104話「持続可能な人間と魔物の町」
翌日の夕方。
吸血鬼の呪具屋に業務委託をして、3つの浄化呪具のレンタルを開始。相手の魔力を吸収する剣と、魔力の底上げをする指輪、瞬間的に防御力が二倍近く上がるネックレスだ。
「いらっしゃいませ! 今日から浄化呪具のレンタル開始だよ!」
看板娘のユアンが声を上げて客を呼び込んでいる。
その後ろで俺は、吸血鬼の師匠に先日会った田舎の屋敷に住む吸血鬼について話を聞いていた。
「吸血鬼にも、いろんな派閥があるんだよ。獣の血しか飲まない者もいれば、普通にレア肉が好きな者もいるし、若い女の血でないと受け付けないなどという変態までいる。上手く人間の社会に馴染めない吸血鬼は結局、魔物の肉に行くか、徒党を組んで田舎で修業をする者もいる」
「つまり、人間社会からドロップアウトするってことですか?」
「まぁ、そうなるね」
「ほとんど山賊じゃないですか」
「そうだね。盗賊になる者たちもいる。夜になった方が我々は動きやすいから」
「なるほど……」
「何か気になることがあるのかい?」
「闘技会が始まれば、勝者もいれば敗者もいるじゃないですか。格差ができて収入も変わってくるのはわかるんですけどね。敗者側の救済措置がないんじゃないかと思って」
「ハイランクの爺さんや婆さんが道場を作るんじゃないのか?」
「あれは、魔法や剣術の使い方を学ぶだけですからね。上手くやろうとすると、教会とか商人ギルドとかが利権を握ろうとして敵対していくじゃないですか。そうじゃなくて、なんとなく辺境の町の緩い互助会みたいなのを作れないかな、と思って。怪我をして負けて怪我して負けて、というのを繰り返して、負け癖ついちゃうと抜け出すのに苦労するじゃないですか」
負け癖は本当にダメだ。どれだけ明るい人でも心が荒むし、意味のないことまで考えてしまう。
「長いこと生きているが、よくそんなことを考えるな。確かに負け癖が付いていた時はあるし、そこから抜け出すのが難しいこともわかる。だからこそ、ガマの幻覚剤のようなものに頼るのではないか?」
「薬に頼るのはいいんですけど、その前にどうにかできないかな、というか」
「いや、一人相手をするのでも大変だぞ。今でこそユアンは明るい看板娘だが、吸血鬼になる前後は手を付けられなかったからな。それこそ人間としては死んでいた」
吸血鬼の師匠は、浄化呪具を貸し出している看板娘を見た。
「そこまでいかないために落ち込んでいる者に視線を向けられないかなと思って。もし、浄化呪具を使っても負けた者にこれを」
「温泉の無料入浴券かぁ。いいかもしれないね。気持ちに波を作らないことが結構大事だからなぁ。うちの店でも少し考えてみるよ」
エルフの薬屋やドワーフの鍛冶屋にも、無料入浴券を配りに行く。
「勝者じゃなくて敗者に目を向けろか。確かに勝者がわざわざ盗みを働く必要はないか。言わんとしていることはわかる。だが、敗者本人たちは自分にこそ目を向けるべきではないか」
「その通りなんですけどね。なぜ負けたのか理解できずに、混乱している時期もありますから。そういう時期に盗賊団に声をかけられたりすると傾いていっちゃったりするじゃないですか。それより、爺さん婆さんがのんびりしている温泉にでも浸かった方がいいんじゃないかと思って」
「人それぞれ思考の進み方は違うか……。わかった。俺も鍛冶屋の端くれだ。武器を見れば実力くらいはわかる。頑張ってほしい奴には渡しておくよ」
「お願いします」
頑張ってほしい奴は素直な若者たちだけなんだよなぁ。
酒場に酒と珍味を卸したアラクネさんと、冒険者ギルドで皮の代金を受け取りに行ったロサリオと合流。温泉のエキドナを手伝いに向かった。
日も暮れ、片づけをしている最中だ。二匹のスライムたちが湯船や桶を洗っている。
「おつかれさま」
「おつかれ。どうしたの? 皆、揃って」
「スライムたちは元気にやっているかと思って。手伝いに来た。人手は足りてる?」
「さっきまでラミアたちもいたからね。今、お湯を止めに行っている。やっぱりスライムがいるといないでは大違いだよ」
「そうか。明日くらいから朝風呂も営業しようと思うんだ」
「この前言っていたやつ?」
無料入浴券については前からエキドナに話していた。
「そう。負けた闘技者たちに渡すように、知り合いには頼んだんだ」
「こっちも一応、いつも来てくれるお客さんたちに言ってある」
俺たちも湯船や洗い場の掃除を始める。
「勝者の方がお金持っているんだからそっちに向けた商売を考えるものだけど、コタローは逆に行くんだから変だなぁってリザードマンと話してたんだよ」
エキドナがブラシで洗い場をこすりながら言った。
「勝者への商売はもう酒場で珍味を売っているからいいんだ。それより負けた者が次の闘技会で急に動きがよくなるとか、スキルを身につけて勝つ下剋上の方が面白いだろ? 最弱だったおっさんの大逆転とかさ」
「でも、そんな急に強くなったりするか?」
桶を拭いているロサリオが聞いてきた。
「それは急に強くなった俺たちが言うと怒られるぞ」
エキドナとアラクネさんは振り返っていた。
「強くなったりしなくてもいいんだけど、負けると考えこんじゃって出口の見えないところに落ちる時があるだろう? 過去は変えられないし、その瞬間の判断はどこが間違えたのかみたいな時。でも、その瞬間その瞬間で自分たちはベストを尽くしているわけだから、じゃあ、どうするのかっていう目標を立てて、そのためには何が必要だから道筋はどうなるかを考えていけばいいわけでしょ」
「でも、なかなか切り替えるのは難しいよ。今だって私はコタローがレベル50を超えているって言われても、どうやったのかよく理解できてないもの。強いのは見ているからわかるんだけど、納得いかないっていうか。レベル1や2の頃から知っているのにこの短期間でそんな成長するって常識的に考えるとおかしいことじゃない?」
「そうだよね。混乱すると、自分が順序良く論理的に考えていたことに隙間が空いちゃって、そこにあそこに金塊があるから盗めば順序を一気に超えられるって思っちゃうでしょ。罪を憎んで人を憎まずみたいなことで、負けた者たちは焦りながら強くなりたい願望がでてくるのよ。でも、本当は休んだ方がいいでしょ。冷静に自分を見つめ直す期間が必要なんだよ」
「確かに、怪我の具合を見て、武器がそもそもどうやっても勝てないような武器なら、買い替えないといけないわね」
いつの間にかラミアたちが戻ってきていた。
「ラミアとリザードマンは闘技会に出るのか?」
「出るつもりだ。人気になって、もう一軒温泉宿を作るつもりさ」
「準備があるなら、もう行っていいよ。後片付けは俺たちでやっておくから」
「わかった。頼む!」
ラミアとリザードマンは荷物を担いで駆け出していった。
「エキドナはいいの? 同じ仲間だったんじゃないのか?」
「ああ、私は……、強さを比べる戦いはもういいかなと思ってるんだ。それよりも、なんかコタローが変なことをやっているから、そっちに興味がいってるんだよ」
「すまん。別にそれほどエンターテイメント性があるようなことじゃないよ」
「何の戦いをやってるんだ? それは俺も気になっている」
ロサリオも聞いてきた。
「そうなのよ。ただ儲けたいなら、いくらでも思いつきそうなのに、コタローは別のことをしているでしょ。何をしているの?」
アラクネさんも混乱しているのかもしれない。
「なにって言われると説明が難しいんだけど……、この辺境にある人間と魔物が暮らしていける町って、初めてできた町でしょ?」
「そうね」
「でも、まだまだ偏見もあるし、魔物にとっては不自由な仕組みもたぶんあると思うんだよ。ただ、一町人としてはできるだけ持続していってほしいんだ。その上で上手く経済が回っていくと、倉庫業としても収入は増えるしできることも増えていくよね? 文化の交差点にもなるし、人間も魔物もたくさん集まってくるのが豊かな生活だと思うんだ。でも、どうやっても災害はあるし、金持ちがいれば貧困問題は発生するんだから、それにできるだけ事前に対処しようとしているんだよね」
「そんなことできるの!?」
エキドナには衝撃的だったようだ。
「できるかどうかを試してみているって感じかな」
「強くなりたいとか金持ちになりたいとかではないのね」
「ああ、強さとお金はやっぱり限度というか使いどころがないんだよ。例えば、俺もロサリオもかなりレベルが上がっているけど『奈落の遺跡』とか闘竜門くらいしか使いどころがないんだ。お金に関しては自分のところに溜まっているだけで、使わないとあんまり意味がないでしょ。やりたいことをやれるだけのお金があればいいって感じかな」
「人間にも魔物にも人気になりたいというのはないのか?」
ロサリオはそれで悩んで中央から来たのかな。
「人気かぁ……。人気になりたくないわけじゃないんだけど。人気に関しては前世の職業が関わってるかもな。何をしているのか他人からは動作が見えにくい職業だったんだ。当たり前だけど、それよりも闘技会の闘技者の方が人気になれるでしょ? 説明しないとカッコよさがわからない職業って解説者とかが必要なんだ。だから自分が目立っていい思いをしたいと思うなら解説の人を付ければいいと思うんだけど、だいたい失敗するんだよ。性的嗜好がおかしいとかで」
「なるほど、確かにそれは人気が離れるわね」
「そんなことになるくらいなら、人気を求めるのは捨てて、人気とかお金とか強さじゃない物差しがあるって言っていく方が、魔王が求める多文化で多様な社会には近いんじゃないのかなって思ってるし、それを人間と魔物の町では実現しやすいんじゃないかと思って動いてる」
「そんなこと考えていたのか」
「視点がものすごい俯瞰しているのね」
「難しいというか、それどうやって行動するのよ」
三者三様で俺を呆れたように見ていた。
「もちろん、そんな難しく考えているわけじゃないし、人生をかけてこれをやらなければ! みたいなことは考えてないんだけど、『持続可能な開発目標』って言って、できることをやっていこうとしてるだけだ。今日は闘技会ができたから負けた人たちが悪いことしなくてもいいような町になるといいなって思って無料入浴券を配ったけど、この先どんどん辺境の町が発展すると貧民街ができていく可能性は高いじゃない?」
「光が強ければ闇は深くなるみたいなことか?」
「そう。高名輪地区があれば青鬼街の裏通りみたいなところはあるわけでしょ」
「確かにな」
ロサリオには中央の景色が思い浮かべられるだろう。
「青鬼街の子ゴブリンでも衛兵隊長になれるような一発逆転できるチャンスをばら撒いておきたいって感じかな」
「でも、チャンスに気づかない子の方が多いんじゃない?」
アラクネさんが聞いてきた。
「それなんだよ。可能性を理解してないとチャンスって巡ってきても気づかないんだよな。どうすりゃいいかなぁ」
「また考えてるよ。でも、なんとなくコタローの考えてることはわかったわ。本当に変なことを考えてるんだね?」
「そうだね社会実験に近い。もし俺がわけのわからない行動をしていても、辺境の町をどうにかしたいんだろうなと思っていてくれ」
「わかった」
「でも、基本的には儲けたいんだよ。ターウとかツボッカだって雇っちゃったし、食わせていかないといけないしさぁ。はぁ~あ」
「よし、あいつらにも少し稼がせよう」
「仕事が出来るようにね」
ロサリオとアラクネさんも協力してくれるらしい。
会社にしてよかったぁ、と心底思った。
夏の終わり。季節の変わり目。人間の国からも魔物の国からも厄介ごとの足音がしていたのに、俺にはまだ聞こえていなかった。