114話「出来上がった構造を潰すための方法」
「構造を潰すって大変なんだよな。それこそ何十年って時間がかかる場合だってあるんだ。だから、古龍だけ潰しても意味がない」
「はぐれドラゴンの扱いから、流通まで全部変えていかないといけないのか」
ロサリオも面倒くさそうな顔をしている。
「コタロー、本当にその通りなんだけど、まず中で働いている衛兵たちにその意思がないんだ。これまでこれでやってきたから、これでいいんだろうと思ってるのさ。悪いことだと思ってない」
「構造が出来上がって社会が成り立っているからだろう?」
「そうなんだ。でも、辺境の町で対立が生まれることくらい予想はつく。だから正規のルートを使えばいいはずなんだけど、爺どもは面倒くさがって腰が痛いだのと言い訳を続ける。若い奴らは自分の労働の価値を上げようと言われたことだけしかやらない。だからレベルが上がらないのに、自分たちで気づけない。鍛錬を見せても、失敗を恐れてやりもしない。金を稼いでいる奴がいれば足を引っ張って自分たちにも寄こせという。真似したところで当然、魔物はそれぞれで身体が違うんだからやり方だって違うのに、何も考えないんだ。そんなことをやっている間に将来の可能性を狭められて思考力も潰されてるんだ。どうすりゃいい?」
リオは中央のストレスを全部抱え込んでいたみたいだ。
「俺たちみたいな者を増やすしかないか?」
「そう。事実としてレベル50を超えているんだからな。コタロー、ツアーをやってくれ。このままだと頭がおかしくなりそうだ」
「わかるし、仲間が欲しいというのも理解できる。俺たち3人が旅を経て社会に戻っても、結局ロサリオはこっちに来ているし、リオだってやってられなくなってるだろ? レベルじゃどうにも解決できない問題があるってことだ。つまり可能性と金だろ? 今までのルートよりも儲かる構造を作れば、レベルに関係なく商人たちはやってくるさ。可能性は、とにかく俺たちが今までのやり方じゃないことを見せるしかない。そうだろ?」
「もしかしてコタロー、だから倉庫業なんてやってるのか?」
「だからってわけでもないけど、そうなっちまったなぁ。誰かが集まるにしても場所が必要だ。流通変えるのだって置き場所がないと困るだろ? 倉庫業なら、何でもできるんだよ。ロサリオも倉庫の仕事はしてないよな?」
「そうなのか?」
リオが驚いていた。
「死霊系の魔物ばっかり倒しているぞ。呪具の浄化のためだけどな。それなりに人間とも関わっている」
「なんで衛兵の俺より実戦をやれてるんだよ。ズルいぞ」
「リオも時々『奈落の遺跡』に入った方がいい。全力を出せないストレスっていつの間にかかかってるんだ。体力とは違う何かを削がれていくぞ」
「わかる! なんだよ、解決法があるのか!? 早く教えてくれよ!」
ずっと身体を動かし続けていた者にとっては身体を動かせないことの方がストレスになる。
「今日、リオたちはどこに泊まるんだ? 宿はもうないぞ」
部下も引き連れているので大所帯だ。
「野営くらいは訓練してるさ」
「なんだったら倉庫使うか? 雨風をしのげるだけだけど?」
「お、それはありがたいが、逃げ出したりされるとなぁ」
「さすがにそれはないだろ。この町の衛兵にも面子ってもんがあるからさ。一人裏切り者は出てるし、教会は時も告げられないし、人間の住民もこのままで終わらせるつもりはないと思うんだ。なにより役所も商人ギルドも怒らないといけない」
「そうか。信頼しているんだな」
「町は水害を経て結束力が強くなったらしい。外部の人間が適当な恐怖でコントロールしようとしても、そりゃ無理な話だ」
教会が人間と魔物の共通の敵という認識になると、もうその思想は受け入れられないだろう。
「じゃ、寝床は頼むかな。でも、外にいるワイバーンたちにはひと声かけておくわ」
リオは酒場で勘定を済ませ、部隊の隊員の飯代まで払ってから外に出た。いつの間にかできる上司になっている。それでも部下には敬語だった。
「飯代払ってありますんで、好きに食べてください。寝床も確保できたんで後で案内します」
実力は上でも、あくまで衛兵の新人だ。気を遣っているのだろう。
「隊長。プライベートまで世話になっちゃあ、俺たち古株の立つ瀬がないぜ」
「その分、給料をもらってるんでね。それに今回は俺のわがままに付き合ってもらってるんだから、このくらいはさせてください」
「じゃ、遠慮なくいただきます」
隊員たちは酒場で温かい料理にありついていた。
その後、リオは屋台でも肉料理を買いこんでいた。僧侶たちが使役しているワイバーンたちへの差し入れだという。
未だにドラゴンは詰所で取り調べ中だし、教会では主犯の僧侶が話し合いを続けている。罰を受けている音は聞こえてこない。
リオは町の外でずっとうずくまっているワイバーンの部隊に買った肉料理を差し出した。
ただ、魔物使いの僧侶たちが止めに入った。
「困ります! 我々は、魔物が作った物など食べさせられませんから」
「んなわけあるか!」
ワイバーンたちはグゥと腹を鳴らし、涎を口いっぱいに溜めたまま料理を眺めていた。
「なんで、俺がこいつらの野生を呼び覚まさないといけないんだよ。コタロー、猪っているかな?」
「いるぞ。狩ってこようか?」
「3頭くらい頼む」
「わかった」
俺とロサリオが山に入った瞬間だった。
グゥオオオオ!!
リオが雄たけびを上げた。町にも響くその声は、闘技会で戦う闘技者たちまで聞こえ、住民たちまで震え上がらさせた。
「竜種の眷属がそれじゃあ困るんだよ」
リオの声が聞こえてくる。振り返るとワイバーンたちが魔物使いたちを押しのけて肉料理にかぶりついていた。
僧侶たちは唖然として見守っている。
ワイバーンたちは俺たちが狩ってきた猪も、きれいにぺろりと平らげていた。
「逃げるなよ。面倒くさいからな」
それだけ言ってリオは、町に戻っていた。
なぜかその後、町で合うリザードマンやラミアたちは、リオが通りかかると深々と頭を下げていた。
「お前たちにやったんじゃねぇっての!」
酒場から出てきた隊員たちも、黙ってリオに付いてくる。
「俺たちも腹を決めたぜ」
「隊長についていくよ」
「だからよぉ。もう、頼むから自分たちで考えてくださいよぉ……」
リオは、気持ちとは裏腹に人望を集めてしまう人柄なのだろう。
倉庫の奥にはハンモックが人数分かけられていた。
「これ、どうしたの?」
「ああ、どうせ隊員さんたちの宿はないでしょ。倉庫に来るんじゃないかと思って」
アラクネさんが用意してくれていたらしい。
「かたじけない」
リオはアラクネさんに頭を下げていた。できる者たちは予想して動いている。
翌日、リオたちの部隊は、詰め所にいたドラゴンとワイバーンの群れを引き連れて、中央へ向かった。残された魔物使いの僧侶たちと一派に関しては辺境の町を出入り禁止。接近や陰謀などが見つかった段階で、本部に通達が行くことになった。
教会に関しては人間と魔物の融和を求める派閥以外は奴隷でも滞在を禁止という重い処分となった。当のドラゴンライダーは扇動した罪人として、近くの牢へ送られるという。
教会から白い僧侶たちが消え、鐘が再び時を告げるようになるまで、一週間ほどかかっていた。
白い僧侶たちが消えて数日後、商人ギルドの受付担当・タナハシさんが倉庫を訪れていた。
「上司の許可が下りました。条件付きではございますが、情報局に協力させていただきます」
「ああ、よかった! お願いいたします」
辺境の町に情報局ができる。