105話「ゴルゴンおばば失踪事件」
辺境の町で闘技会が開かれるようになり、ひと月が経っていた。浄化呪具は増え続け、順調にレンタルもされて、俺とロサリオは『奈落の遺跡』の二階層で、植物の魔物と戦っていた。
「毒は強いけど、その分耐性も付いてくるのか」
「初めの方にこういう階層があると便利だよな。毒を集めて収集できるし、農家には駆除剤として売れるから」
「コタローは本当に何でも商売と結びつけられるんだなぁ」
「いや、毒の使い道なんか普通は害虫対策だろ? むしろ暗殺とかに使われるような毒は流通させちゃいけないだろ」
「そうなんだけどな。コタローは、この毒の花畑が金貨に見えるのか」
「他人がゴミと思って捨てていたものが後の世になって高級品として取引されるなんてことはよくあることさ」
俺は大トロや厚切りもつ鍋を思い浮かべた。
「どういうことだよ」
「つまり視点を変えて、この価値がなさそうなものに価値を見出すとしたら、という視点が新たな文化を作る。この何気ない毒花一つ一つを金貨にするにはどうすれば価値を上げられるのかを考えればいい」
「やっぱり金貨に見えてるんじゃないか」
「金貨に見えるように見ているだけだ」
麻痺毒を吐き出すオオトカゲを倒し、毒が詰まった樽を背負いながら倉庫へと戻った。
「一向に奈落の底へは辿り着けないな」
「爺になったら行けばいいさ」
ロサリオは巨人の花嫁の一件が忘れられないようだ。
魔法使いの門下生たちとも仲良くなり、一階層の探索を続けている。不思議なことにトゲトゲ狼や黒いムカデはどこからともなく現れて襲い掛かってくるそうだ。
温泉には闘技会で負けた者たちが来るようになり、今まで関わらなかった元冒険者やレギュラーの魔物とも関わるようになっていった。ギルドの仕事をこなすうちにパーティーを組む者たちも現れた。
負けた腹いせになにか罪を犯すようなことをした者はほとんどいない。居酒屋の通りで喧嘩があったくらいだ。しかも、闘技会の勝者同士だったらしい。剣術の門下生たちが通りかかって、すぐに止めた。
道場では喧嘩を止める方法も教えているのかと話題になっている。しかも、道場主の元冒険者夫婦は人間も魔物も分け隔てなく教えているので、門下生同士の交流も増えているのだとか。
「強さに貴賤なし。闇に落ちるのは心の在り方だ」
年を重ねている人たちが言うと説得力がある。
ただ、ドワーフの鍛冶屋はボヤいていた。
「うちは鍛冶屋だぞ。それなのに、木剣と杖の依頼がひっきりなしに来るんだ。自分たちで作ればいいじゃないか」
「でも、報酬はいいんでしょう?」
「そりゃ、素材がいいんだから当たり前だ。皮を巻いて怪我しないような木剣も作っているしな」
「脆い物を作ってたくさん売ればいいじゃないですか?」
「うちの店潰す気か。そんなことしたら客が逃げちまうよ」
エルフの薬屋も打ち身や擦り傷の軟膏が飛ぶように売れているらしい。
「在庫がなくなっちまうよ。悪いんだけど、販売員を貸してくれないかい?」
「ターウとツボッカという魔物でよければ」
「いいよ。今さら人間だとか魔物だとかで判断している町の住民はいないだろ?」
すっかりターウもツボッカもアラクネ商会所属の派遣社員として働き始めていた。
「コタローとアラクネちゃんは、一緒に薬草採取に行こう。場所を知る者たちが少なくなってきたからさ」
山の中に秘密の薬草畑がいくつもあるらしい。近場の薬屋は皆知っていたが、ほとんどが引退するか廃業しているらしい。
「わかりました」
そういう知識を受け継ぐのも町の仕事かと思って、俺はアラクネさんと一緒にエルフの薬屋と山に入った。
水辺だけではなく、池の跡地や崖の際など、言われないとわからない場所に薬草が生えていることが多い。俺とアラクネさんは頭の中の地図に記していった。
「そういえば、あんたたちゴルゴンのおばばを最近見たかい?」
籠いっぱいの薬草を背負った帰りがけにエルフの薬屋が聞いてきた。
「最近は会ってないですね」
「私も教会で寝てるのかと思ってましたけど、何かありましたか?」
「いや、十日一遍くらい私も腰の薬を渡しにいってたんだけど、この前門前払いを食らってさ」
「どうして?」
「今は人見会はやってないの一点張りでね。私が、そうじゃなくて腰の薬を頼まれてるんだと言っても聞いちゃくれないんだ。体調が悪ければ隠す必要もないだろ?」
「教会で何かありましたかね」
「魔物にとってはゴルゴンおばばが教会にいることで安心できたんですけど……」
「やっぱりそうかい」
「ちょっと調べてみますか」
「なんとなくでいいから頼めるかい? もしかしたら親族に不幸があって見舞いに行っているだけかもしれないからね」
「わかりました」
エルフの薬屋に薬草の籠を置き、腰痛の薬を持って教会には行かず、一旦役所に行ってみた。もしかしたら町の仕事に関係しているかもしれない。
「こんにちは」
「アラクネ商会さん。どうかしましたか?」
役所の職員ともいつの間にか顔見知りになっていた。
開業届もそうだが、うちの会社の業務は業種を飛び越えることが多々あり違法ではないか確認のためよく来る。商人ギルドに入ってしまえば人も集まるし、いちいち確認する必要もなくなるので楽だというが、なかなか魔物を雇用するのが難しくなるらしい。今は特にどこかの団体と提携しているわけではなく、冒険者ギルドとも相談しながら運営している。
「それがゴルゴンおばばに腰痛の薬を渡しに行こうとしたら、教会側に断られてしまうそうなんですが、何か知りませんか?」
「ゴルゴンおばばが……。ちょっとお待ちください」
職員が急いで奥へと走っていった。
奥からでっぷりと太った職長が出てきて、俺たちを奥の部屋に通してくれた。
「ゴルゴンおばばが行方不明になっているということですか?」
「そうですね。人見会もやっていないようですし、教会が何かを隠しているかもしれません。こちらとしては姿くらい見せてほしいだけなんですけど……」
「そうですか。ゴルゴンのおばば本人が懸念していた通りだ」
「懸念していたんですか?」
「ええ。もし自分がいなくなったり様子がおかしくなったら、この指輪をアラクネ商会に渡すよう言われています」
職長は銀色の指輪を渡してきた。何の変哲もない指輪だ。これで居場所はわかる。
「様子がおかしくなったというのは、なにか老化による病気か何かを自覚していたということですかね?」
「いえ、その……。おそらくですが、教会にはいろんな派閥があります。そのうちの一派が関係しているのではないかと」
「どういう派閥ですか?」
「人間と魔物は相いれないと、この町の創設の時にも反対していた派閥があるんです」
この町を否定する派閥があるのか。
「なるほど、そんな派閥があったらゴルゴンおばばはどこか遠くに行っているか、監禁されているかもしれませんね」
俺はすぐに銀の指輪に『もの探し』を放った。
光の紐が真上に飛び出したかと思うとすぐに止まり、地下へ向かった。
「教会の地下に監禁されているようですね。もしくは……」
「考えたくはありませんね。ゴルゴンおばばはこの町の魔物にとってとても重要な魔物です。この一件、アラクネ商会さんで対応できませんか。衛兵の中にも教会関係者がいますから」
「わかりました」
俺とアラクネさんは外に出た。俺が『もの探し』の光を辿ろうとしたら、アラクネさんに止められた。
「ちょっといい?」
「どうかした?」
老体を待たせない方がいいと思っていた。
「もし、ゴルゴンおばばが教会の関係者から何らかの攻撃を受けているのだとしたら、たぶん自分を呪うわ」
「え? どういうこと? なんで?」
「隠れて自分を石に変えているかもしれないってことよ」
「ああ! そういうこともできるのか……」
俺たちはゴルゴンおばばを信じて、吸血鬼の呪具屋へ向かった。