112話「商人ギルドの受付担当」
翌日。早朝稽古に俺とアラクネさんは呼ばれた。
エイッ!
道場には木剣を振る掛け声が響いている。いつも俺たちと一緒に呪具を浄化しに行く女剣士が、町の人間や魔物たちに指導していた。闘技会の人気もあり、教会の動きもあることから人間と魔物、両方に動けた方がいいという意識が芽生えているのかもしれない。
「彼女なんだがどうだ?」
剣士の爺さんは背の高い細身の女性を指した。
「どうって言われても、話してみないことには……」
爺さんが「ちょっといいかい?」と女性を呼んだ。
「なにか?」
「こんにちは。アラクネ商会という者です」
「知ってますよ。私もこの町の人間ですから」
「ありがとうございます。コタローと申します。こちらは……」
「アラクネです。アラクネは皆同じに聞こえるかもしれませんが……」
「イントネーションが違うんですよね? 知ってます」
魔物の事情にも詳しいのか。
「商人ギルドで外部商人の受付業務を担当しております。タナハシと申します。なにかスパイ活動の協力でもしますか?」
話がわかりすぎる人だ。
「いや、別に商人ギルドの事情が知りたいわけじゃないんです。情報局を作ろうと思っていて」
アラクネさんが事情を話し始めた。
「情報局というのは?」
「魔物の国にある施設なんですけど、私みたいに使役スキルを持っているアラクネ同士が小鳥や鷹なんかを使って商品の受注をすることはご存じですか?」
「いえ! そうなんですか!? 緊急時以外にもそういう情報が行き交っていて、金銭のやり取りまでやるんですか?」
「金銭まではやり取りはしませんが、帳簿に残しておいて後で商品を届けた者が代金を受け取るようなことはします」
「進んでる……! 魔物の国の方が進んでますね」
先物取引に気づいたかな。
「でも、基本的には鳥に運んでもらうのは情報だけです」
「はぁ、なるほど」
「それで、町自体を攻撃しようとしている勢力があるんですけど……」
「教会の一派ですね。商人ギルドに所属している商人の中でもどうにかならないのかという声が上がっています。特に、おもちゃの木剣や光る玉なんかが売れていてどこで作っているのか問い合わせが来ていますが、あれはアラクネ商会さんの仕切りなんですよね?」
「案を出しただけで、ほとんど製作者に還元してしまってこちらの売り上げは微々たるものです」
俺が答えた。
「とにかく、ああいう人間の国から教会の一派が来るといろいろと町が危険に晒されます。現にゴルゴンおばばは未だに町に出られませんから」
「彼女は無事なんですか?」
「ええ、ちゃんと保護されてますよ」
「よかった。町の人間と魔物が危険になるというのはわかりました。情報局についてもなんとなく……。それで、私に何か?」
「情報局に町で起こっている問題を報せてほしいんです。今はアラクネ商会の部下や知り合いのお店から情報を貰って対応しているんですけど、それだと人間の目線での問題が見えてこないんじゃないかと思って」
「ああ、確かに。でも冒険者ギルドに依頼すれば……。ダメか。今は闘技会の運営と害獣討伐の依頼がメインですもんね。なるほど、面白いことをやってますね」
タナハシさんは賢い。現在の町の状況をよく理解している。本当に受付業務だけやっているのか。
「でも、残念ながら私には無理です。使役スキルは持っていませんから」
「これから取ればいいんですよ。もしよければレベル上げの手伝いもさせていただきます」
「見てわかる通り、私は戦闘スキルは持ち合わせていませんし、レベルなんて……。この道場にはただ闘技者の気持ちがわかるようになれば少しは商人たちにもいいアドバイスができるかと思って始めただけで……」
「じゃあ、レベルを上げたくはないんですか?」
「上げたくないわけではないですけど、私には魔物を狩るなんて真似は」
「できるかどうかはその時にならないとわからないですよ。俺は異世界人で、前の世界では狩りなんて全く無縁の仕事をしてました。でもこちらの世界に来て、猪を狩らないと生きていけないことがわかってそれからです。物は試しでやってみませんか? もちろん宗教上の理由や自分の倫理観で動物や魔物を狩りたくないのであれば無理にとは言いませんが……」
「いえ、やってみたいです! やってみたいんですけど、ギルドに報告してもいいですか?」
「あ、ええ、構いませんよ」
「あの、スパイ活動のようなことになって揉めたくはありませんし、嘘をつくと私は顔に出てしまうんです。だから、たぶんアラクネ商会さんの業務を始めるとすぐにバレます」
「そうですか……。でもタナハシさん、そんな難しく考えないでくださいね。こちらの業務は空いている時間に、これはマズいかもしれないとか町の問題になりかねないというようなことだけでいいですから」
「ええ、その辺も上司と相談してみようかと思います」
「わかりました」
これ以上の勧誘は、タナハシさんのライフプランに関わるかもしれない。俺たちは退くことにした。
剣士の爺さんと女剣士に「お邪魔しました」と挨拶をして道場を出る。
「いい人だったけど、こればっかりは商人ギルドの懐の深さ次第だね」
「でも、本来は町の治安を守る衛兵の仕事だから業務提携というよりも業務を売却を念頭に置いといた方がいいのかもしれないよ。将来はタナハシさんを情報局局長に据えて、人間と魔物の問題を公平に管理していくような町を目指すんじゃないかなぁ」
「まだ、できてもいないのに売ることを考えてるの?」
「アラクネさん、俺たちは倉庫屋だよ。問題解決よりも防犯グッズで稼いだ方がお金になるでしょ」
俺は指で丸を作った。
「まったく、今はそのお金がないって言ってるのに……」
「案だけあっても稼げないなぁ」
「コタロー、いよいよレベル上げツアーをやるしかないんじゃない?」
「設備投資ができないから? いやぁ、そうだよな。中央に出張に行くかぁ……。あ?」
西の人間の国の方から、なにか大きな魔力が飛んでくるのを感じた。
「あれ!? もしかしてドラゴンじゃない!?」
「ありゃりゃ、魔物使いが本気出してきたぞ」
ドラゴンの背中には白い僧侶が乗っている。ドラゴンライダーなんて本当にいるんだなぁ。しかも後ろにはワイバーンというドラゴンの亜種みたいな魔物を引き連れた僧侶たちもいるようだ。
俺たちは広場へ走った。
ドラゴンが着陸できる場所を考えれば広場しかない。屋台が犠牲になる。
「おーい! 急いで店を畳んでくれ! ドラゴンがやってくるぞ!」
「え!? なんで!?」
「ちょっと待ってくれ! 飯食ってる途中だよ!」
「食いながら逃げろ! 教会の奴らだ!」
ケバブのような食べ物を売っている屋台も絨毯を敷いてアクセサリーを売っている店も急いで逃げていく。
ゴーン、ゴーン、ゴーン!
時間でもないのに教会の鐘の音が鳴り響く。薄っすらとした魔力が鐘の音とともに広がった。レベルの低い魔物や人間の少年の動きが止まった。
毛が逆立っている。恐怖のまじないか。
ギィエエエエ!!
空でドラゴンが一声鳴いた。町の住民たちに恐怖が広がる。
「それは悪手だろう」
「コタローくん!」
吸血鬼の師匠が、魔力を吸う魔剣をこちらに放り投げた。教会の鐘を指さした。斬り落とせということらしい。
俺は魔剣を空中で掴んで、跳び上がり教会の屋根の上に登って鐘をぶら下げている金具を斬った。足元を見れば鐘の紐を引っ張り鳴らしている僧侶が青い顔をしている。
俺は鐘を持ち上げて三角屋根から転がしておいた。教会の庭にいるのはカラスくらいだろう。
「コタロー!」
振り返ると、ロサリオが槍を持って待機している。いつでも行けると手を上げていた。
俺は教会の屋根から広場に飛び降りた。
「大丈夫なの?」
アラクネさんが心配そうに飛んでくるドラゴンを見ていた。
「大丈夫さ。俺たちはドラゴンと一緒に旅をしていたんだから」
俺は、僧侶に操られているはぐれドラゴンを見た。古龍に比べたら、かわいいもんだ。
羽を羽ばたかせ広場の塵を巻き上げながらドラゴンが降りてきた。




