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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
倉庫業と遺跡発掘業

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109話「教会前のちょっとした出来事」


「なんだぁ? 俺は鍛冶屋だぞ!?」


 ドワーフの鍛冶屋は案の定怒っていた。


「親方、ただのおもちゃじゃないんですよ……」


 俺は事情を説明して、どれくらいの売り上げが見込めるのか丁寧に説明していった。当然、ゴルゴンおばば失踪も知っているし、教会に来た白い僧侶たちも見ていたので話が通じる。


「コタロー、美味い話過ぎるだろ。なんか裏があるんじゃないか?」

「裏はないです。ただ、ゴーレムたちも町にやってきたと思うんですけど、彼らには子ども用に光るボールを作ってもらえないかと打診しているところです」

「なんだ? 競争させるつもりか! 全く本当にお前という奴は……。うかうかしていると全部ゴーレムたちに売上持って行かれちまうじゃないか! まじないは何がいいんだ?」

「危なくなければ何でもいいですよ。光ってもいいし、防御力が上がるのでもいいし」

「じゃあ、せっかくだから少し固くなるのにしようか」

「お願いします」

「お願いしますじゃないよ。売れよ!」

「たぶん、買ってくれますよ」

「本当にもう……。俺は鍛冶屋だぞ!」


 木剣ばっかり作っていて、嫌になっているらしい。ただ、普通の鉄の剣だけじゃなくて、木剣もめちゃくちゃ作るのが上手い。手に馴染むと評判になっている。


 エルフの薬屋は割とすぐに入浴剤を出してくれた。


「この前採ってきた薬草で作ったもの混ぜ合わせたものだよ」

「緑の香りがしますね」

 アラクネさんが入浴剤の匂いを嗅いでいた。


「リフレッシュするだろう? 香りづけが入っている。今度、また教えるからね」

「お願いします」

「おばばはどうしてる?」

「毎日、いろいろ採集して温泉入りに行ってますよ」

「そうかい。私も時々、行こうかね」

「ぜひ」

「教えてくれれば店番もやりますからね」

「いいかい?」

「ええ。うちの会社のケンタウロスの娘がなかなか人間に慣れないみたいで、町のお店で私と一緒に働かせてもらえるなら、こっちも助かります」

 意外にアラクネさんは新人たちを見ているらしい。

「お互い助かるならいいやねぇ。教会の僧侶たちは見たかい?」

「来た時にちらっとだけ」

「朝からすごい声量で歌うんだよ。酒場の酔いつぶれた奴らがうんざりして家に帰っていく」

「酒場からしたらありがたいじゃないですか」

「そうなんだよ。しかも結構ワインも飲みに来るらしい」

「市場調査ですかね?」

「だろうね。どういう魔物がいるのか見ているんだと思うけど……、予想とは違うみたいだ」

「へぇ。なんでだろうな」

「魔物が普通に酒を飲んでいるのが珍しいんじゃないか?」

「そういうことか。ついでに差別もやめてくれるといいんですけどね」

「いや、玄関ににんにくぶら下げて魔除けのまじないをしているよ。吸血鬼もエルフもガマの幻覚剤を買えなくなったって嘆いている」

「魔物にも人間にも厳しいのか」

「あいつらはエルフも人間と思ってない。亜人種って言って差別してるんだよ。薬より労働によって体を動かし不安を解消しようってさ」

「それが出来たら、教会に行ってないんじゃないですかね」

「その通り。身体を動かした方がいいのは正しいんだけど、教会の小さい畑で作業させられているのを見るとなんだかねぇ」

「白い僧侶は汚れ仕事が嫌いですか」

「そうみたいだ」

「そのまま教会から出ないでくれると助かるんですけどね」

「そうもいかないみたいでね」

 エルフの薬屋は窓から教会の方を見た。

 僧侶たちが炊き出しをやっている。人は来ているようだが、魔物は近づかない。よく見れば周りでスープを貰っている人も見かけない人たちだった。身なりもよく革ベストなんかを着ている。


「炊き出しというよりも芝居に近いですね。誰なんですか?」

「近くの村の信者だと思うんだけどねぇ。奇妙過ぎて町の住民は近づけなくなったよ」

「もうここでガマの幻覚剤を売るしかないじゃないですか」

「そうなんだけどね……」

 違法だ。

「役所に許可を取りに行きますか? どうせこんな教会続かないですよ。一時的でしょう?」

「悪いね。頼むよ」


 いいように使われている気がするが、お得意さんだし何かと世話をしてもらっているので、嫌な気はしない。実際にただ同然の値段で入浴剤も売ってくれた。

 やれることはお互い助け合いだ。


「わあっ!」

「ごめんなさい!」


 薬屋を出たら、教会の前でゴブリンの少年が、白い僧侶の服を汚して謝っていた。追いかけっこをして泥が跳ねたらしい。


「いいんですよぅ」

 白い僧侶はそう言って笑って許してから、教会の中へ入っていく。

 周りの僧侶は「いいの、いいの、気にしないで」とゴブリンの少年とその友達を囲みながら圧力をかけていた。


 パシィッ!

 教会の中から、鞭か何かで叩く音がした。


「申し訳ございません!」

 服を汚された僧侶の大きな声が聞こえてくる。周囲にいた人間や魔物の大人たちも声を聞いて引いていた。


「いいの、いいの、気にしないでね」

 白い僧侶たちが表情筋を動かさずに、少年たちを取り囲み始めた。

 随分、古典的なことをやっているな。


「謝ってるんだから、いいんだよ!」

 少年たちに向け思わず大きな声が出てしまった。仕方ないか。


「なんですか? 今、私たちはこの少年たちに……」

 僧侶たちはこちら笑みを浮かべて振り返った。

「周りを取り囲んで、罪悪感を植え付けコントロールしようとしていたんですか?」

 こちらもにっこり微笑み返しながら、少年たちとの間に割って入る。


 パシィッ!


 再び鞭で叩かれるような音が鳴る。

「申し訳ございません!」

 少年たちは恐ろしいものを聞いたように怯えている。


「一切気にしなくていい。服を汚したことについては謝ったんだろう?」

 ゴブリンの少年たちが頷いた。

「だったら、教会の人たちの問題だ。服がちょっと汚れたぐらいで、鞭で打たれるような神様を信仰してないだろ? 魔王法典にそんなこと書いてないよな?」

「書いてない」

「だったら、人間の神様には変なことを要求してくる神様がいるんだなと思っていればいい。一切、自分のせいだなんて思わなくていいからな!」

「我々は決してその魔物の少年のせいだなんて言っておりませんよ」

「ええ、もちろんそうですよね? その白い僧侶服は汚れることを前提にした修行の一環でしょう?」

「え……、いや……それは」

「宗教家は心を磨くことが仕事ですもんね。掃除や洗濯と言った洗う行為によって、心もまた洗われるというわけですか。やはり新人の頃は無理な仕事量を押し付けられて、他者の助けがないと生きていけないということに気づき、助け合いの精神を育むものなのでしょうか。だから純白の僧侶服なんですね。だとしたら、あの音はなんです?」


 パシィッ!

 まだ鞭を打つような音が聞こえてくる。


「服の汚れは心の汚れ。油断して汚してしまった者の贖罪です」

「心の汚れを洗うこともなく、誰に贖罪しているんです? 神ですか? なるほど。自分の心の在り方よりも神との契約の方を大事にしているというわけですね」

「いえ、贖罪を通して心を整えているわけです」

「ほら、な。言った通りだろ? 僧侶の方が今、心を整えている最中だそうだから、全く君たちには関係がないんだ。気にする必要はないんだよ。遊んでおいで」


 ゴブリンの少年たちは戸惑いながらも走り去っていった。


「しかし、罪を作った彼らにも責任の一端が……」

「ありますか? ちょっと服が汚れたくらいで罪!? 自分はそうは思いません。ちゃんと謝っているわけですし、目くじらを立てるようなことでもありません。あなた方の教義では罪なのかもしれませんがね。あ、罪を作った者への罰を与えますか? だとしたら、あれはやめていただけませんかね?」


 パシッ!

 徐々に鞭の音が小さくなり、叫び声も聞こえなくなった。


「ここは辺境の人間と魔物の町です。投票で決めるのがルールです。鞭で打たれる音や叫び声が聞こえると町の公序良俗の乱れに繋がります。この町には吸血鬼もいるんですよ。清楚な僧侶から血の臭いがしては彼らも酩酊状態になってしまう。少し罰の方法を考えてみてはいただけませんか?」

「我々は魔物には屈しない!」

 革ベストの村人が大きな声をあげた。


「屈するかどうかを聞いているわけではありません。聞こえてくるような罰では、町の住民の心の汚れを作り出してしまいかねませんよ、と言っているだけです。考え直していただけると幸いです。わざわざ教会の罰について投票したくはありませんから」

 俺は僧侶たちをかき分けて、役所へと向かおうとした。


「あなた、お名前は?」

「コタローです。アラクネ商会のコンドー・コタローです」

「あなたがアラクネ商会の……」

「心に傷を負った者たちへの問診が滞っているようですね? 少し魔物とも交流をしてみたらどうです? 辺境まで来た意味がない」

「考えておきます」


 俺の前をアラクネさんが歩き始めた。教会の周りで見ていた人間や魔物たちが、一斉に仕事や買い物に戻っていく。


「よくそんなに口が回るね」

「相手が返す前に喋り始めるのがコツだよ」


 アラクネさんは肩を震わせて笑っていた。


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[一言] コタロー改めひろゆきに改名?
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