108話「アラクネ商会の思いつき」
大渓谷のクイネさんに連絡を取ったところ、布の帽子でいいなら魔力を防げるものを作れるらしい。すぐに試作品を送ってもらうことにした。
ゴルゴンおばばが失踪したことについて、教会は何も公表はしていない。もしかしたらすでに居場所はバレているかもしれないが、俺たちも特に何も言わなかった。本人はのん気に温泉へ入り、山の山菜取りに夢中になっている。
「久しぶりに身体を動かすといいね。しかも温泉があるから脱皮した皮も流せる。こりゃ極楽だ」
見えるところにいるならいい。
吸血鬼の師匠は、個別で対処するしかないんじゃないかと言っていた。実際に使役スキルにかかっている相手なら解呪もできるのだとか。思いと魔力は密接に繋がっているためだそうだ。
「爺さん婆さんたちは、奴隷に気をつけろって言ってた」
「どういうことだ?」
「レベルの低い魔物の奴隷を買い取って、市民にしてしまうかもしれないって。基本的には教会は弱者の味方で、施しをすることによって信者を集める。領主を引きずりおろせるくらいまで増やしたら理由を付けて反乱を起こしてきたらしい」
「おっかねぇな」
「でも、爺さんたちが言うには、たぶん辺境の町で反乱は起きないって」
「そうなのか?」
俺たちが勝手に敵を大きくしていただけかもしれない。
「まず領主がいない」
「でも投票を操作できるじゃないか?」
「それについては、ものすごく厳格にやっていて各職業の世話役や町内会長なんかが目を光らせているし、そもそも町の住民に不満はそれほど溜まっていないはずだってさ」
「でもブラウニーたちみたいな例もあるぜ。なかなか仕事が回ってこないみたいだけど」
「それは実績がわかり難かったらしい。で、アラクネ商会がかなり重要な役割をしていたんだそうだ。コタロー、自覚あるか?」
「ない。アラクネさん、なんかやった?」
「いや、試飲祭りくらいだよ」
俺もアラクネさんも何かやっちゃいましたか状態だ。
「まず、アラクネ商会は人間と魔物が共同で作った会社だから、辺境の町では象徴的になっているんだって。それから二人とも結構顔が広いだろ? 広場で屋台を出している店主たちは皆知っているし、魔物の店だけでなくエルフやドワーフたちとも知り合いだよな?」
「確かに、そうだけど……。じゃあ、もっと仕事くれよ」
「試飲祭りもよかったそうだ。川が氾濫して井戸も使えなかったから、僅かな水を奪い合いが起こりそうなタイミングで試飲祭りを開催してくれたお陰で、大人は酒を飲んで、子どもたちにはちゃんときれいな水が行渡っていたそうだから」
「そういうことだったんだ。試飲祭りの後、知らない人からも声をかけられるようになったんだよね。でも、たまたま運がよかっただけよ」
「それでも、人間と魔物の会社がそういうことをやったというのがよかったみたいだ。だから、町の住民たちにはかなり結束感ができた。災害を一緒に乗り越えたって言うね。だからそこまで心配する必要はないんじゃないかってさ」
「じゃあ、もう彼らは来ているけどすぐにどうにかなるわけじゃないってこと?」
「そうだね。だからむしろ魔物の奴隷を買って、使役して装備が弱そうな領地に送り込むんじゃないかって」
「魔物の評判が落ちるんじゃないの!」
アラクネさんは嫌な顔をしていた。
「俺たちも山賊や野盗を捕まえただろ? 刑期を終えて鉱山から出てきた連中が辺境に来るかもしれない。セイキさんも教会に狙われるとしたら、そういう奴だってさ」
「でも、子供とかレベルの低い魔物たちも大丈夫なのか?」
勝手に心配していても仕方がないことだけれど、どうしても警戒心もなく騙される魔物を見ていられない気持ちになってくる。
「町の住民を信じましょ。そんな騙されるような魔物たちが人間と一緒に暮らせないわ」
「そうだな……」
「社長!」
玄関先を掃除していたツボッカが呼んでいる。行ってみると、倉庫の前にはゴーレムのキャラバン隊がいた。
「すまない。アラクネ商会はここであっているか?」
商人の服を着たゴーレムが聞いてきた。
「あってますよ」
ゴーレムの言葉であるジェスチャーも交えて答えた。
「あれ? お前さん、岩石地帯の闘技場で上位ランカーをなぎ倒してなかったか?」
「昔の話は忘れました」
「いや、昔じゃなくて2か月前くらいの話だが……。あの後随分闘技場が荒れてね。すまない。そんな話じゃなかったな。知り合いのゴーレムに辺境に行くならアラクネ商会の倉庫を使うといいと言われてね。家が決まるまで商品を預かっておいてもらえないか?」
引っ越しか。
「ええ、どうぞ。商品はなんです?」
「魔石のランプさ。あと闘技会も開かれていると聞いたから武器や防具も持ってきた」
「わかりました。日用品以外の荷物は預からせていただきます。手前の部屋に置いていってください。ツボッカとターウは手伝ってあげてくれ」
「はーい」
小さなゴーレムもいる。家族で移住してきたのか。ゴーレムの子どもは馬型の人形を抱えている。荷台を作る職人になるのかな……。
そこで、俺はようやく思いついた。
「おもちゃでいいんじゃないか!?」
難しく考えすぎていたらしい。
「どうしたんですか?」
ツボッカに心配された。
「すまん。大丈夫だ。思いついてしまった。すみません、頑丈な魔石ランプってありますか?」
俺はゴーレムの商人たちに聞いてみた。
「大きい魔石ランプということか?」
「投げても落としても割れないような魔石ランプです」
「一応ガラスだからな。叩きつければ割れるよ。樹脂やスライムの液体なんかでコーティングすればできなくはないが……。必要なのか?」
「ええ、たぶんこれから必要になってきます。しかも安価で作れるようなおもちゃが……」
「辺境じゃ、何が必要になるかわからないな」
「そうですね。家が決まったら正式に依頼を出しますので、よろしくお願いします」
「わかった」
ゴーレムの商人たちに割符を渡して、保管料を受け取った。
「おもちゃを作ろう!」
俺は奥のカウンターに戻り、アラクネさんとロサリオに提案した。
「何を言ってるの?」
「また、何か思いついたんだな」
「その通りだ。何も立派な呪具や魔道具で守らなくたっていいんだよ。まじないがかかっているおもちゃで十分」
「どういうことよ」
「そうか。魔力の行き先を決めてやればいいのか……」
ロサリオは気づいたらしい。
「え? なに? なんでわかるの?」
「使役スキルは魔力を使う。つまり使役したい魔物に魔力を送り込むことでもあるから、送った先の魔物が魔力をすべて消費してしまえば使役スキルは解けるんじゃないかな?」
「そうね……。だからおもちゃなの?」
「子どもが遊ぶボールや……、今だったら木剣とかかな」
「道場にいる門下生が持っているような?」
「そう。子どものあこがれでしょ」
「これは売れるな。教会の魔物使いから子どもを守るためっていう理由なら親が買うぞ」
「魔力を回復させるシロップも一緒に売れるんじゃない?」
「その通りだ。温泉も魔力を回復させる効能がある薬湯を作ればいい」
「ドワーフの鍛冶屋とエルフの薬屋に言わないとな」
「コタローの言ってた通り、倉庫にいるとどんどん情報が集まってきて、何が流行るのかわかるのね」
「そう。そして気づいた者から売れていくんだよね」
翌日から、俺たちは動き出していた。




