10話「探しつづけるヒモ男」
ラミアの仲間たちと共に、以前山賊を捕まえた山の洞窟を回る。調査だけでいいのだが、討伐できそうなくらい少数であれば、そのまま狩ってもいいとのことだ。
ラミアのパーティーメンバーには、エキドナという足が二股の蛇になっている冒険者やリザードマンと呼ばれるトカゲ人間などがいる。爬虫類系で集まってしまうのだとか。
「私たちは寒いのが苦手なんだよ。だから、どうしても体質を理解してくれる奴らとじゃないとなかなか上手くいかないんだ」
「まぁ、暑すぎてもダメなんだけどね」
「寒い日が続いたあとに温かくなる時なんかは、蛇の魔物が出てくるのがわかるよ」
「あと、種族特性なのか石化の毒を持っていると思われていることがあるけど、そんな強い毒を持っている蛇の魔物は稀だよ」
「そうそう。せいぜい出せて、ちょっと痺れさせるくらいの毒だけ。最近は、生のまま捕食することもないから、毒も弱くなってきてるのが現実よ」
「そうなんだ」
アラクネさんはそう思っていないらしく、俺の袖を引っ張った。
「毒はそうだけど、今は幻惑魔法でしょ」
「ちっ。アラクネにはバレてるのか」
ラミアたちは種族特性を知られると、仕事がやりにくくなると話し始めた。
「ほら、私たちは戦いに明け暮れていただろ? だから、いざという時の技や魔法はなるべく隠したい。それすらないと逃げることもできずに奴隷にされてしまうからね。人間は武器を隠し持ったりしないのか?」
「しますよ。武器というか防犯グッズというか……。例えば、大きな音が鳴るものや目と鼻を潰す霧のようなものを出すとか。いや、でもこっちの世界にはないのか」
「この人、異世界から来たから、まだこちらの世界に慣れてないの」
アラクネさんが俺の説明をしてくれた。
「ああ、そうか。稀人か」
「どうりで聞いたことがないアイテムを言うと思った。霧を発生させるような魔道具は難しいんだぞ」
「そうですか。まぁ、ガスなんて……」
俺はそう言いかけて、技術を人と魔物を繋げるために使うとして、それはこちらの気持ちだ。誰かに悪用される可能性はある。
「どうかしたか?」
「すみません。異界の技術を持ち込んで、誰かを殺すことになるんじゃないかと……」
ラミアたちは笑っていた。
「おかしなことを言う。稀人とはそういう者ではないのか?」
「勇者、魔王、賢者、英雄、だいたい多くの魔物を倒し、多くの人を殺してきたんだぞ。歴史は知らんか?」
「歴史上はそうだとしても、俺は人と魔物を繋げても、殲滅、虐殺は、そもそもできませんし、やる気もありません」
「冒険者に向かない男だな。名はなんという?」
「コタローです」
「不思議な男だ。よくアラクネはこんな男と組んだものだ」
「お前たちは幻惑魔法を扱っているというのに、他者の心の機微には疎いのか?」
アラクネさんは今まで見たことがないくらいに、悪い笑みを浮かべていた。
「なんだと!?」
「蛇とは、浅はかな種族よ」
「アラクネとは言え、我らを愚弄するとは聞き捨てならんぞ!」
「わからんか? コタローは人と魔物を繋げると言っている。殺し合い、潰しあうのではなく、活かし合い、助け合わせると言ってるのだ。生かして自分のいいように使おうっていうのではない。この稀人にはそういう欲がないのだ。自分を活かしてくれる者を誰が嫌う?」
アラクネさんは不敵な笑みを浮かべながら、話をつづけた。
「この町の状況をよく見て見ろ。人と魔物の町とは言っているものの、未だ住むところも食べ物もそれほど交じり合っていない。稀人は状況を打開するために来るとすれば、コタローほど適材はいないよ」
俺にはほとんど魔法は使えない。だから、前世の記憶だけが武器だ。しかも誰か魔物を倒すために前世の技術や情報を使うわけではなくて、人と魔物を繋ぐのが役割だ。
そう思うと、俺は人と魔物のマッチングサービスを作ればいいのか。
俺はアラクネさんの話を聞きながら、自分と町の状況を再確認して、ようやく自分のやっていることが腑に落ちた。
「俺は自分で自分のやっていることがよくわかっていなかったけど、ようやくわかったよ」
「なに、自分で気づいてなかったの!?」
アラクネさんは驚いたように、俺を見てきた。
「ラミアさんもありがとうございます。俺は確かに冒険者には向いてません。運ぶのは手伝いますから、魔物を倒すのはお任せします」
「あ、うん。そのつもりだ」
「変わった奴だな」
「だが、魔物と暮らしていける理由がわかる」
エキドナは、大きく頷いていた。
「そうですか?」
「ああ、恐れもなく嫌味もない。功名心もなければ、支配欲もないのだろう?」
「そうですね。そういうものは持ち合わせておりませんね。でも食欲はありますよ! 性欲もわずかに残ってます。もしかしたら、皆さんをいやらしい目で見ているかもしれません」
「では、いつか私の部屋に夜這いに来るといい。罠を張ってお待ちしているよ」
エキドナは笑っていた。
「気難しいエキドナが、今日は随分機嫌がいいな」
リザードマンは驚いていた。
雑談をしていると、いつの間にか山賊のアジト跡である洞窟まで登ってきていた。
予想通り、洞窟にはウブメと呼ばれる人の顔をした鳥の魔物がいた。人の子を攫ってしまうのだとか。
俺は音も立てずに、ひっそりと森の藪に隠れた。虫に刺されまくるが、エキドナにこれを塗っておけと、虫除けの薬を貰った。
虫除けの薬を塗ってみると、顔や足首に張り付いていた藪蚊がすべて地面に落ちて死んでいる。その後も、藪蚊は寄ってくるものの薬を塗った皮膚に停まっただけでポロっと地面に落ちた。蛇の毒だろうか。
やろうと思えば、今でも蛇の魔物たちは人を殺すのも簡単なのだろう。
ウブメの討伐に関しては、アラクネさんが洞窟から追い出して、飛び出してきたところをラミアたちが幻惑魔法で地面に落として、とどめを刺していた。
肉は食べられないし、羽には呪いが罹っているらしく、リザードマンが率先して燃やしていた。
「ちゃんと消し炭になるまで焼かないと、また魔物が出てきてしまうからな」
煙は、独特の酷い臭いだったが、俺が運ぶ手間はいらなくなった。
俺もウブメの死体を処理するのを手伝った。
「これは若いウブメだ。誰か、親の巣がわからないか?」
エキドナが聞いていた。皆、探知スキルはあるものの親鳥は範囲外らしい。
「やってみますか」
「できるのか?」
「唯一、俺が使える魔法です」
ウブメの死体に『もの探し』のスキルを使ってみた。
光る紐が空に向かって伸び、別の山へと向かう。地図で確認し、少しだけ近づいて偵察に向かう。
山を越えるだけに移動だけでも、時間がかかる。それでも、俺は猪を担いで走り回っていたお陰か、それほど苦にならず、冒険者たちも俺のペースに合わせてくれていた。
「すみません。歩くのが遅くて」
「いや、初めて入る山なら、これくらい警戒するのが当然だ。それに……」
「動物が少なすぎる。異常だ」
ラミアたちは警戒していた。
「どういうこと?」
俺はアラクネさんに聞いてみた。
「魔物が大発生しているかもしれないってことよ」
木の幹に獣の爪痕が現れ始めた頃、リザードマンが俺たちを止めた。
「こりゃ、ダメだ。この先に数えられないくらい魔物が見える」
探知スキルで見たようだ。
「退くぞ。気づかれたらひとたまりもない」
ラミアの一声で、俺たちは一斉に山を下りた。
「追手が来ます!」
「一頭だけだろう。エキドナ!」
ラミアの指示でエキドナが立ち止まっていた。
「コタロー、耳を塞いでおけ」
わけがわからなかったが、指示された通りに耳を塞ぎながら、山を下りた。
コォオオ……。
一瞬、身の毛のよだつような音が聞こえ、振り返ろうとしたが、足がもつれて転がってしまった。
アラクネさんに脇を抱えられて立ち上がる。
「ありがとう。今のは?」
「あれが蛇族の幻惑魔法。恐怖で飛ぶ鳥を落とすの」
「地を這う我らが、空で戦う必要などない」
いつの間にかエキドナが追い付いていて、長いナイフの刃を拭いていた。この短時間で仕留めたのだとしたら、すごい早業だ。
山から街道に下りて、通りかかった荷馬車に乗せてもらい。俺たちは町へと戻った。
「ウブメが大発生していると思ってくれ。地点はここだ」
冒険者ギルドにて、リザードマンが地図を見せながら説明した。
すぐに討伐隊が組まれ、町中にいた冒険者たちが集められる。意外にも屋台のおじさんや銀行の職員までいる。副業をしていた冒険者だったようだ。
「討伐部位はない。参加すれば、一律銀貨で支払う。事前に調査していたから、まだ被害は少ない。今のうちに叩くぞ!」
ギルド長の掛け声で、人も魔物も動き出した。
俺は留守番だ。
「いってらっしゃい」
「いってきます!」
装備を付けたアラクネさんを送り出して、俺は冒険者たちの食事の準備と寝床の掃除を始める。ギルドにそれくらいやらせてほしいと頼むと、手伝ってくれると助かると仕事を振ってくれたのだ。
「冒険者になる気はないのかい?」
ベッドメイキングをしていると、掃除のおばちゃんに聞かれた。
「どうやら冒険者には向いていないみたいで。荷運びだけですかね」
「そうかい。でも商会なんだろう?」
「ええ。だから、人と魔物を繋ぐ紹介業をやろうかと……」
「へぇ。それでお金になるならいいけれど」
「町に活気が生まれればいいんですけどね」
ウブメの討伐は夜になる。
日が暮れる空を見ながら、俺は部屋の埃を外に掃いた。