100話「本業活況、朋友襲来」
アラクネさんと魔法使いの受け入れをどうするか話しながら、倉庫へ戻ると客が並んでいた。
「いや、まだ呪具を浄化する仕事は始まってないんですけど……」
そう思っていたが、客層が魔法使いではなく、普通の行商人に見える。
「いらっしゃいませ」
アラクネさんが倉庫の中に入っていくと、ターウが汗をかきながら働いていた。
「ああ、社長! お客さんが……!」
ターウが客に割符を渡しながら泣きそうな顔になっていた。
「お客さん、これ中身が腐ってるのが入ってるよ!」
ツボッカが客の商品を鑑定している。
アラクネ商会の倉庫が俄かに活気づいていた。
「いらっしゃいませ! 順番に御通ししますんで、しばしお待ちを」
俺も対応に追われる。
「樽一つ分なら3日で銅貨一枚です。中身は何ですか?」
先頭の行商人からお金を受け取り、割符を渡しておく。割符は番号を書いた木の板で二つ用意している。一枚の板を切って作っているので端を合わせると偽物かどうかもわかるようにはしていた。
「蜜柑だよ。闘技会が開かれてるって言うから来たんだけど、早々に壊れちゃったんだろう? 3日も商品を外に置いておけないからさ」
お客は闘技会目当てで商売をしに来た人たちのようだ。
「辺境なのに貸倉庫なんてよく思いつくなぁ」
「それくらいしか取り柄がないもんで」
一人対応してもまだ行商人はいる。
次の客は武器商人だった。
「負けたらだいたい武器のせいにするからな。普通は売れるもんだが、ここの闘技者たちは酒に飲んだくれているだけで、向上心ってものがないのかい? まぁ、3日後まで預かっておいてくれ」
「商品が多いとちょっと値が張りますよ」
「ああ、構わないぞ。樽2つに分けて入れておいてくれ」
身軽になった武器商人は「温泉行こう」と肩を回しながら山へ向かっていた。
「お客さん困りますよ!」
まだツボッカが怒っている。
「どうかしたか?」
「あ、社長。助けてください。腐ってる物まで預かれませんよね?」
「お客さん、なにが入ってるんですか?」
「まぁ、北部の珍味だね。何度も腐っているわけじゃなくて発酵しているんだって言ってもわかってくれなくて」
「すみません。うちの従業員が」
とりあえず客に謝ってツボッカを裏に連れていく。
「発酵食品なんだから大丈夫だろう?」
ツボッカもさすがに発酵食品くらいは知っているはずだ。
「でも周りの商品に臭いはつくし、中身が腐って液状化した海鳥で……」
「そういう珍味もあるさ」
前の世界でもキビヤックくらいはあった。
「違うんですよ。俺もそれくらいだったら奥に回せばいいかと思ってたんですけど、中で魔物化しそうなくらい魔石が溜まってるんです。このまま3日も置かれていたら、復活してきてしまうかもしれないので」
「なるほど、そりゃマズいな。じゃあ、呪具の魔剣を刺して保管させてもらおう。あれなら魔力を吸収するから魔物にはならないんじゃないか?」
「でも、臭いますよ。俺は鼻がないのでいいですけど、鑑定すると激臭って表示されるんで……」
「魔剣を刺して毛皮で包んで保管しよう」
「わかりました」
俺とツボッカは客のもとへ戻り、事情を説明。呪具の魔剣の効果も説明し、奥の部屋に毛皮を巻いて保管することを了承してもらった。初回なので銅貨1枚だが、こんな客ばっかりだと倒産してしまう。
他にも奴隷を預かってくれないかとか馬を預かってくれないかという商人たちもいたが、生き物はあずかれないと断った。命まで責任は持てない。
ただアロエのような薬草の鉢植えを抱えた商人が水をやらなくていいから預かってくれと言ってきた。少しずつ葉を切って売るので、この状態がベストなのだとか。割増料金で預かることにした。
「急に仕事がたくさん来たね」
一通り対応し終わると、いつの間にか昼過ぎになっていた。
「闘技場の工事が入ったとはいえ、こんなに倉庫を使う商人たちがいるなんて」
「チラシを配っていたりしていたから」
町での宣伝活動が役に立ったようだ。地味とも思えることが大事というのはこちらの世界でも変わらない。
「すごいひと月分くらい仕事した気になりますね」
ツボッカは商品の鑑定までしていたので相当魔力を使ったようだ。濡れタオルで拭いてやる。
「売り上げは全然ないけどな」
銅貨25枚では、従業員代も払えない。
「仕事自体は教わっていたけど、こんなに焦ると思わなかったよ」
ターウは丁寧に商品を運んでいたので、普段使わない筋肉を使ったという。倉庫業としては最も必要な筋肉だ。
「二人は本業をするのは初めてだもんな」
「コタローは副業ばかりに精を出しすぎてるからね」
「そうだね。ようやく倉庫業が始まるのか」
今までは知り合いとばかり仕事してたけど、知らない人もやってくる。黄金沼の近くには山賊も多いし、こっちに流れてくるかもしれない。
スライムたちは商品が置かれた部屋を確認しながら、掃除を繰り返している。警備が足りないだろうか。
「魔法用の人形を作るから、今日は倉庫に泊まるわ」
「倉庫の警備が心配なんでしょ」
アラクネさんには見破られている。
「その通り」
結局、その日から3日間倉庫に寝泊まりすることにした。
自分の物が盗まれても動じないが、客の物が盗まれるかもしれないと思うと、ちょっとした物音でも確認しに行ってしまう。ただ、ほとんどの時間は暇だ。暇だけどいないといけない。酒は飲めないが、何をしていてもいい。
俺は丸太を削り人形を作りながら、珍味や薬草をスライムに与えて実験を繰り返していた。アラクネさんも糸を持ち込んで撚って紐にしている。時々やってくる元冒険者の夫婦やセイキさんたち戦い方の考察をしていた。
珍客が現れたのは2日目の夕方だった。
「よう! コタロー!」
「ロサリオ!」
サテュロスの学友は元気なのにどこか寂しそうな表情でやってきた。しかも大きな荷物を担いでいる。
「どうした急に。その荷物はなんだ?」
「これは別に何でもない。山賊から取り上げた武器だ。金になるかもしれないと思って集めて来ただけさ。倉庫だから置かせてくれるか」
「もちろん、構わないよ。どうした山賊なんて倒しながら冒険者にでもなるつもりか?」
「それもいいかもな……」
ロサリオは道に迷っているらしい。商売はいい時もあれば悪い時もある。人生も同じだ。旅の仲間とはいえ、明るいロサリオが落ち込む姿はほとんど見ることはなかった。
「ちょっとコタローの仕事を手伝っていいか?」
「そりゃありがたい。レベル50以上の者じゃないと『奈落の遺跡』に入れないからな」
すでにアラクネさんも元冒険者夫婦も入っているが、あれは解体の手伝いだ。
「奥にベッドもある。今はちょっと発酵食品があるから臭うかもしれないけどな。町にも宿があるし、どこでもロサリオの寝床はあるぞ」
「わかりやすくていいな」
「中央は複雑だったか?」
「ああ。ちょっと俺には肩の荷が重かったよ」
荷物を置いて、ロサリオをアラクネさんに紹介。酒と珍味で少しだけ飲むことにした。
「黄金沼の珍味か」
「そう。黄金沼で山賊を引き渡したら、もらえなかったか?」
「報酬とは別に珍味はいるか聞かれた。荷物が大きいから貰わなかったけど、これかぁ」
ロサリオは俺たちが置いていった依頼を片付けてくれたらしい。
「美味いな。味が濃いから酒の肴にはぴったりだ」
「だろう」
「暗くて落ち着くなぁ、ここは」
「魔石のランプが少ないんだ。でも、ここで元冒険者たちと武術談義みたいなこともしているぞ」
「そうか。いいなぁ。中央じゃ学校行ったら追いかけられるし、高名輪地区に行かないって言ったら大事になるし、大変だったよ」
「実家の楽器屋は?」
「注文が10年先まで埋まった。継ぎたいって言えるほどまだ技術は足りないし。結局、自分用に作ってしまうから、他の者が扱えない楽器になるんだよ。お袋には、いい場所に住んで結婚しろって言われるけど、なぁ?」
「相手がいらっしゃらないんですか? コタローと同じで愛情を求めてるとか?」
アラクネさんはそう言いながら、酒を水で薄めてくれた。
「コタローもそうなのか?」
「俺の場合は愛情というか、レベルと持っている資産は結婚する理由にならなくて、お互い誠実に向き合えるかどうかの方が重要だろうと思ってるだけだ」
「そうなんだよな。いろんな魔物があの手この手を使ってきて疲れたよ。奴隷として買ってくださいって言う吸血鬼とか夜中寝床に忍び込もうとするゴブリンとかさ。高名輪の警備が厚いところを勧められたけど、別に商売もしてないだろう? 家賃だけで破産しちまうと思って逃げてきた」
「学校は?」
「休学届を出しておいた。教師もレベル50以上の奴らの扱いに困ってたからな」
「じゃあ、リオもか?」
「リオはもう衛兵の訓練に参加していてさ。先輩たちを強くするって言ってたな。最速で衛兵隊長になるんじゃないか。でも、ここに来る前にちょっと話したけど悩んでいたな」
「なんでだ?」
「中央の兵士は正攻法しか知らないし、横道があることをなかなか認めてくれないらしい」
俺たちは旅でほとんど横道しかやってこなかった。
「どういうことです?」
「兵士って修行がしたいんだよね。鍛錬はスキルが出来たら終わりなんだけど、修行に終わりはないからさ。リオは不利な条件を飲まされてるんじゃないかな」
「じゃあ、そのうちリオも辺境に来るかもな」
「ああ。あいつも高名輪地区の誘いは蹴っていたから」
ロサリオは笑いながら酒を飲んでいた。
「やっぱりいいな。大声で喋っても誰も来ないし、暴れたくなったら『奈落の遺跡』に行けばいいんだろ?」
「そうだ。今、遺跡で見つけた呪具を浄化呪具に変えようとしているんだ。『もの探し』で由来見つけてさ」
「面白いことやってるなぁ。レベル上げツアーはどうするんだ?」
「やりたいけど、『奈落の遺跡』探索と呪具浄化の合間に、秋冬の魔物発生を調べないといけないんだけど、その前に本業の倉庫業が忙しくなってきてるんだ。辺境に夜間だけの闘技場ができるからさ」
「コタローはおかしなことばかり考えているからやりたいことが多すぎるんだよ。少しこっちに回せ」
「わかった。頼むよ」
「ああ、よかった」
アラクネさんも安心していた。
「中央から帰ってきて、コタローはずっと動き続けてたんですよ。そのまま死ぬんじゃないかと思いましたよ」
「コタロー、いい魔物を見つけたな。健康を気遣ってくれる魔物はいい魔物だぞ」
二人とも笑っていた。俺も少しだけ肩の荷が下りた気分だった。