119話「流れるような新人教育」
秋の南部レベル上げツアーは、まず情報収集と偽装工作から入った。
近くの酒場に行き、魔物の群れがいないかの確認。依頼書を見ながら目星を付けて、村や町の呪いがないか調べる。その後、鎧を脱いで背負子に積んで布で隠し行商人に化ける。
「リオとロサリオは、行商人に化けても筋肉が目立つから無理あるだろう?」
「コタローは人間の種族特性があってよかったな」
人間のイザヤクとマーラにも行商人になってもらった。
「これで山賊が寄ってくるんですか?」
マーラがロサリオに聞いていた。
「どうだろうな。一応、俺たちは吸血鬼に見えているはずだから、草原とか影がないところで戦おうとするんじゃないかな」
「でも、別に太陽光に当たっても吸血鬼に関係ないじゃないですか?」
大して関係ない。ちょっと魔力が落ちるらしいが、それは寝不足によるものだと吸血鬼の師匠が言っていた。
「魔物は思い込みで生きているからなぁ」
「なるほど……。じゃあ、日中に影を踏みながら歩いた方が、より吸血鬼だと思われやすいってことですか?」
「そういうこと。基本戦術は歩きながら教えた通りだ」
「わかりました」
どこまでいっても基本は大事だ。
マーラが守って、イザヤクが切る。無理して戦わない。常に自分たちのペースに持ち込むことを考える。魔物の衛兵たちは周囲から相手に気づかれないように近づくこと。周辺視野を持つことなども伝えておいた。
「重要なのは感覚をフルで使うこと。種族特性もあるだろうが、自分の感覚を大事にしてくれ」
リオが説明していた。
集落で準備を済ませ、森を出て草原に出る。すぐに視線を感じた。
「程よいタイミングで街道を外れて走るから、注意しておいてくれ」
「「了解です」」
「私には鷹の目というスキルがあるので見えますが、皆さんにも見えるんですか?」
ハーピーのハピーが聞いてきた。
「見える。5人だ。一人だけ外れているのが、物見だろう?」
「はい、弓を持ったゴブリンです」
「野盗をやる時は、しっかり戦闘不能にしてから、アジトを吐かせて金目の物はすべて奪おう」
「奴隷は?」
「基本解放するが、村についてからでもいい。面倒だから、連れては行かないぞ」
「暴れる奴もいるから気をつけるように」
俺とリオでちゃんと言っておかないと、ターウのようにどこか行ってうっかり忘れることもある。
「そろそろ動くぞ」
ロサリオの声で街道に馬車の車輪が落ちているのが見えた。
草むらの中に古い馬車の荷台があるが、朽ちて中から草が生えている。これが野盗の目印のようだ。
トイレ休憩を装って、魔物たちが遠くまで行く。
見計らったように野盗たちが近づいてくるので、一斉に逃げた。
マーラが防御魔法を使った。
ガキンッ!
ゴブリンの野盗の矢を防いでいる。ちゃんと見えているようだ。
「このまま近づいてくるまで、守ってていい。リオたちも動いているから……」
リオたちが大きく回って、野盗に見つからないよう後ろから迫っていた。
「お前ら、吸血鬼だな! こんな昼日中に出歩いていいのか!? 自慢の吸血魔法も使えまい!」
ゴブリンの斥候が大声を上げた。こんな草原で目立つなんて斥候としては失格だろう。
イザヤクが自分の刀を握った。挑発に乗ってしまっているのかもしれない。
「挑発に乗るなら、一呼吸を置いて自分のペースを乱すな。自分の間合いに入って喉元を切れると思った瞬間に切ればいい」
イザヤクは小さく頷いて、大きく息を吸った。背の小さいイザヤクは草むらに隠れて、その時を待つ。
「俺たちはシャーマン一党、この辺で隠れても必ず仲間が見つけるぜ……。隠れても無駄だ!」
ゴブリンの目はマーラの防御魔法に向けられて、足下にいるイザヤクに気づかなかったようだ。
サンッ。
鮮血が飛び散った。イザヤクの刀はゴブリンの斥候の喉を精確に捉えていた。血が溢れる喉を押えながら、ゴブリンが倒れる。イザヤクは次に来る野盗に備え、再び草むらの陰に隠れた。
「終わりだ」
「え?」
後ろから迫っていた仲間四人は、魔物たちに倒されていた。全員、手足を縛られている。リザードマンのリイサが草結びの罠に嵌めて、気絶させたらしい。罠の精度が高い。
皆、優秀だ。
「ハピー、周囲を見回してくれ」
「了解です」
全員、汚れた武器などの血を拭き取っていた。一人だけ起こして、アジトの場所を吐かせる。金目の物はすべて奪って、街道に仲間の死体と一緒に放置。街道には夕方衛兵が見回りに来るという。
野盗のアジトは草原の小高い丘にある洞窟だった。
「罠を仕掛けるか」
「はい」
俺とリイサで、周辺の罠を破壊して仕掛け直し、さらに落とし穴や毒霧などの罠を追加する。魔物の胃袋を使った毒霧の罠を使ってみた。
「これ、いいですね?」
「だろ? 背の低い魔物なら、ちゃんと顔の位置まで噴き上がるんだ。サイクロプスとかには向かないけどな」
「かがめばいいのでは?」
「ああ、何かを拾わせるか? 落とし穴と併用してみようか」
「いいですね」
リイサは、罠師として十分適性がある。
「いいか?」
「いつでも」
ウェアウルフのアーリャがつるはしで入口の天井を崩した。威力は十分。本当にレベル20なのか。
洞窟の中にはゴブリンの群れが動き出す。崩れた岩を避けながら、飛び出してきたゴブリンたちが罠にかかっていく。
「マーラ!」
「はい!」
マーラが入口に魔力を練り上げた防御壁を張る。
ゴブリンたちがこん棒や石斧で叩いてすぐに壊すが、数秒もてばいい。
ハピーとイザヤクは木刀で、罠にかかったゴブリンたちを打ち据えていく。足腰の強いイザヤクは流れるように、ゴブリンを昏倒させていった。ハピーはゴブリンの頭蓋骨が陥没するんじゃないかと思うほど、ぶっ叩いている。剛の者なのか。
「壁が壊れたぞ!」
リオの一声で、全員罠の後ろまで引いた。
出てきたゴブリンたちは罠にかかった仲間たちを踏み越えながら近づいてくるも、全員落とし穴に嵌っている。先ほどと同じように、全員でゴブリンたちを倒していった。
第二陣も倒されたからか、それ以降は警戒してなかなか野盗たちも外に出てこようとしない。
とりあえず倒れているゴブリンたちを縛り上げて、まとめておく。武器は落とし穴に入れて焼く。こん棒や石斧などは木製の柄なのでよく燃える。
「あとはこの煙で燻すだけだ」
「なるほど」
混乱効果のある毒草などと一緒に燃やせば、効果的だ。その後、罠を張り直した。
「しばらく待つ。相手のペースにさせないことが重要だ」
全員、リオの言葉に頷いて刀を研いだり、スコップやつるはしの汚れを拭いている。戦闘は落ち着いて、戦況を見れるほうが勝つ。
ようやく中から爆発音が聞こえ、入口に大きな穴が空いた。
少し大きな体のホブゴブリン二頭と魔法使いのゴブリンシャーマンが出てきた。野盗の長だろう。
ホブゴブリンは地面をこん棒で叩いて落とし穴を壊していくが、幾つか仕掛けた毒霧の罠に嵌り身体が痺れていた。
ハピーとイザヤクが狙いすましたような木刀の一撃で、ホブゴブリンたちを倒していた。
ゴブリンシャーマンの魔法による火の玉はマーラの壁で防がれ、魔力切れを起こしそうになったところを、ウェアウルフのアーリャが後ろからつるはしで倒していた。生き返ることはないだろう。
「終了! 全員よくやった」
「俺たちは見ていただけだったな」
「コタローさんの『罠設置』がなければ、ここまで上手くいってません」
リイサにお礼を言われた。
「そんなことはないさ。自分たちの実力だ。ちゃんと最後まで自分たちのペースだったな」
ゴブリンの死体は落とし穴に埋め、アジトを探索。何人の行商人を襲ったのか知らないが、服や武器、金貨、本などが大量に出てきた。『荷運び』スキルを持ってる上に、背負子を持ってきてよかった。
「ここ、鉄鉱石が取れるようです。炉を作られていたら、ちょっとヤバかったかもしれません」
ウェアウルフのアーリャが言っていた。鉱山出身だから、間違いはないのだろう。
近くの町の衛兵に報告し、その日は宿を取った。夕飯はレベルが上がっているかもしれないので、豪華にしてツアー参加者たちにはたくさん食べさせる。
近場では意外に規模が大きい野盗団だったらしく、衛兵たちの取り調べが遅くなっていた。




