(4)二人の出会い〜イケメンとは恐ろしい〜
「ここまで潔いと、いっそ清々しいですね。殿下は、どうやらとても自信がおありのようだ」
面白そうに、しかし探るようにザイールが問えば、ガブリエルはゆったりとした笑みを浮かべた。
「ありますよ。少なくとも、貴国の第一王子より優れている自信は」
「なるほど」
「しかし、レイラ嬢に好かれている自信は、正直あまり。彼女のお眼鏡に叶うとよいのですが」
「ほう?」
「私は彼女を妻に望みますが、昨日の今日ですし、最終的にどうするかはレイラ嬢の意思で決めていただきたい。無理強いはしたくありませんので」
「これは寛大なお言葉。ではありがたく、額面通りに頂戴いたします」
まるで狐と狸の化かし合い状態である。
ザイールは多分、昨日のことを怒っている。
それが婚約破棄への不義理についてなのか、求婚への警戒心からなのかは分からなかったけれど、まるで政敵と舌戦を交わすような空気を纏っている。
(お父様、趣味は家族と仕事です、みたいなタイプだものね)
ザイールは、表情こそ笑っているが、強い視線でガブリエルを見つめたまま目を逸らさない。
クロエは、落ち着いた様子で静かに事の成り行きを見守っていた。
王族相手に一切怯まないその姿は流石公爵!お父様素敵!と言いたくなるところだが、そういう空気ではない。レイラは内心溜息をつく。
「――いい目をしている」
「?」
ガブリエルの言葉の意図が分からなかったのか、ザイールは一瞬、怪訝そうな表情になった。
どこか満足そうな笑みを浮かべ、ガブリエルは続けた。
「レイラ嬢も昨日、閣下と同じ目をしていました。
無論、目の色のことではありませんよ。強く、揺るぎなく、きちんと真実を見ようとする目という意味です。
その上、頭の回転が早く、弁も立つ。見目も麗しい。
私は、レイラ嬢のみならず、あなた方家族が気に入りました。とても」
「それは大層な褒め言葉ですな」
「本心ですよ、お父上殿」
「勿体無いお言葉。感謝申し上げます」
鉄壁の微笑みを顔面に貼り付けたガブリエルの本心は読めない。
食えない若造だと内心舌打ちし、ザイールは一つ溜息をついてレイラを見た。
レイラは無言で頷き、父と母を見て、その後、ガブリエルを見て、口を開いた。
運命は、きっとこれで変わるはず。そう信じて。
「私は、王太子殿下との婚約を受け入れ、隣国へ嫁ぎたいと考えています」
レイラは、昨夜王太子と交わした言葉や、本日この部屋に来るまでに考えたことをまとめて簡潔に述べた。
これまでの言動をふり返ってみても、第一王子とは結婚したいと思えないこと。
顔も見たくないから修道院に入りたいけれど、難しいと思っていること。
何も手を打たずにいれば、王家から逃れることができない気がしていること。
「なるほど。レイラの気持ちはわかった。
時に殿下。なぜ我が娘をお選びになられたのでしょうか。
地位、権力、実力共におありのようですから、国内外を問わず引く手数多でしょう。それに、その美貌があれば、素晴らしい美姫も望めるでしょうに」
ザイールは、純粋に疑問に思ってガブリエルに聞いた。
ガブリエルは、チラリと後ろに立っているレオナルドに目配せした。
レオナルドは、無表情かつ無言で頷いた。
ガブリエルは、ザイールに答えた。
「私は2年前、何度かレイラ嬢と言葉を交わしています」
2年前といえば、レイラは15歳である。
頑張って考えるが全く記憶になく、難しい顔をするレイラに向かって、ガブリエルは緩やかに微笑んだ。
「レイラ嬢は、貴国が主催した高位貴族の子息達の交流会を覚えているだろうか。
私は、ここにいるレオナルドの親族としてあの会に参加していた。
あの日の男女の比率は大体半々だった。
しかし、政治や福祉について、腰掛けや付け焼き刃ではなく本気で議論に参加できている女性は一人だけだった。
私は気になって、帰国してすぐに調べた。
そしてあの女性が貴方だったと知った」
「確かにあの場はお互いの身分や名は非開示でしたから、主催した王族の方しか参加者の情報は知り得ないでしょう。
ですが私には、殿下らしき人とお話した記憶はなく……申し訳ございません」
全く思い出せない困り顔のレイラに、美形のレオナルドが助け船を出す。
その美しい顔は相変わらずの無表情のままだが、声は柔らかかった。
「殿下はその日、御髪の色を私と似たような金色に変えておられました。銀髪は目立つから、と」
「御髪を……」
「無論、私の親族などというのは真っ赤な嘘で、身分を隠すための単なる設定です。
当時18歳の殿下が、従兄弟のレオナルド、つまり私の婚約者を探しているのだが、貴方にはもう決まった人がいるのか、と15歳のレイラ嬢に聞いたと記憶しています」
「!!思い出しました。私、確か、『レオナルド様は大変見目麗しく素敵な方なのに何故ですか?』と聞き返しましたね」
「ええ。殿下の答えは、『彼は女性に興味がないからです』でした」
「そう、そうでした。ですから私、『ならばお美しい男性をお探しせねばなりませんね』と」
「ええ。流石に少し凹みましたよ。身元が非開示のあの場には不適切な質問に違いありませんでしたが、私にそのような趣味があるように見えるのか、と」
「半分冗談でしたのに。ですが、隣国の侯爵閣下とは知らず、その節は大変失礼致しました」
少々気まずげに微笑んで失礼を侘びるレイラに、レオナルドは無表情で頷いて生真面目に付け加えた。
「謝罪を受け入れます。それから、今のところ私には男色の傾向はありません」
「そうなのですね。気の合うご令嬢と良き御縁に恵まれますよう、お祈り申し上げます」
「ありがとうございます」
レオナルドは能面のような、しかし美しい顔で、一定のトーンで淡々と話す。
レイラは朗らかに、しかしテンポよくその台詞に反応する。
その様子が想像以上に自然で、その心地良さに満足げな表情を浮かべたガブリエルは言う。
「あの時、思わず呆けた我々に、『もしかして屈強そうな男性の方がお好みでしたか?』と付け足してきたのもパンチが効いていたしな。
貴方は茶化されたとでも思ったのだろうが、我々は見事な返り討ちにあった。
私は余計に、貴方に興味が湧いたよ。
しかし、蓋を開けてみれば、貴方はこの国の第一王子の婚約者だった。
諦めるしかないと思った。
だが、どうしても貴方以上にほしいと思える女性を見つけられなくて、あれからずっと諦めきれないでいた。
しかし昨日、奇跡は起こった。
この国に来る度、遠くから貴方を見ていただけの私が、昨日、初めてその手を取れた。
弱っている所に付け込む形になるのは百も承知だが、今こそ王太子の権力を最大限に活かすべき時だと思った。
そして今、私はこの場にいる」
「よく、わかりました。
公爵家としては、長らく婚約していた第一王子に婚約破棄された今、特に王太子殿下の婚約をお断りする理由はありません。
ですが、私はもう二度と、娘にあのように不憫な思いはさせたくないのですが、その点は流石にご配慮いただけますよね?」
「当然です。あのように非礼な振る舞いはありえない」
「それを伺って安心しました。レイラ、王太子殿下のお言葉に甘えて、お前が決めなさい。好きにしていいが、無理はしないでほしい」
ガブリエルの話を聞き終えたザイールは、諦め半分、感心半分の顔になった。
そして、相応の待遇の確保をガブリエルに念押しした上で、レイラに判断をゆだねた。
ガブリエルの解説を聞いたレイラは驚いていた。
実は2年前に出会っていて、そこから目をつけられていたことも勿論だが、その後も諦められなかったという言葉には、ちょっとした感動すら覚えた。
(物凄く熱烈な愛の言葉に聞こえるわね。イケメンとは恐ろしいものだわ)
うっかり勘違いしそうだとレイラは思い、しかし、冷静に踏み留まる。
そもそも昨日の会話――婚約破棄直後の求婚の際に交わされた内容――は、お互いの利害が一致していることの確認。つまり、取引または契約に近い内容だったはずだ。
好きとか愛してるとか、そういう類のことを囁かれたわけではない。
とはいえ、少なくとも2年間は気にしてもらえていたという事実は、レイラの荒んだ心にしみた。
昨日も同じような瞬間があった気がする。
どうやらガブリエルは、レイラのほしい言葉をくれる人らしい。
「王太子殿下。不束者ですが、末永くよろしくお願い致します」
淑女の微笑みで端的に答えつつ、レイラは、自分の気分が浮上しているのを感じた。