118話「秋のツアー初日」
翌朝、準備をして倉庫の前で待っていると元冒険者夫婦が、小柄な剣士と大柄な魔女を連れてやってきた。レベルを上げたかった商人ギルドのタナハシさんは道場で基本を学ばないといけないか。
「イザヤクとマーラだ。共にレベル10を超えたあたりか?」
「はい。イザヤクです。船頭の息子として育ちました」
「珍しい流儀を使う。船の上で海賊と戦っていたからか、足腰は強い」
剣士の爺さんが教えてくれる。
「マーラです。魔法学校出身ではありますが、身体強化と魔法防御が得意です」
「王都の魔法学校出身なのに、辺境まで来てしまった変わり者だ。身体強化を学ぶ中で癒しのまじないも使えるようになったらしくてね。ただ、魔物を倒した経験が少ない」
身体強化と魔法防御ということは防御に徹しているのかもしれない。
「魔物を殺したくない?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「怖いんだろ?」
隣のロサリオが聞いていた。女性の感情を読むのが上手いから当たっている可能性はある。
「大丈夫だ。俺たちも怖い。だから警戒して観察して戦術を練るんだ。戦うのに向いているよ。向いていないのはすぐに死ぬタイプだ」
「始めて言われました。私は戦いに向いている……?」
「死んだら戦えない。何度も戦える者は判断の思考スピードも速くなる。戦闘が上手くなる者の条件だ」
「よろしく頼むよ」
魔法使いの婆さんはそう言って、俺たちにマーラを預けた。
旅費はあるがツアー代金は後払い。きっちりレベルを上げて、成果報酬を貰おう。
「それじゃあ、行こうか。一緒に行く衛兵たちも中央で待っているから」
「二人とも魔物の国は初めてだろう?」
「はい」
「初めてです」
「山賊は出るから気をつけて」
「気配がしたら、立ち止まらずに止まらない。とりあえず俺たちについて来ればいいよ」
「「了解です」」
「それじゃ、いってきまーす!」
「「いってきます!」」
元冒険者夫婦とアラクネ商会の社員たちに見送られ、俺たちは秋のレベル上げツアーに出発した。
「南の方に行くから、そんなに寒くないと思うんだ」
「山道はあるし、海にも行くから途中で路銀を稼がないといけないけど頑張ろう」
イザヤクとマーラを励ましながら山道を行く。
「歩くスピードが速いか?」
「いえ、ついて行きます」
「魔法を使ってもいいですか?」
「いいよ」
マーラは魔法によって、身体を強化できるが後で反動も来るという。
「ちなみに俺たちは触るとどこに炎症が起こっているか見えるから、靴擦れや筋肉痛を隠さないようにね。意味はないから」
「わかりました」
しばらく山道を歩いていると、山賊が連行されていくところだった。
「お前たち、辺境の人間じゃないか? 美味そうだなぁ」
手枷を付けられているゴブリンが舌なめずりをしていた。衛兵に小突かれている。
「やはり魔物は人間を食べるんですか?」
「食べない。もっと簡単に手に入って美味いものがたくさんあるのに、わざわざ食うのは遭難しているような奴らくらいだよ」
「逆に脅してみるといい。ゴブリンの脳みそって美味いんだってなぁ。塩漬けにして食ってみたいもんだ」
ゴブリンが手枷を付けたまま頭を庇っていた。
「お互いわからないから怖い。知らない者は恐ろしいのさ。観察すればいい。それほど弱点は人間と変わらない」
「ツアー中は技よりも五感や魔力を大事にしてくれ。レベルの伸び率が全然違うから。コタロー、そうだよな?」
「そう。筋力や力、スピードなんかの敏捷性を上げたくなるのはわかるし、若い頃は伸ばした方がいいと思うんだけど、タイミングや精度に集中することによって自分のスタイルを確立してどの筋肉が必要なのか、スピードを上げるための骨の向きや楽な姿勢を見極めていく方が、無駄な修行をする必要がないから成長も早いと思うんだよ」
「なるほど……。そう言われると納得です」
「迷わずに済むということですよね?」
「その通り。どこをどうやって鍛えるかは人それぞれでしょう。タイミングと精度に着目することによって威力、効果を求めていくのがこのツアーの目的なんだ。大丈夫かい?」
「わかりました」
「ちゃんと言語化されているんですね?」
「なんとなく鍛えるよって言われても金を払う気にならないでしょ?」
「確かに……。子供向けのツアーじゃないんですもんね」
「うん、情操教育とは違うよ。でも、言葉だけで説明しているだけだと詐欺師っぽくなるでしょ」
「大丈夫だ。コタローを見ていればわかるけど、ピンチになればなるほど頭の回転が速くなる。普通、戦闘時には不安になったり緊張状態が維持されるだろ? パフォーマンスを上げるには適度な緊張も必要なんだけど、普通は一定以上の緊張やストレスを感じると一気にパフォーマンスも落ちるんだけど、コタローはその不安や緊張を感じる器官がバカになってるんだ。だから緊張すればするほどどんどん頭の回転が速くなっていく」
ロサリオはそんなことを思っていたのか。ヤーキース・ドットソン曲線の話をまさか異世界で聞くとは思わなかった。
「でも、あんまりピンチや緊張状態が続くって人間の身体には耐えられないんだよ」
「そうなのか?」
「ああ、俺はそれで前の世界で死んだからな」
ぽっくり逝った俺が言うんだから間違いない。
「あ、コタローは異世界から来たんだもんな」
「だから、あまり心の負荷を舐めない方がいい。ちゃんと休むときは休む。休憩に関しては全力で休んでくれ。俺たちが絶対に守るから。そうだよな? ロサリオ」
「そうだ。戦闘で傷ついたり摩耗した体が修復されるときに筋肉が太くなったり、魔力の総量が増えたりするから、その原則だけは頭に入れておいてくれ。このツアーで実感すると思う」
「はい」
イザヤクは返事しかしていないが大丈夫だろうか。
「魔物の国のツアーというから、もっとアバウトなものだと思っていたんですけどこれほど理論的だとは思いませんでした。イザヤクわかる?」
「半分ほど。もしかしたらもう一度聞くかもしれません。その時はまた教えてください」
「わかった。大丈夫だ。今はタイミングと精度かぁ、と思っていればいいよ」
そんな会話をしながら、中央へ向かう。途中の川で船に乗り、東へ向かう。かなり急いだが、マーラの魔法でちゃんと二人ともついて来れた。
特に野生の魔物も山賊も出なかったので、タイムロスはない。
真夜中に中央に辿り着き、青鬼街のホテルで一泊。壁やベッドなどが補修されて見違えるようになっていた。
翌日、リオたち衛兵と合流。
「リザードマンのリイサだ」
「ウェアウルフのアーリャ」
「ハーピーのハピーです」
それぞれちゃんと名前があるのか。
「イザヤクです」
「マーラです」
「人間は少しレベルが低いかもしれないが、伸び率はその分高いから一緒に成長していきましょう」
「よろしく頼む」
8人の大所帯になり、駅馬車などはほとんど使えない。街道に出て、話をしながら南東へと向かう。
一度大きな山を通り、関所で人間3人と言って驚かれるイベントをこなしつつ南下。
「時々見えている魔物は皆山賊だろう?」
「ああ、たぶんな。向かってこないから戦わないけど」
「衛兵としては見逃している場合じゃないのだが、犯行現場に居合わせないと緊急逮捕もできない。商人にでも化けないと襲ってこないだろう」
結局、山賊は見逃した。
「はぐれドラゴンでもいれば別なんだけどな……」
俺たちのツアーにはそれもある。