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1・4 余計なことをしないで

 町中を逃げ回わり、なんとか追手をまけた。

 どこだかわからない狭い路地裏に大の字で寝転がる。息があがって死にそう。もう一歩も動けない。お腹も空いた。


 ああ。私の給料と賄いが、幻になってしまった。


「ここはどこだ」

 なぜかずっとついてきたアルフォンスが不安そうな声を出す。だから全力で、

「知るか!」

 と答えてあげた。


 あのときなんで助けちゃったんだ、私のバカめ。

 もうあの店では雇ってくれないだろう。大事なバイト先のひとつだったのに。

 目をつむり、心の中だけで悪態をつく。


「どうやって帰るつもりだ」

「……その辺の人に聞けばいい……」

「なるほど。――お前、大丈夫か? 顔色が悪い」

「ほうっておいて」


 気持ち悪いし吐き気もする。全力で走ったからなのか空腹のせいなのか、わからない。

 なんで私がこんな目にあわなくちゃならないんだ……。




「おい。ユベール」

 体を揺すられる。

「……さっさと帰りなよ……」

 私はしばらく動けそうにない。

 いじわるな公爵令息を構う余裕はないんだから。



 ◇◇



「本当にありがとう。あなた、ユベールのお友達?」


 お祖母ちゃんの声が聞こえる。

 体が揺れている。

 温かい。

 あ、私、おぶわれているんだ。

 お祖父ちゃんかな?


「ユベールのお部屋はここなの」


 ドサリと体が投げ出される。


「大変だったでしょう? 飲み物を差し上げたいのだけど今日は使用人がみんなお休みらしいのよ。困ったわ。どうしましょう」

「……おかまいなく」



 あれ。お祖父ちゃんの声じゃない。なにかがおかしい。


 ハッとして飛び起きる。

 枕元に立つお祖母ちゃんと、膝に手をつき肩で息をしているアルフォンス。アパート三階の私の家――。


「ああ、ユベール。よかった、起きたのね。具合はどう? お友達が連れてきてくださったのよ」

 お祖母ちゃんが安心したかのように微笑む。かつては伯爵家のご令嬢だっから気品のある笑顔だ。でも着ているのは寝巻き。


「彼にお茶を差し上げたいのだけど、みんなお休みだからどうすればいいのかわからなくて」

「大丈夫、僕がやるから。お祖母ちゃんは刺繍をしていて」

「いいの?」

「うん!」

「じゃあ、そうしましょう。あの人はまだ祓魔庁なのかしら」

「きっと仕事が立て込んでいるんだよ」

「そうね。淋しいわ。――それじゃ」お祖母ちゃんは笑顔をアルフォンスに向ける。「ごゆっくり」

「……ありがとうございます」


 性格の悪い令息は、そう言った。


 お祖母ちゃんが奥の部屋に入ると、アルフォンスが無遠慮に部屋を見渡した。

 我が家のリビング。だけど隅には私の服や教科書が置いてあるし、唯一の長椅子には枕と毛布が置いてある。これが私のベッド代わりだから。


「……公爵家のお坊っちゃまのお口に合うのはないけど、ちょっと待ってて」

 お祖母ちゃんと約束した以上、まだ肩で息をしているアルフォンスに飲み物を出さないわけにはいかない。

「いらない」


 あ、そ。うちの飲み物なんて口にしたくないか。


「お前、座れよ。まだ顔色が悪い」

 ドン、と肩を突かれて椅子に尻もちをつく。

「……なんでほうっておいてくれなかったのさ」

「あそこで死なれたら、さすがに気分が悪い」


 アルフォンスは最初、私を連れて自邸に帰ろうと考えたらしい。私を担いで町中を歩いていたら、声をかけてきた男がいた。それが私のバイト仲間だったという。で、家の場所を教えてもらったそうだ。


「鍵は? 扉はしまっていたでしょ?」

「バイト仲間が家族がいるはずだと言ったから、呼び続けていたら彼女が開けてくれた。――その」

 言葉を濁したアルフォンスが目を泳がせる。


「わかった。送ってくれたことには礼を言うよ。じゃ、お茶をいらないなら帰って」

「待てよ。お前、なんでこんな生活なんだ? ブレーズ・ジェランが死んで国に返したのは爵位と屋敷だろ? 財産は――」

「公爵令息様はなんで追われていたの?」

 アルフォンスが口を閉じる。

「玄関はあっち」


 指さしてやると令息は私をひと睨みしてから、背を翻した。玄関に向かったもののお祖父ちゃんの肖像画の前で止まる。

 だけどなにかを言うことも、振り返ることもなく出ていった。


 ほっと息を吐く。


 お祖父ちゃんは男爵だった。アルフォンスの言うとおり、諸事情から亡くなったときに爵位と屋敷を返還したけど、財産はほぼそのまま相続できた。だけど――


「扉の音がしたけど、あのひとが帰ったの?」

 お祖母ちゃんが嬉しそうな顔でやってきた。

「違うよ。友達が帰ったの」

「お友達がいらしてたの? 挨拶をしなくて申し訳なかったわ」

「声をかけなくてごめん。忙しいかと思ったから」


 夫の死にショックを受けて現実世界を拒んだお祖母ちゃんにお祖父ちゃんのかつての部下がつけこみ、財産はごっそり騙し取られた。残ったのは私名義の貯金だけ。新しい屋敷は用意できず、安くて狭い借家を借りるのが精一杯だった。


 またため息がこぼれる。


 お祖母ちゃんのことも生活のことも、祓魔庁の誰にも知られたくなかったのに。

 アルフォンスに口止めしておけばよかった。


 いや、そんなことをしてもムダか。あいつ、性格悪いもん。



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