101話「倉庫業は儲からないのか」
翌日。ロサリオと一緒に『奈落の遺跡』を探索した。
ドワーフの鍛冶屋で手ごろな値段の槍と胸当てだけ買って、各種罠の準備。店主たちは俺が連れて来た筋肉質で立派な角を持つサテュロスに驚いていたが、旅の仲間だと伝えると何かとサービスしてくれた。
「いい町だな。皆知り合いか?」
「倉庫を使ってもらったらお得意さんだ。『もの探し』のスキルで知り合ったお店が多いかな」
「スキルの使い方が上手いな。でも、そういう使い方だよな、スキルって」
ロサリオは大きく息を吸って頷いていた。なにか決心したのかもしれない。
「トゲトゲ狼の皮は見たか?」
「おう。冒険者ギルドで確認した。ムカデの構造も頭に入れている。問題なし」
「じゃ、午前中だけな。午後から荷物取りに来る商人たちがいるから」
明日から闘技場が再開する。冒険者ギルドの周りには瓦礫が撤去されて、屋台が出始めるだろう。
「わかった。全力出していいんだな。ついこの間のことなのに、ものすごい久しぶりな気がするよ」
「油断するなよ」
「もちろんだ。コタローもな」
拳を突き合せて出発。
「ちょっと暴れてきます」
ロサリオにとってはストレスの発散なのかもしれない。
「いってらっしゃい」
アラクネさんたちに見送られ、俺たち『奈落の遺跡』へ向かう。
階段を下りて真っ暗な通路を見ると、ロサリオがニヤリと笑っていた。
パンッ。
俺は手を叩いて音を出した。スズラン型の発光植物が一斉に光りだす。
「なるほど、そういう作りになっているのか。音を立てなきゃいいんだろ?」
「効果的に音を立ててくれって話だ」
「そっちか。了解」
ロサリオが飛び出した。通路の先にはムカデが這っている。
ザクッ!
わざと斬撃の音を出して、周囲を明るく照らした。
その後は風を切る音が聞こえて来ただけ。
俺が通路の先の部屋に入った時にはムカデは全滅していた。
「やっぱり身体は自分の使い方を覚えているもんだな。ほら、刃こぼれなし」
ロサリオはきれいな穂先を見せてきた。普通槍っていうのは突くものだが、ロサリオは斬って分断してしまう。遠心力で斬っているわけではなく重みを使っているというが、俺にはそんな芸当はできない。俺の場合は斬れそうな弱点を斬っているだけだ。
「これが当たり前だと、リオは確かに大変だろうな」
「兵士たちの中にも使える者はいるよ。たぶん」
「そうだといいけど……」
前に仕掛けていた罠が破壊されているので、直していく。
「実際、コタローが予想した通りではあると思うよ」
「俺、何を予想した?」
「レベルを上げても使いどころがないってさ。闘竜門みたいに古龍になっちまう」
「確かに、使えるところは山賊狩りと野生種の大発生くらいか」
「戦いたい者にとっては闘技場でもないと暇すぎるというのはあるだろうな」
広い部屋も見えた。中にトゲトゲ狼たちがこちらに気づいて匂いを辿ろうとしている。
俺は臭い玉を投げつけて、狼の鼻を鈍らせた。
俺とロサリオは大きく息を吸って止める。
そのまま広い部屋の中に入り、俺は左、ロサリオは右のトゲトゲ狼の群れを倒していく。臭いで足が止まっている魔物なら弱点を晒しているようなものだ。
体勢を低くして喉を掻っ切り、音もなく倒していった。
部屋の反対側に辿り着いたときには真ん中に大きなトゲトゲ狼しか残っていない。
「あれがボスか?」
「呪具を浄化しに行ったときに、前にいたここのボスがゾンビ化していたんだけど、一回り小さい」
「ど、どういうこと?」
「物を移転させる魔法の革袋があったんだ。ハイエルフが使っていたやつがさ。死体を送っていたってわけ」
「聞いても、さっぱりわからん」
「だろうな。とにかく遠吠えに気をつければいい」
「わかった」
寝ていた大きなトゲトゲ狼が起き上がり、周囲を見回した。その間にロサリオは跳び上がって天井に張り付いている。
ボスのトゲトゲ狼が吠えようとしたときには、ロサリオの穂先がトゲトゲ狼の身体を貫いていた。
ガコン。
「なんか開いた音がしたぞ」
「二階層への扉が開いたかな? とりあえず、魔石と皮の回収だ。アラクネさんたちも呼んで運んでもらおう」
「了解。衛兵の後片付けってありがたかったんだなぁ」
俺たちはボスのトゲトゲ狼を運び、応援を呼んだ。
「え!? 一階層のボスを倒した!?」
アラクネさんはものすごい驚いていた。
「エキドナ! 温泉に行く元冒険者たちを止めて! 臨時で雇うから!」
「わかった」
出勤前のエキドナが、倉庫で朝飯を食べている最中だった。
朝から血生臭い物は嫌がるだろうと思ったが、意外にも元冒険者たちは協力してくれた。
「運んでくれれば解体はやるよ」
「お願いします」
「道場を作るにもお金が必要でね。新しい屋内訓練場を作ることにしたんだ。時間別でそれぞれ使うことにしてね」
「それでも実戦には敵わないからなぁ。早いところ、ツアーを組んでくれよ」
「奥の遺跡でもいいからさ。自分の中に籠ってる研究者みたいな者たちだらけで、言うこと聞かないんだから」
「基本はわかってるのに、どこで使えばいいのかわかってないんだ。威力だけは筋肉や魔力で伸ばそうとするから、変なスキルばっかり取ってさ。あれじゃ、本来の戦い方ができないよ」
愚痴が始まってしまった。
「とりあえず、運んでくるので解体を頼みます」
俺とロサリオ、アラクネさんで遺跡内で死んでいる魔物を運び出し、ホールで解体作業をしてもらう。皮代と魔石代だけで、ひと月の倉庫での売り上げは軽く超えてしまう。
「これ、倉庫業だけじゃ儲からないだろう?」
ロサリオはトゲトゲ狼の死体を運びながら聞いてきた。
「そうだな。でも、倉庫業に絡む商売が儲かっていくんだよ。信用もついて来れば、もっと高価な品物や大きい荷物も保管するようになる。呪具も浄化していけば、浄化呪具の展覧会もできるようになるだろ?」
「浄化呪具は展覧会で売るのか?」
「売ってもいいけど、売らなくてもそういう魔剣があるのかって広く知られることが重要さ」
「確かに、好事家はいるもんな」
「しかも、自分たちで浄化しに行ったから、ストーリーも付いてくるだろう」
「ストーリー? どうして呪具になったとか、どうやって浄化されたのかが重要なのか?」
「そう。この世に一つしかないっていう証明になるからね」
「好事家の心理をよく理解しているな」
「だからさ。小さいリングでも古びたナイフでも呪いが罹っているとそれぞれのストーリーがあるから浄化するとそれなりの価格で売れるようになると思うんだ」
「物を売るだけじゃなくて、物の歴史も売るってことだな」
「そういうこと」
ロサリオはボスがいた部屋から砂に埋もれていた指輪やネックレスなどを見つけた。ツボッカが鑑定したらいずれも呪具で、僅かな魔力の底上げや、守備力を伸ばすような能力が付いていた。ただ、身につけると外せず、呪詛の声が聞こえてくるなどの効果はある。
「物が集まれば、人も集まるか」
ロサリオは毛皮を解体している元冒険者たちを見ながらつぶやいた。
「人が集まれば、売り時が見えてくる」
「そういうもんか?」
「こんなとげだらけの毛皮なんか革職人だって扱いに困るだろ?」
「確かにな」
「でも、誰かがそのうちアイディアを出すんだ。トゲは針治療に使って、固い革は財布やブーツにするとかな」
「分ければいいのか」
「売れ残った毛皮を安く買って、気づいた商人が分けて売り始める。初めは防具屋しか買わないかもしれないけどね。半分は保管しておくよ。ここは倉庫だからな」
「売り時かぁ……」
ロサリオは解体を手伝っていた。