113話「教会からの攻撃」
ミノタウロスのおじさんの店の屋根が吹き飛んだ。アクセサリーショップの商品が散乱している。ドラゴンが空から下りてきて、風が吹いただけでこれだけの被害があるが、本人たちには何の罪悪感もない。服にちょっと汚れが付いたら鞭で打たれるような宗教のはずだが、随分と時と場合による教義だな。
ドラゴンライダーの僧侶がドラゴンから下りてきた。金髪の女魔物使いか。魔力量は多いようだが、武術の心得はないのか攻撃を受けきれるようには見えない。魔道具の指輪をしているので、それでどうにかしようとしているのか。見えていない攻撃には対応できないだろう。
「おや、どうやら予想していたよりも動けるものが多いようですね」
よく通る声で魔物使いが喋った。
「早いところ、教会に行って鞭で打たれてきてくれ。服が汚れすぎだよ。それから、そっちのはぐれドラゴン、今すぐ下手でもいいから人化の魔法を使え。この町で羽ばたかれると被害が出るから」
「き、貴様、何を言っているのかわかっているのか?」
「自分たちだけが空から現れると思ってないか? せっかくその指輪をしているなら空にも注意を払った方がいい」
魔物使いとドラゴンが同時に空を見上げた。空からロサリオが落下してくるところ。
ガキンッ!
ロサリオの槍が、魔物使いの指輪から出た防御魔法を貫いた。
その隙に、俺はドラゴンの逆鱗を掴んでおく。
「防御魔法もどんな攻撃でも防げるわけじゃない。魔力の限界もあるからな」
「俺は今すぐと言ったんだ。人化の魔法を使わないなら、町の外に放り投げるぞ」
少し力を込めて掴む。
「ウギャッ! わかったわ!」
はぐれドラゴンが、胸の大きな偽リザードマンになったので服を着せておいた。
「後から付いてきているワイバーンの部隊は町の外に着陸するよう要請してくれ」
「……え?」
「わからないか? お前たちは広場の屋台を壊して営業を妨害している。器物破損に威力業務妨害だ。町の住民全員が目撃者で、罪が確定している。宗教的には服を汚しているんだからやることはあるんだろう? 待っていてやるから教会に今すぐ行って事情を説明してきてくれ」
魔物使いは何が何だかわからないといった表情ではいるものの、町の住民たちの視線を感じたのかすごすごと教会へ向かった。ロサリオが睨みを利かせているので、少しでも不審な動きをしたら教会の中に放り込まれるだろう。教会に籠っていた僧侶たちも外に出てきている。
偽リザードマンはワイバーンたちに指示を出し、町の外に向かわせていた。
「よし。一応聞いておくけど本当に使役されてるのか?」
はぐれドラゴンに聞いてみた。人の言葉もわかるドラゴンが使役されるなら、かなり上位の使役スキルだ。
「闘竜門の試験に落ちて、ふらふらしてたんだけど、知り合いもいないから思い切って人間の国まで行ったら魔力が多いあの娘に会って入信することにしたの。魔物の国じゃ誰も助けてくれなかったからね」
「誰かに依存しないと生きていけないわけじゃないだろ?」
「この町がもっと前にあれば違ったわ! 私だって……」
「そうか。今のまま退けば、それほど罪は重くない。教会はもう無理だと思うけどな。時を告げる鐘に魔法を仕込んでたから。この計画は誰が?」
「さあ? 派閥もあれば地位もある。末端で動くような我々は指示を聞いてくるだけだから。こんな辺境の教会は、どの一派の指示も受けないといけなくなってるんじゃないの?」
「ふ~ん、そうか。とりあえず、帰ってくれ。何もできませんでしたって報告してさ」
「いや、そう簡単だといいんだけど……」
俺は偽リザードマンを連れて、町の外へ向かった。広場ではすぐに屋台が営業を再開させている。商人ギルドの職員たちが出てきて手伝っていた。
衛兵たちは町の門に集合して、人間の国からの出入りを封鎖。取り残された行商人たちは、街道脇で休憩。ワイバーンとそれに乗っていた僧侶たちは戸惑いながら、町の様子を見ていた。
「ドラゴンたちを連れてきました。ワイバーンとそれに乗っていた僧侶たちに説明させてやってください」
俺は衛兵に偽リザードマンになったドラゴンを引き渡す。
「わかった。こちらで引き取る」
衛兵たちは魔力を制限する呪われた手枷をドラゴンに嵌めていた。一応、俺もドラゴンが暴れるかもしれないので見ておく。
ドラゴンはワイバーンと僧侶たちに「辺境の町を統治するのは無理。教義を広められない。この町は人間と魔物が上手く共存できているし、魔物使いが入る隙はない」と語っていた。
「この町は住民の投票によって成り立っている。住民全員の視線にさらされているってことだ。教会は我々が来たことによって、立場が危うくなった」
「しかし、それでは本部になんと報告するんです?」
僧侶の一人が聞いた。
「ありのままを言うしかない。本部ごと潰されたくなければな。少なくとも我々のようなレベルの者で対処できる町ではない。住民一人一人が私の二人分ほどの強さだと思ってくれればわかるか?」
どうやらドラゴンは俺やロサリオのレベルが、この町の平均だと思っているらしい。その方が楽だ。
一通り説明し終えると、ドラゴンは衛兵の詰め所に連行されていった。ワイバーンの部隊はそのまま待機。教会のカラスが一斉に飛び立ち本部へ報告しに向かった。
今後、教会からの攻撃があるとすれば、もう少しうまくやるだろう。守る方も難しくなってくる。
「面倒だなぁ」
この日、教会から魔物使いが出てくることはなかった。鞭で打たれるというような音もない。
町では普通に闘技会が開かれ客が入っていたものの、依然として人間の国側の門は開かなかった。衛兵と役所の職員たちによる話し合いが行われ、商人ギルドまで加わって会議をしているらしい。
このまま停滞すると、町の食糧事情が厳しくなっていく。アラクネさんは最悪の事態を考えて、中央のアラク婆さんに連絡していた。
翌日、事態は急変する。
一緒にロサリオと旅をしたリオが中央の衛兵部隊を連れて町までやってきた。
「何をしにきた?」
「はぐれドラゴンを引き取りに来たんだ。人間の国まで逃げて迷惑をかけているようだからな」
わずかな間に衛兵隊長になったらしい。
魔物の国における魔王法典とドラゴン種の規則を伝えに役所へ向かった。
「コタロー、ちょっといいか」
役所から出てきてすぐに、リオが俺を呼んだ。
「どうかしたか?」
「いつになったらレベル上げツアーをするんだ? ロサリオまで辺境の町にいると俺は一人で高名輪地区の老人たちと立ち会わないといけなくなってくるんだよ」
リオは心底疲れているらしい。
「無視できないのか?」
「出世がかかってるからな」
「諦めたらどうだ? 出世したところで何か変わるか?」
「変えないとダメなんだ! 竜種の首長連中が適当なことばっかりしていたからな」
裏金だろうか。前の世界でも結構あった。
「バレたのか?」
「中央の町でもほとんどバレてるのに、自分たちは大丈夫と思ってるアホ爺ばかりだ。どうにかしてくれ」
「どうにかって言ったって俺は辺境にいてどうにも……。でも金がなくなってきたからなるべく早めにツアーは開催するよ」
「本当に頼むぞ。ああ、それから今回の件なんだが、裏で糸を引いていた奴らがいるそうだな」
「ああ、教会の差別的な一派らしい」
「それな、古龍の爺とも関係している。どっちも裏切っているんだ」
「金か?」
「金だろ」
俺もリオも大きく溜息を吐いた。
「すまん。コタローが何も関係ないのはわかっている。だが、助けてくれ。被害がこんな辺境にまで出て来てるんだ」
「どうすりゃいいかなぁ……」
「大丈夫か?」
酒場の屋上で教会を見張っていたロサリオが飛んできた。
「ロサリオ! 頼む……」
リオはロサリオの肩を掴んだ。
「なんかダメそうだな」
「少し飲もうか」
俺たちは久しぶりに3人で話すことにした。




