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知識量を買われて祓魔師候補生になった僕と、意地悪臆病令息の最初の事件   作者: 新 星緒


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8/12

3・1 見張りのバイト

 きのうのバイトをしていたレストランからほど近い細い路地。奥に入ったせいか薄汚れてひとけもない。

 夕方だから調理中の晩ごはんの匂いが漂っていて、それだけがほっとできる。それでも、下町に慣れた私ですら近寄りたくない雰囲気の場所だ。


 アルフォンスに倣いら角から頭だけを出す。

「あれ」

 彼が指差すのは四階建ての一般的なアパート。両隣とぴったりくっついているけど、そこだけすべての鎧戸が閉まっている。


「なんかイヤな感じ」っアルフォンスに小声で伝える。

「だろ?」

「出入り口は真ん中のあれだけ?」

「ああ。裏手は窓のみだ。そっちも全部中が見えなくなっている」

 頭を引っ込めて、アルフォンスを見る。

「怪しいね」

「……どう思う」

 意地悪公爵令息は不安そうだ。


「犯罪系じゃないかな。悪いヤツらのアジト的な。もしくはあまりよろしくないパーティーをしてるとか」

「なんだよそれ」

「お上品な坊ちゃんは知らないのか。お貴族様が不道徳で破廉恥なことを楽しんでいるとか、変な作用のある薬を飲んで狂乱しているとか。居酒屋の客がよく話しているよ。ま、都市伝説かもしれないけど」

「兄さんは真面目なひとだ」


 アルフォンスはそう言って唇を噛んだ。言葉とは裏腹に、兄が堕落している可能性を考えて不安になっているんだろうな。

 昨日の追手の様子はただごとじゃなかった。彼らに後ろ暗いことがあるのは間違いないもん。


 また角から頭を出して建物を見る。

「でもさ、見張る意味があるかな。これじゃなにもわからなくない?」

「兄さんのほかに貴族が出入りしていないかとかを知りたい」 

「そんなの僕はわからないよ」

「俺は多少は。成人はまだしてないけど、うちのパーティーには、学生部に入ってから参加しているから」

「だとしても気の遠くなる話だね」


 なにかいい方法はないかな。


 真面目に考えようとしても、漂ってくる料理の匂いに鼻をひくひくさせてしまう。今日はお腹いっぱいなのに、習性って怖いな。


 ――そうか! この路地にだって住人はいる。


「アルフォンス、ちょっとここで待っていて」

 角を飛び出し、建物のほうに走る。でも目当ては角地にあるおとなり。玄関の扉をノッカーを叩く。しばらくすると、中年のご婦人が扉を開けてくれた。


「すみません、アル・コランさんを呼んでください。言伝を頼まれているんです」

「ここにゃいないよ」

 だよね。ごめんなさい。

「あれえ。間違ったかな。じゃあおとなりかな」

「さあね。でもとなりはやめておきな。なぁんか変なんだよ」

「え! どんなふうに?」


 わくわくしている風に装う。


「いつの間にか住人がごっそり変わっていてね。今のヤツらは会っても挨拶しないし、夜中もたくさん出入りがあるし。悪い人間の溜まり場になっているんじゃないかって噂だよ」

「うわぁ」ご婦人に顔を近づけ、「通報しないんですか」と小さな声で尋ねる。

「ただの噂話だし」ご婦人も声をひそめる。「どうもお貴族様も来ているみたいなんだよ」

「ああ、じゃあ関わらないほうが」

「そういうこと。だから行っちゃダメだよ」

「はい。ありがとうございました!」

 ぺこりと頭を下げる。


 それから一直線にアルフォンスの元に戻った。

「お前、なにしているんだよ」

「情報収集。仮説の裏付けがとれたよ」

 ご婦人から聞いたことを彼に伝える。


「やっぱり僕たちの手に余るよ。誰か味方になってくれる大人はいないの?」

「いたらついて来てもらっている」

「そりゃそうか。となると、どうするかな」


 目標の建物を見る。

 あの中でいったいなにをしているんだろう。

 見張るだけの仕事はラクでいいけど、ちょっとだけアルフォンスが可哀想な気がするからさ。なにかひとつでも情報がほしいな。


 と、路地を青年がひとりやってきた。遠目にも高そうな服を着ている。

「アルフォンス」小声で彼を呼ぶ。「あのひと、貴族っぽくない?」

 アルフォンスも角から頭を出す。

「ゴダン伯爵家のパトリックだ。兄さんの大学仲間」


 パトリックとやらがくだんの建物の中に入って行った。


「友達同士で遊んでいるのかな」

 そう呟いてから、きのうアルフォンスを追っていたふたりを思い出す。アレは確実に貴族じゃないし、貴族家の使用人でもない。どう見ても下町の人間だった。

 パーティーかなにかの主催者がいて、きのうの追手はその手下。アルフォンスの兄たちは客として来ていると考えるほうが自然だ。

 しかも覗かれたら困るパーティー……。


「ねえ、アルフォンス。ここはズバリ、お兄さんに正面切って質問をぶつけるのが最善じゃないかな」

 彼は首を横に振った。

「逃げられて話にならない」

「でもここを突き止めたことは言ってないんでしょ? 通報か話し合いかと迫ったら、逃げないんじゃない?」

「そうか」アルフォンスは視線を下げた。「もしそれで兄さんが応じたら、本気でまずい案件ってことだ」

「……僕も立ち会う?」

 アルフォンスが僕を見た。

「ユベールが?」

「乗りかかった船だし。バイト代をはずんでくれるなら」


「それ――」

 なにかを言いかけたアルフォンスの表情が変わった。


「兄さんだ!」

 振り返ってみると、さっきとは別の青年が歩いてくるのが見えた。薄暗いからはっきりとはわからないけど、茶髪で平均よりは少し上程度の顔立ち。アルフォンスとはあまり似ていない。はっきり言って、地味だ。

 祓魔師の能力も、弟が持っていて兄はなし。

 私だったら心が屈折するかも。


 そんなことを考えていると、アルフォンスが、

「兄さん!」と叫んで走り出た。


 なんでよ!?

 まさか、こんなところで話し合う気なの!?

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