102話「闘技会が始まり、仕事も始まる」
辺境の町で闘技会が再開した。
行商人たちは冒険者ギルド前に屋台を出店。俺たちは黄金沼の珍味を酒場へ売り込みに行った。精力が付くというと、店主たちは買ってくれる。あとは効果次第だろう。
呪具屋の吸血鬼から売り物がなくなったと泣きつかれた。
「せっかく呪具店で買った品物を教会で呪いを祓って使っている。ほとんど効果がないのに戦っているんだ。どうすればいい?」
「買った闘技者は勝ってるんですか?」
「それが勝ってるから厄介でね。呪具を買えば勝てると思い込んでいるんだ。どうすればいい?」
「まぁ、そういうこともありますよ。お守りみたいなものになっているんじゃないですかね。呪いに打ち勝ったアイテムとして」
「こっちは呪具の効果を売っているようなものなのに、納得いかんなぁ」
ユアンという看板娘はずっとニヤニヤ笑っていた。
「なにかいい案でもあるのか? ユアンよ」
「いや、普通に勝利のまじないがかかった物を売ればいいじゃないんですか?」
「その通りだな。変な小細工なしに売った方がいいかもしれませんよ」
「呪具屋がお守りを売るのか? いいのか?」
「少なくとも呪具を売るよりはいいでしょう」
「そうか……。ではユアン、勝利のお守りを作りに行こうか」
「もう用意してある。師匠はとっとと売ってください」
「用意していたのか?」
「闘技会が始まるんだから当たり前じゃないですか」
看板娘の方が優秀という場合は、往々にしてある。
「いらっしゃいませー! 勝利のお守りいかがですかぁ!」
吸血鬼の店主がお守りを売り始めた。
看板娘はまだ俺たちに用があるようで、「ちょっといい?」と話しかけてきた。販売はいいのかな。
「うちの店に呪具が足りなくなったのは事実だから、仕入れないといけないんだけど、旅に出ないといけなくなる。せっかく顧客を掴んでいるのに、今町を出るのは得策じゃないと思うのよ」
「その通りだと思う。売れる時に売るのが商売だ」
「アラクネ商会は呪具と浄化呪具を持っているって聞いたけど、どうにか都合付かない?」
「俺たちは呪具の販売ではなくて、浄化された呪具のレンタルをしようとしているんだ」
「レンタル? そうか! 浄化呪具だから効果だけ残ってるってわけ? 呪いも安定しているから装備から外し放題ってことね」
「その通りだ。今はまだ商品が少ないけど、これからどんどん増やしていくつもりなんだ」
「貸出かぁ。考えてなかったなぁ」
「業務委託しようか?」
「アラクネ商会の持っている浄化呪具を私たちの店でレンタルするってこと?」
「倉庫は町から離れているから、『奈落の遺跡』用だと思ってたんだけど、もし吸血鬼の呪具屋が貸出業務をやってくれるなら、宣伝の必要もないし、お互いに利益が出るだろ?」
「確かにね。やるわ」
ユアンの決断は早かった。
「でも、商品として店に並べられるくらい浄化呪具が欲しいわね」
「わかった。浄化を急ごう」
翌日、魔法使いの婆さんが門下生の魔法使いたちを連れてやってきた。普段は後方支援を主にやっている冒険者たちだ。
「闘技会に出ると、自分が出来ないことが見えてくるからね。速攻魔法の訓練と仕事の実益も兼ねてるんだ」
「今日はできれば二件か三件はやっておきたいので良かったです。ロサリオとアラクネさんも準備はできてるか?」
「もちろんだ」
「大丈夫」
「ターウとツボッカもそのうちやるからね」
「え~? わかりました」
「倉庫業ってもっと楽だと思ってたんですけどね」
2人ともまずは闘技会に出ることを目標にさせている。
「じゃ、出発だ」
ロサリオが見つけてきた指輪に『もの探し』のスキルを使う。人間の国側へ光の紐が飛んでいった。それほど遠くない。
初日なので魔法使いの婆さんもついてきた。門下生は4人。それぞれ使える魔法は違うが、自分たちの実力のなさを自覚し始めているという。全員が人間の女性だ。精神力が強い方が魔法使いには向いているからだと婆さんは言っていたが、そういうものなのか。
闘技会で魔物の冒険者に敗れて門下生になったという。
「本物に会うとやはり違うものですね」
「ところで、私たちは何をするんですか?」
「呪具を持ち主に返しに行くんだ」
「それだけですか?」
「それだけだ」
「本当に?」
「ええ。浄化できるかどうかわかりませんから」
アラクネさんも魔法使いたちに教えていた。仕事を通して人間と魔物の交流をしていくといい。
町を通って街道を進み、山道に入る。
「疲れないのか?」
門下生の一人が聞いてきた。
「いや、目的地はまだまだ先だよ。魔法云々の前に体力は付けた方がいいぞ。魔法だって何度も失敗するかもしれないが、練習すればするほど精度は上がるだろ? その練習時間が増えるから」
「体力か……。苦手だ」
夏の日差しの中、フードを被って真っ白い顔をしている。かなり汗はかいているようだ。
「水は飲むようにね。倒れるともっと時間がかかるから」
「はい、塩もね」
魔法使いの婆さんは上手くペースを俺に任せながら教えている。
『もの探し』の光を追って、山道を登り続けると一軒の家があった。背の高いハイエルフの婆さんとダークエルフと呼ばれるちょっと浅黒い婆さんが二人で暮らしていた。
「こんな山奥まで何しに来たんだい?」
「私たちは鬼婆だからと言って人間は食わないことにしているんだよ」
そう言ってエルフの婆さんたちは笑っている。
「いえ、この指輪をお返しにまいりました」
「指輪?」
「これ、どこにあったの?」
「倉庫の奥の遺跡です」
「そうかい……。うわっ呪われているね! この指輪!」
ダークエルフの婆さんは指輪を水を張ったバケツにぶん投げていた。
「たぶん昔、回復魔法の師匠が持っていたやつだ」
ハイエルフの婆さんが話し始めた。
「自分の仕事を継げって言ってたけど、今どき回復魔法だけじゃ食べていけないだろ? 教会だって充実しているんだから」
「今は何をしているんですか?」
「見ての通り、友だちと隠居して畑をやって暮らしているよ。時々錬金術や弓づくりの仕事はするけれどね」
「回復魔法の才能があったんですか?」
「よく人のマッサージをしていたから痛む場所がわかるだけさ。それを才能と呼ぶかどうかは人によるよ」
「そうか。でも、なんで師匠はあんたを後継者にしたかったんだろう? 自分の指輪を呪ってまで」
隣で聞いていたハイエルフの婆さんがバケツから指輪を拾い上げた。呪われているから指輪を嵌めようとしないが、二人で指輪を見ている。
「何か託されたんじゃないの?」
「ん~、なんだろうね」
「どういう師匠だったんですか?」
「男にずっと騙され続けてた人だね……。ああ、託されたわ。いい男って本当にいるのかどうかって聞いてた」
「いるよ。いい男はいるけど早死になんだよね」
「そう。私たちみたいに長寿じゃないし、いい男で居続けようとすると疲れるみたいだ。あんたたちも男にそんな期待しちゃいけないよ」
男の俺とロサリオは笑っていた。
たぶん指輪は浄化されただろう。
「その指輪、貰って行っていいですか?」
「師匠の形見だよ」
「ですよね」
「何に使うかにもよる」
「たぶん浄化呪具になったと思うので、辺境でレンタルしようと思って」
「レンタル?」
「辺境の町に闘技場が出来たんです。その指輪の効果で少しランキングが変わるかもしれなくて……」
「まぁ、私たちが持っていてもしょうがない。使わないよりはいいか。持っていっていいよ」
「ありがとうございます」
「武器のレンタル業をしているのかい?」
「いえ、倉庫業です。なにか保管したいものがあれば預かりますよ」
「私たちは保管されているようなものだからね。そうかい、辺境の町も意外にちゃんと町になってきているみたいだね」
婆さんたちは俺とアラクネさん、ロサリオを見て言った。
人間と魔物が一緒に暮らしていけるのか疑っていたのだろう。
「まだまだ始まったばかりさ。このアラクネ商会だけは人間と魔物の混合会社だけどね」
魔法使いの婆さんが口を出した。
「今度来てみてください。人間の国にはないものが売ってたり、お酒の試飲祭りなんかも開催していますから」
アラクネさんが元気に言っていた。
「わかった。なんか売る物か預ける物を考えておくよ」
「あんたは『もの探し』ができるんだね?」
「ええ、それくらいしか取り柄がないもんで」
エルフの婆さんたちはなぜかアラクネさんを見た。アラクネさんは首を横に振っている。
「嘘を言うなんて悪い男だね」
「嘘じゃないですよ。本当に俺にできることと言えば『もの探し』とアラクネ商会を大きくすることくらいですから」
「まぁ、いい。今度、埋蔵金を探しに行って帰ってこない男の持ち物でも持って行くから探しておくれ」
「わかりました」
エルフの婆さんたちは手を振って見送ってくれた。
「これだけか?」
魔法使いの門下生は、汗を拭きながら聞いてきた。
「そう。仕事はこれだけ。大丈夫。そのうちゴースト系の魔物に出くわすさ」
俺はそう言いながら呪具のネックレスに『もの探し』のスキルを使った。