106話「おばばの証言」
「解呪スキルは教会の神父たちの方が優れていると思うけどな……」
吸血鬼の師匠は俺たちの話を聞いて、ぼそりとつぶやいた。
「でも、自分が攻撃を受けているゴルゴンならどうです?」
「ゴルゴンおばばに何かあったのかい?」
吸血鬼の師匠もゴルゴンおばばには頭が上がらない者の一人だという。
「最近、教会から出てきていないんです」
「役所で自分がいなくなったり、おかしくなったらこれを俺に渡すように言っていたみたいで。ほら、俺は『もの探し』ができるからだと思うんですけど」
「おばばはどこに?」
「おそらく教会の地下に」
「だとしたら、身を隠して自分に呪いをかけているかもしれないね。解呪なら私がいくらでもやるが、町中だと目立つか……。『影隠しのマント』でもあればね」
「あ、そうか」
俺は『影隠しのマント』のまじないの模様を紙に書いた。
「解呪はアラクネ商会の倉庫を使ってください。アラクネさん、街中の移動をお願いできる? 屋根を伝っていった方が誰かに見られずに済む」
「わかったわ」
「今から連れ出すのかい?」
「今日は都合よく新月じゃないですか。吸血鬼なのに闇夜がお嫌いですか?」
「バカを言え。ユアン、少々出かけてくる。心配するな」
吸血鬼の師匠はマントを翻して、胸を張って歩き出した。
「誰か師匠のことを心配する者がいるって思ってるんですか? しっかり仕事してきてください」
呪具屋の看板娘は辛辣だ。
「よし。俺たちも行こう」
糊でまじないの紙を胸に張り、俺とアラクネさんは影を踏む。
闇夜に紛れて教会へ向かった。
教会の壁を登り、時を告げる鐘楼から入れば、鍵を開ける必要もなかった。
アラクネさんは紐を用意しながら鐘楼で待機。俺は中に入って『もの探し』の光を追った。
神父やシスターは寝ているので物音ひとつしない。『忍び足』のスキルを自然と使っていた。
鍛えていた感覚器官を総動員して、廊下を駆け抜ける。地下への扉は鍵がかかっていたもののあっさりナイフで開けられた。
地下にはいくつか部屋があり順番に開けていくと、ようやくゴルゴンおばばの石像を発見した。本当に石像として作られているなら、髪の蛇の動きがないのは不自然だ。
俺はゆっくりと持ち上げて背中に担ぎ、部屋の外に出る。
この時点で何かの罠が張られていたらしく、一階で寝ていたシスターたちが起きだした。一階ホールには明かりが灯っている。全員気絶させるか、それとも……。
幸い教会の天井は高く太い梁があった。『荷運び』スキルで、それほどゴルゴンおばば重くはない。地下への扉をわざと開けて、音を出した。
シスターたちが地下へ来るのを見計らい扉の裏に隠れる。入れ違いで俺は一階の廊下に躍り出て、すぐに梁へと飛んだ。梁伝いに鐘楼への梯子を上った。
「バレたの?」
明かりが灯る教会を見て、待っていたアラクネさんが聞いてきた。
「まじないの罠だと思う。気づかなかった。ごめんね」
「大丈夫でしょう」
アラクネさんはゴルゴンおばばを担ぐと、屋根を走って遠くの家に糸を吐いてそのまま闇夜に消えた。さながらヒーローのようだ。俺は教会の三角屋根から飛び降りて、塀の影で『影隠し』のまじないを書いた紙を剥がす。
そのまま何食わぬ顔で、町を出て倉庫へと向かった。
倉庫ではすでにゴルゴンおばばの顔だけ石化の呪いが解けていた。
「まったく呪具屋だというのに鍛錬が足りん! ああ、よかった。コタロー、悪いんだけど、このまま薬湯に浸けてくれないか?」
呪いが解けたおばばは元気いっぱいだった。
「わかりました。元気そうで何よりです」
「私が最後に『人見会』をやってから何日経っている?」
「さあ、それはわからないですけど、エルフの薬屋さんが腰痛の薬を持っていったら教会で門前払いをされたと言ってました」
「ああ、そうか。悪いことしたね。役所には行ったのかい?」
「ええ。役所の指輪がなかったら見つけられませんでしたよ」
「いろいろ預けておくものだね」
俺とアラクネさんは数日分を取り返すように喋るゴルゴンおばばを背負って温泉に運んだ。使役したスライムたちも連れていく。
「おや、いつの間にかスライムなんて連れ歩くようになったのかい?」
「掃除と害虫駆除用です。よく働いてくれるいい奴らなんですよ」
「使役スキルが育ったかい?」
「ええ。小から中になりました」
「うん。よく懐いてるね。ここまで大きいと言葉も理解できるんじゃないかい?」
「ああ、それは結構小さい時から理解できたみたいですね」
「どこで捕まえて来たんだい?」
「黄金沼の岸に上がっていたのを」
「あそこら辺は市場もあるからね。覚えるのが速いのか。レベルも上げたんだろう?」
「ええ、行商人が山賊に困ってたみたいなんで」
そうこう話しているうちに温泉に到着。おばばを大きな壺の湯船に放り込む。
「あんまり荒く扱うと靴がかけちまうよ!」
「大丈夫ですよ。ゴルゴンおばばの方が今は固いから」
「ああ、植物性の溶解液があればうれしいね。それから私は柑橘の匂いが好きさ」
いろいろ要望を言ってくれると気を遣わなくていい。用意されたものを揃えればいいだけだ。俺たちにはそれが出来ると考えている期待感だろう。
実際にできるのだけれど。溶解液と薬草、柑橘系の匂いのする石鹸。温泉水を混ぜて壺の湯に入れる。
「あ~、ようやく全身が動き出した」
ゴルゴンおばばの髪の蛇も動き出していた。
「で、何があったんです?」
「ああ、そうだね。これから教会が魔物差別主義の一派に乗っ取られる。辺境の町は基本的に市民の自治区だからルールは投票で決められるだろう? そこに使役スキルを極めたような僧侶たちが押し寄せてきてごらん。レベルが低く、自分と向き合えていないような魔物はすぐに使役されてしまって票を掻っ攫われる」
「人間と魔物の町から魔物使いの町へ変わるということですか?」
「その通り。魔物が安心して子作りできない町になっちまうよ」
多様性も失い、魔物の文化が潰れるか。
「どうにか使役スキルに乗っ取られない方法ってないんですか?」
「簡単に言えば言語だよ。言語を理解できるというのは実は重要でね。その上で自分で考えて動く。これも重要だ。さらに周囲や雰囲気に流されない自我が確立できれば、ほぼ使役されることはないね」
「それ子供には無理じゃないですか」
前の世界だと、大人ですら理解できない人たちもいたし、性的欲求を自我そのものだと勘違いする人たちもいた。性善説もあれば性悪説もあった。
「それって自分の種族の歴史を辿ることでもあるわけですよね。俺、大丈夫かな?」
「コタローの場合は、レベルによってそもそも使役スキル自体が弾かれるはずだし、前世の記憶があるなら問題ないだろう。それよりも闘技会で負けが込んでる連中が心配だよ。強さという自信を喪失した者たちの心は脆弱だからね。使役スキルに隙間をを狙われる」
「いや、それは大丈夫なんじゃないかな……」
アラクネさんがあっけらかんと言っていた。
「何が大丈夫なんだい?」
「負けた者には温泉の無料入浴券を渡しているし、町の住民の視線も集めているから」
「そうなのかい?」
「あと上位ランクにいる者たちは道場でトップの爺さん婆さんに教えられていて、レベルも上がってきているんですよ」
「あ、そんなことになってるのかい……」
おばばが教会で眠っている間に町は進んでいたようだ。
「むしろ中堅の勝者の方が、自分と向き合えないまま勝ち上がっているから危ないかもしれないね」
魔石のランプに照らされたアラクネさんは難しい顔をしていた。
「そういう層は町中にもいるんじゃない?」
「いる。多いよ。ミノタウロスのおじさんとかあっさりかかりそうだもの」
「でも、そういう人たちが来るっていう情報が聞けただけでもよかった。使役スキルかぁ……」
俺は自分が使役しているスライムたちを見ていた。