドナは「人間が戦術を何度も変えられる理由がわかった」と納得していた。
「最後は私か」
アラクネさんが実は一番強いのか。
「割っちゃってください」
「いいの?」
「中身は皆で分けましょう」
何も食べていないリザードマンがかわいそうだ。
「そうね」
ポコンッ!
くす玉が割れて、地面に落ちてしまった。中身がすっかり見えている。
「わぁ~!」
俺が拍手していると、つられて皆拍手していた。
「さて、皆で一緒に食べましょう。甘いのが苦手なら、お茶を飲みながら試してみてください」
皆でお茶会が始まった。やっぱり魔物はお菓子をあまり食べないらしく「こんなに甘さが持続する食べ物があるんだな」と驚いていた。
「酒より、こっちの方がいいじゃないか。なんで人間の冒険者たちは……」
「いやぁ、お菓子もいいけど、酒には酒の良さがある。忘れたいことが多い時なんかは酒に限るよ」
リザードマンは酒飲みのようだ。
「じゃあ、お前さんはいらないね」
「そうは言ってない。美味いものは美味い。俺は両方好きだ」
そう言って、飴玉を大量に抱えていた。
皆笑いながら、お茶を飲んでいる姿を見ると、とても昨夜ウブメを大量に討伐していたようには見えない。少しは回復できていると嬉しい。
日が暮れかけてきた頃、ラミアのパーティーは町に戻ると仕度を始めた。
「長居しすぎた。十分リカバリーできたよ。ありがとう」
ラミアはお礼を言って、俺に握手をしてきた。
「お菓子もありがとうね。くす玉って、面白い文化ね」
エキドナもそう言って、なぜか俺の頭を胸に押し付けてきた。
「魔物の文化で、また会おうっていう意味よ」
「違うよ。今夜、ベッドに来てくれって意味さ」
エキドナの嘘をリザードマンがバラしていた。
「それじゃあ、またなぁ~」
町までは一本道なので迷わないし、山賊も魔物もいない。
安心して俺とアラクネさんは手を振って見送った。
「また、しばらく冒険者の仕事はないんだよね……」
「そうだよね。ラミアたちはどうするのかな?」
「日雇いの警備の仕事か、荷運びか。どちらにせよ、力仕事ばかりで武器が錆びるんじゃない?」
「そういうもんなの?」
「こればっかりは仕方ないのよ」
アラクネさんは諦めているようだ。
俺は余っていたクッキーをひと齧りして、再びお茶を淹れた。
「また、考え事?」
「そう。仕事をしたくても仕事がない人を遊ばせておくって、組織の営業不足だよ。人材の流動性が出きてしまっていて、技術職が育たないことにもなる」
「つまりどういうこと?」
「ギルドが仕事をできる機会を奪ってるってこと。それをどうにかしたいと思うのは普通じゃない? だから需要を考えてるんだ」
「それはわかるけど……。もしかしてマッチポンプを作るってこと?」
「それじゃあ、町の魅力にならないよ。結局バレると評判を落とすことになる。せっかく人と魔物が協力する町っていう売り文句がるのに」
「じゃあ、どうするの?」
「それを考えているんだけど、やっぱり市場の情報を読める形にしていくしかないんだよね」
「商人ギルドに行くの?」
「うん、それもしないとね。でも、商人ギルドに魔物って入ってないんじゃない?」
「確かにそうね」
「魔物だって、皆が皆、衛兵や冒険者になるわけじゃないし、商売をしないと町の生活費を稼げないでしょ?」
「屋台はあるけど……」
「店舗を持ってるのは?」
「私みたいに家を持っているのは珍しいかもね」
「ん~……、やっぱり町中を見て、市場の調査をするしかなさそうだ」
そう言うと、アラクネさんはじっと俺の目をのぞき込んできた。
「ど、どうしたの?」
「いや。やっぱりコタローは、なにかを見通してるんじゃない?」
「なにかって?」
「先のこと」
「過去を悔やんでいても状況は変わらないからね。目は今しか見れないから、頭で見るのは先のことかも」
外では梟が鳴いている。
町にどんな業種があるのか書き出していたら、いつの間にかその日は眠ってしまった。