110話「ゴーレム金物店襲撃事件」
当然と言えば当然だが、次の日から教会の嫌がらせが始まった。
「果たして我々は、魔物と共存できるのでしょうか!?」
「魔物が作った料理を食べることは我々にできるとは思えません!」
「彼らは半分獣です! 食習慣だって違う! 何を食べさせられるかわかった物ではありません!」
教会の前で「魔物の食事、お断り」と書かれた看板を掲げた白い僧侶たちが叫んでいる。
「美味い。味付け変えたでしょ」
広場の屋台では町の人たちが、本当に食べられないのかミノタウロスのおっさんから串焼きや煮込みを買っている。
「臭いって言うから、香草入れたんだ」
「香草入れ過ぎだよ。味は美味い」
今まで魔物の屋台で料理を買ってなかった人たちまで買い始めている。魔物の方も人間が焼いているケバブのようなものを買って食べていた。
他にも町にとっての共通の敵ができたからか一気に交流が生まれ始めている。
それは教会の僧侶たちが声を上げれば上げるほど、町中にくまなく広がっていく。ゴブリンの少年が危ないことをしていればエルフの婆さんが止めるし、逆に人間の娘が酒場通りで客引きをしていたら魔物たちが皆で止めていた。
白い僧侶たちのお陰で、町のモラルが一気に上がる。
普段の料理に加えて魔物専用の料理も出し始める店、人間向けに味付けを替えた商品を作る店、多くの屋台が変わっていく。
冒険者ギルドの闘技会は昼も開かれるようになった。誰でも見てくれる時間帯で開催することによって、戦闘指南のようなことをやっているようだ。
ドワーフの鍛冶屋が作った防御魔法のまじないがかかったおもちゃの木剣は飛ぶように売れていて、子供たちが爺さんや婆さんと一緒に温泉に訪れることも多くなった。
かわいそうなのは教会の僧侶たちで、魔物差別という成果が出ないためか、深夜まで明かりが灯っていることが多くなった。
「あれじゃ、王都に報告ができないからね」
ゴルゴンおばばは倉庫の奥でハーブティーを飲みながら、自分で焼いたクッキーを食べていた。優雅だ。
「正直、おばばがいてくれて助かりましたよ。遺跡から持ってくる呪具は効果がわからない者が多いですから」
ツボッカはゴルゴンおばばに呪具の取り扱いについて教えてもらっている。
ターウはアラクネさんと一緒にエルフの薬屋で薬草について勉強中。俺とロサリオは呪具発掘と呪具浄化をし続けていた。剣術や魔法使いを習う門下生たちも一緒だ。
「コタローさんとロサリオさんは、敵のどこを始めに見ているんですか?」
呪具の浄化終わり、辺境に帰る途中、剣術の門下生に聞かれた。
「骨かなぁ」
「弱点を探すんだと思うんだけど、骨が傾いていると弱点を見つけやすいんだ。その後筋肉と違和感を見てるよな?」
「だから触覚で相手の内部を見るようなスキルは、予測がつくようになるから有効だよ」
「そうだな。あとは魔力をどうやって見るかとかさ。視線がどっちに向いているのか、指先がどこに向かっているのかということで魔力の方向性も変わってくるしさ」
「かなり精密に見てるんですね?」
魔法使いの門下生たちも気になっているようだ。
「精確性を求めるとそうならざるを得ないんだよ。自分で筋力上げて攻撃力を上げるのもいいんだけど、タイミングがズレたりするからね」
「当たらないことには倒せないんだよ」
町の入り口で巡回中の衛兵に挨拶をして門下生たちを道場へ送ろうとしたところで、雑貨屋から壺が転がってきた。特に魔物の動く壺ということではなさそうだ。
壺を持って返しに行くと、雑貨屋が荒らされている。店主のゴーレムは前掛けをしたままひっくり返ったバケツに座って呆然としていた。
「大丈夫ですか? 誰にやられたんです?」
俺はジェスチャーも交えて店主に聞いた。
『わからない……。空樽を冒険者ギルドに届けに行った隙にやられた』
冒険者ギルドでは魔物を鑑定する時、武器をまとめておくときなど樽を使う。
ゴーレムの店主は声も発さずにジェスチャーで答えた。
「人影を見たりもしてないですか?」
『見てない』
俺は何か犯人が残した物がないか探した。棒きれでも残っていたらと思ったが、犯人は店先に会った箒や鎌で荒らしたらしい。
「これは、師匠たちが許さないですよ」
振り返ると門下生たちも怒っているが、元冒険者夫婦たちもこれを見たら怒るだろう。
「ようやく人間と仲良くなれたと思ったんだけどなぁ」
ミノタウロスの門下生が拳を握っていた。
「教会の僧侶たちですかね?」
「いや、わからない。でも大丈夫だ。犯人は必ず見つけるから。悪いんだけど、師匠たちを呼んできてくれるかい?」
「わかりました」
門下生たちが走って道場へと向かった。
高レベルの元冒険者たちがキレて教会を壊すと、また争いの火種になる。挑発行為に乗ってはいけない。
「壊れた商品はすべて壊した者に買い取ってもらいましょう。それで我々が届けに行って、代金を徴収しに行きますから。町の人間も魔物も味方です」
「わかった」
ゴーレムの店主はようやく声を出した。これで、持ち主を辿れる。
『もの探し』のスキルを穴の開いたジョウロに放つ。光は頭上高くまで上がった。犯人はすでに町の外だろう。
「馬で逃げたかな?」
商人ギルドに併設されている馬屋も近い。
「おう。ゴーレム金物店が襲われたって?」
「ケガはないかい?」
元冒険者夫婦がやってきた。口調は優しいものの、頭から魔力が沸騰したように立ち上っている。
「留守中に荒らされたようです。『もの探し』で確認したら犯人は逃走中ですでに町にはいないようです」
「そうか。危うく教会を更地にするところだった」
「あんたたち、衛兵と役所に連絡しておくれ」
魔法使いの婆さんが門下生たちに指示を出していた。
「いつ荒らされたんだい?」
「つい先ほど。冒険者ギルドに樽を届けている最中に……」
「だとしたら、商人ギルドの馬屋に馬を預けていた誰かだろうね?」
「おそらく、そうです」
「ちょいと聞き込みに行ってくるよ。コタローは先に向かっていていい。街道を外れそうになったらそこで止まっていておくれ」
「わかりました。壊れた商品は全品買い取ってもらうことにしましたから、我々は代金の徴収に向かいます」
「なるほど、いい理由だ。修理費も貰っておこう。道具は使われるために作られているんだからね」
俺とロサリオは『もの探し』の光を追いかけた。
犯人はあっさり見つかった。街道に沿って行けばぶつかる村の酒場にいた。
酒場の馬屋には馬が繋がれている。
「どうする?」
ロサリオが酒場を見ながら聞いてきた。
「たぶん、あの夫婦に任せておけばいい。俺たちは逃げられないように罠を張って待っていればいいんだよ」
「そうか」
俺たちは細いアラクネの紐を酒場の周囲に張り巡らせていった。
「お前たち何をやっているんだ?」
酒場に入ろうとしている客が聞いてきた。
「今日は別の酒場に行った方がいいと思うよ。これは結構マジな忠告だ」
「なんでだ?」
「借金取りが辺境の町からやってくるからさ。ただ隣に飲んでいるだけでも徴収されかねない」
「わ、わかった」
「ちなみにこの村の村長の家はどこだ?」
「ほら、あそこ。村長からも取り立てるのか?」
「金がなければな」
「辺境の町は人間と魔物が住んでいるだろう? それだけにルールには厳しいんだ。容赦がない」
ロサリオは笑って忠告していた。
夕暮れ時、元冒険者夫婦は門下生全員と衛兵を引き連れてやってきた。