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(5)元婚約者との再会〜どうやってあいつを誑し込んだ〜

レイラは王城の廊下を歩いていた。

妃教育で毎日のように通い詰めた場所であり、今更珍しくともなんともない筈だが、こんなにも穏やかな気持ちで歩いたのは数年ぶりだった。


しっかりと手入れされた中庭には色とりどりの薔薇が植えられている。

昼下がりの陽射しが降り注ぐ晴れた空の下、いい香りを放つ。

少し前までは、こんなに美しく咲き誇る薔薇に気付きもしなかった。

もしかして自覚していなかっただけで、実はかなり追い込まれていたのかもしれないとレイラは思う。

柔からな微笑みを薔薇に向けつつ、レイラは緩く瞬いた。


「レイラ!」


急に名を呼ばれ、思考の海から引き戻される。

正面からツカツカと歩み寄ってきたのは第一王子だった。


「隣国の王太子と結婚するというのは本当なのか」


金髪と琥珀色の瞳が、レイラの赤い宝石のような瞳を睨み付ける。

レイラは内心、溜息をつく。


(この方はまた怒っているのね)


物心ついた頃からずっと、第一王子は、不機嫌になりがちな人だった。

特にレイラは、昔からよく第一王子から理不尽な癇癪をぶつけられてきた。

とはいえ、ここ数年は、冷たくされるか辛く当たられるかの二択で、更に足許一年半ほどは、蔑ろにされるというかそもそも避けられるの一択だったが。


「どうしてそんなことをお聞きになるのですか」

「どうしてだと?お前は長年、私の婚約者だった。

それなのに何故、婚約破棄した途端に、いきなり隣国の王太子と結婚するという話になるんだ」

「申し訳ございませんが、もう殿下には関係のないことでございます」

「なんだと?」


淑女の微笑みを顔面に貼り付け、丁寧だがしかし、ピシャリとレイラは拒絶する。

その態度に第一王子はカッとなり、レイラの両方の二の腕を両手で思い切り掴んだ。


「どうやってあいつを誑し込んだ。金か?体か?」


逆上する第一王子は、レイラを燃えるような目で睨み付けてくる。

苛立ちを抑えきれないのか、本気で首でも締めてきそうな雰囲気である。


「お前という奴は……!私という婚約者がいたにも関わらず、いつの間に不貞を働いたんだ!!」

「そのようなことしてはおりません。おやめください。腕が痛いです」


これまでにない、ただならぬ第一王子の様子に、流石のレイラも恐怖を感じた。

ギリギリと音が聞こえてきそうなほどに力を込められ、腕が痛い。


(怯んではいけない。屈してはいけない。しっかりしないと……!)


内心、自分を叱咤激励するが、今にも震え出しそうだ。

怖いと思った。

しかしレイラは恐怖を堪え、深く赤い色をした猫のような目で、第一王子を強く見据える。

反抗的な態度をどう受け止めたのか、第一王子は、ニヤニヤと王族らしからぬ笑みを浮かべた。


「お前、本当は私のことが好きなんだろう?もしかして、寂しくてあいつと寝たのか?」

「お戯れを」

「いつ、どこでだ。お前は、何度あいつと寝た」


苛立ちと嫉妬、いや執着と言うべきか。

狂気を感じさせる笑みを浮かべつつ、第一王子はレイラにめいっぱい顔を寄せてきた。


「やっ……やめください!」


怖い。気持ち悪い。不貞など働いていない。

けれど、今の彼には伝わらない。1ミリも。


「気が強く、真面目で、可愛げのないお前が!一体どんような手を使ったんだ!?

私にもしてみろよ。なあ、素直になれよ」


「いやっ!」

ニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべ、第一王子はレイラに迫る。

レイラは必死に身をよじって逃げ出そうとするが、体が固定されていて動けない。

一般的な女性が少々頑張ったところで、体格の良い成人男性に全力で腕を掴まれている状況では、顔をそらして身を固くするだけが精一杯だった。


(だから二度と会いたくなかったのよ。昔からそう。悪いのは、いつも私)


第一王子が何かしらのことが単に苦手だとか下手くそなだけで、上手くできたレイラが彼の気分を害したことになる。

ならばとレイラが手を抜けば、謎の勘の良さでそれに気付いて怒る。

レイラが距離を取れば謎の執着心を見せる。

以前から若干気になりつつも目を瞑ってきたけれど、第一王子はそういう、よく分からないプライドなりこだわりなりがある人だった。


(やっとこの人から自由になれたと思ったのに。やはり運命はそう簡単に変えられないのかしら……)


全力で抵抗しても勝てる気がしない。

レイラは諦めて力なく笑い、全身の力を抜こうとしたその時。


「レイラ嬢!!」


背後から、慌てたような声が聞えた。

第一王子に強く掴まれているせいで、レイラは振り向けない。

しかし、足早に近づいてくる足音が大きくなるにつれ、第一王子の手の力が緩むのが分かった。


「レイラ嬢、大丈夫か」


声と共に、背中に温もりが。

そのあたたかさと安心感にほっとして、レイラは脚の力が抜けてよろめいた。

ガブリエルは、流れるようにレイラを抱き寄せることで、危なげなくその身体を受け止めた。


「私の婚約者に気安く触れるな」


冷ややかな、しかし激しい怒りに満ちた目で、ガブリエルは第一王子を睨む。

低く、そして強く牽制するような声が頭上から降ってきて、レイラは目頭が熱くなった。

ガブリエルの力強い腕の中、急にレイラの身体がガクガクと震え始める。

レイラは、目の前にあるガブリエルの胸元に頬を寄せ、気持ちを落ち着かせようと静かに呼吸を整える。


「婚約者?まだ私のものだろう」

「違う。私のものだ。正確には、つい先程、正式に両国で受理された」

「!?」

「そもそも、今日はそのためにここにいる」


ガブリエルは、はっきりと第一王子に伝える。

口調や声のトーンこそ落ち着いているが、ガブリエルの声色や表情は怒りを隠しきれず、凍てついた氷のような冷たさと鋭さを露わにしていた。


第一王子は驚き、一瞬、表情を失った。

婚約破棄宣言をしたのは、つい一昨日のことだ。

あの夜から、まだ丸2日も経っていない。


「な、何を言っているんだ。レイラは妃教育だろう?」

「彼女は妃教育を既に終えている。それに、もう二度とここへは来ない」

「なっ……!」


へらりと笑った第一王子に対し、ガブリエルは不愉快さを隠しもせず淡々と否定する。

レイラの妃教育が既に終わったという事実を知らない程度には、レイラに関心がなかったまたは疎遠だったのだろうと想像できた。


「今後、二度と彼女の名を親しげに呼ぶな。繰り返すが、彼女は私の婚約者だ」


ガブリエルは、よく通る声できっぱりと言い放った。

第一王子は、それ以上何も言い返してこなかった。

ガブリエルは、腕の中のレイラの様子を窺う。


「一人にしてすまなかった。歩けるか?」

「はい」


最初よりは震えが落ち着いたレイラに、優しく問うガブリエル。

レイラはかろうじて返事をするが、うっかり言葉尻が震えてしまう。

水分を増した目を誤魔化すために瞬きを増やすが、今にも涙が溢れてしまいそうだ。

俯いたままのレイラの体が小刻みに震えたままであることに気付き、ガブリエルは心を痛め、眉根を寄せる。


「すまない。私がついていながら、貴方に怖い思いをさせてしまった。

帰ろう、レイラ嬢。もうここに用はない」


そう言い放つと、ガブリエルはレイラをひょいと抱き上げ、第一王子に背を向けた。


「きゃっ」

「大丈夫。落とさないから」

「や、重いですから……っ」


いわゆる、お姫様抱っこである。

レイラの涙は一気に引っ込み、恐怖は羞恥に塗り替えられた。


「貴方一人くらい平気だ。暴れないで」

「うぅ」


焦ってお姫様抱っこから抜け出そうとするレイラを、ガブリエルはやんわりと嗜める。

その間も足は止めず、第一王子を置き去りにして廊下を突き進む。

レイラが最後に見た第一王子の顔は、苛立っているというよりは呆然としたものだった。


第一王子の姿が見えなくなっても、ガブリエルはレイラを降ろさなかった。

よって、レイラはお姫様抱っこのまま、馬車の停めてある場所まで運ばれる。


銀色の髪に紫色の目をした美青年が、漆黒の長い髪をもつ清楚な公爵令嬢をお姫様抱っこして、王城を闊歩する。


その光景は、多くの使用人達に目撃されることとなる。

つい最近まで、毎日のように王城で妃教育を受けていたレイラは、その人柄や優しさで使用人達に好かれていたこともあり、相当面が割れていたこともあり、城の出口につくまで、驚きや羨望に満ちた多くの視線が全身に突き刺さることとなる。

恥ずかしさに耐えられなくなったレイラは、途中からガブリエルの胸元に顔を隠し、大人しくガブリエルに身を委ねていた。


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