103話「花嫁の鎖」
ネックレスの持ち主は山から割と近い、川沿いの屋敷近くにいた。屋敷には吸血鬼の団体が住んでいて、こちらを見て驚いている。
「お前たち、魔物を使役しているのか? 服なんか着せて」
「もう少し外に出て情報を集めた方がいいぞ。人間と魔物の町が東の辺境にできたんだよ。共に暮らしている」
「嘘つけ、魔物と人間が一緒に暮らしていけるわけがない。そのうち魔物が人間を食べ始めるぞ。いや、人間が魔物を食べるのか」
「今のところそんなことは起こっていない。あと食文化が進んでいるから、他の吸血鬼は人間や魔物の食事をしているぞ。栄養価も高い」
「そんなことになっているのか。では、とりあえずお前から頂いてもいいだろうか?」
吸血鬼が犬歯を見せながら笑っていた。
「冗談はその辺でやめておいた方がいいわ。この人間とサテュロスはレベル50を超える化け物だから。それにあなたたち自分が囚われていることも気が付いていないでしょ?」
アラクネさんが不敵に笑った。俺たちは足元の小さな水溜りにベトベト罠を仕掛けていた。
「囚われているって、どう……、な!? なんだこれは!?」
「時間が立てば乾いて剥がせるようになるさ。それよりネックレスをこの先にいる者に返したいんだけど、何があるんだ?」
「外せ!」
吸血鬼たちにはブーツを脱いで転んでいる者までいる。
「ダメだ。質問には答えた方がいいよ。私も伊達に年を取っていないから、吸血鬼の溶かし方は2、3知っているんだ」
元冒険者の婆さんは指先から魔法で炎を出しながら脅した。
「この先は墓地だ! 行きたければ行くがいい! 囚われの霊魂が嘆いている!」
「ありがとう。助かった」
門下生の魔法使いが水の魔法でベトベト罠を洗い流していた。
「コケにしやがって! お前たち、ゆるさ……」
バチンッ!
別の門下生が吸血鬼の群れに雷の魔法を放ったらしい。吸血鬼たちがアフロヘアになり口と鼻からプスプスと煙を上げている。
「あんた、そりゃやり過ぎだ。まぁ、吸血鬼ならこれくらいで死にはしないだろうが、この一瞬の記憶はなくなったかもしれないね。魔力はそう簡単に回復しないだろう。この先のために必要な分だけ使うんだよ」
魔法使いの婆さんが魔力の使い方を門下生に教えていた。吸血鬼たちにはかわいそうだが、いい練習台になったようだ。
『もの探し』の光を辿り、墓地へ向かうと長い剣を引きずる悪霊が歩き回っていた。白くて半透明だが、足取りはしっかりしている。墓地から、他の霊たちの嘆く声が聞こえてきた。
「ああ、悪霊ってすぐにわかるもんなんだね」
「幽霊は初めてだったのかい?」
「ええ。前の世界では見えないってことになってましたから」
「そうなのか。まぁ、魔力の集合体ではあるから物理的な攻撃はほぼ効かないはずだよ。これを武器にかけておきな」
魔法使いの婆さんが回復薬を俺とロサリオに渡してきた。ナイフと槍の穂先に振りかけた。
大振りで剣を振る悪霊の攻撃が当たることはないが、こちらの攻撃も当たらない。煙を切っているようだ。
「本体が別にあるね。あらら、嘆きの亡霊たちまで出てきちゃったよ」
「コタロー、『もの探し』の光はどこに向かってる?」
「一番大きな霊廟だね」
「ほら、聞いただろ? 霊廟までの道を開けてあげるんだ。速攻魔法の出番だよ!」
魔法使いの婆さんが門下生たちに檄を飛ばす。
「精度を上げて!」
嘆く亡霊たちを門下生たちが一掃してくれた。アラクネさんは悪霊を引き寄せてくれている。人数がいると楽だ。
俺たちは霊廟の扉をこじ開けて地下へ続く穴に入った。
肉と血が腐ったような匂いがするが、中には純白の花嫁衣裳を着た女がいた。身体が透けているので彼女も霊なのだろう。
俺はのん気に異世界でも花嫁は白い服を着るのかなどと思っていたら、花嫁の霊がこちらを指さしてきた。
「その首輪をどこで手に入れた?」
花嫁は金切り声のような声だった。人間の表情筋で動かせるような顔ではなく、目が見開き、口が裂けそうなほど大きく開けているのに皺がない。お面のようだ。
「これを返しに来たんです。あなたのでしょう」
「そう。私のだけど、どこで手に入れた?」
「奈落の遺跡で……」
俺がそう言うと、花嫁の霊の服が風に煽られたように大きく膨らんだ。
「奈落だと……」
膨らんだ服から大きな腕と足が伸びてきて、霊廟の天井まで頭が付きそうになっている。
「巨人か……」
大きくなった花嫁の霊は壁にかけられた大きな飾りの剣をバキバキと音を立てて引きはがした。
「私は誰の嫁にもならない!」
花嫁はそう言いながら剣を振り回す。
「いや、なれないだろ」
俺もロサリオと同じ意見だ。
ロサリオの槍が花嫁の腹を貫き、俺のナイフが花嫁の首を切っても、やはり煙のように手ごたえはない。本体はどこにあるんだ?
ブンッ!
剣だけは実体があるので、なんかズルい。
「どうするんだ? 回復薬が意味ないぞ」
「ロサリオ、鎮魂歌とかないのか」
「太鼓しか持ってきてないんじゃ……、あ、笛があったわ」
「とりあえず、動き止めてくれ。ネックレスを返すから」
「了解」
花嫁の霊の剣を躱しながら、ロサリオが鎮魂歌を奏で始めた。特に攻撃が止まる気配はないが、花嫁の霊の透明度が増した。動きを目で追い難くなったので、躱すのが余計に大変だった。
ただ、目が見えないくらいだったら、『魔力探知』で見ればいいと視点を切り替えると魔力が噴き上がっている台座があった。
花嫁が剣を引きはがした壁の下。花嫁の遺体はそこに安置されているらしい。
俺は台座を背にして花嫁の攻撃を誘ってみる。
バキバキッ!
剣が台座を割り、中から花嫁姿の死体が露わになる。
「見たなぁあっ!」
いや、自分で割っておいて、そりゃないぜ。悪霊とは理不尽なものだ。
ロサリオが剣を槍で受けて、かちあげている間に、俺は台座の中の死体にネックレスをかけてやった。
「いいか! 結構、強いんだ! この巨人の花嫁!」
「花嫁ではない!」
激高して剣を振り上げた花嫁の足に鎖が巻き付いていた。
「なんっ……だ!?」
ギュルンッ!
鎖が蛇のように花嫁の身体に巻き付いていく。
「かっ」
振り返れば、ネックレスが花嫁の首を絞めていた。
ガランッ!
剣が花嫁の手から離れ、床に落ちる。同時に剣が割れてしまった。
霊廟の外から「おおっ」と声が上がっているが、俺たちは鎖に巻き付かれた花嫁の霊から目が離せない。
必死で鎖を引きちぎろうともがいている花嫁だったが、地中から何か大きな魔力が近づいてくる。
「許さんぞ! 貴様ら、許さん! 奈落の底で待ちわびているからな!」
俺とロサリオは、花嫁の言葉にニヤついてしまう。
「楽しみにしてる」
俺の言葉を聞いて、一瞬花嫁が込めていた力が緩んだ。
ジャラジャラジャラ……。
鎖と一緒に花嫁は地中に引きずり込まれて行ってしまい、そのまま大きな魔力と一緒に消えた。台座の中の花嫁の死体は、急激に風化し灰に変わっている。
中には金色に輝くネックレスだけが残っていた。
「亡霊が消えた! 何かあったか?」
「悪霊も割れてしまったよ」
魔法使いの婆さんとアラクネさんが霊廟に入ってきた。
「終わったよ」
「奈落の底に誘われた。こりゃ行くしかないかな」
「のんびり行くか。これ、たぶん浄化したと思う」
俺はネックレスを見せた。
「こりゃ、呪具だったと言われても気づかないねぇ」
魔法使いの門下生たちは外で魔力切れを起こしているという。
「じゃ、2件しかやってないけど、俺も疲れたから帰りますか」
「腹減った」
曇天だったが、雲の隙間から昼の日差しが差し込んでいる。屋敷の吸血鬼たちは眠っているらしい。