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(6)幸せな現実〜一秒でも早く会いたくて〜

このお話で完結です。ありがとうございました。

王家の馬車で半日程移動した結果、レイラと一行は予定通り王都の隣街に着いた。

高位貴族向けの宿で馬車をおり、そのまま宿のレストランに案内された。

軽めの夕食を食べた後、宿で湯浴みをして、レイラは部屋にいた。


「長旅お疲れ様でございます。

こちら、お休み前のハーブティでございます。明日の朝はゆっくりお過ごしください」


宿で待ち受けていた侍女が、ニコニコとお茶を差し出す。

彼女は王城から派遣されてきたらしい。


「出発が遅めということかしら?」

「はい。昨日のように早朝から移動はせず、早めの昼食をとってから出発します。明日は色々とお支度も必要なので」

「お支度……」

「王城に到着してすぐ、国王陛下夫妻への謁見が予定されておりますので」

「なるほど、そういうことね」


そういえば夕食のあと、明日王城へ着くのは夕方近くになるとレオナルドが言っていた。


「ありがとう、もう大丈夫よ。貴方達もゆっくり休んで明日に備えて頂戴」

「かしこまりました。もし御用があればお呼びください。ドアの外には護衛の方がいらっしゃいますし、私どもは隣のお部屋におりますので」


お茶を煎れてくれた侍女と共に、ドア付近に控えていたもう1名の侍女が退室していく。

レイラは大きく深呼吸して、伸びをした。


(いよいよ明日ね。早く寝よう)


今日は色々思うところや緊張もあり、馬車では一睡もしなかった。

その結果、すでに眠気がレイラを襲い始めていた。


大きくて立派な、大人が3人か4人ほど寝られそうなサイズ感の天蓋付きのベッドに、レイラはぽふんと横になった。

真っ白のシーツの下、ベッドのスプリングが柔らかく身体を受け止めてくれる。

ふかふかの掛け布がさらなる眠気を誘い、レイラはそのまま眠りに落ちた。



*****



不意に意識が浮上して、レイラは薄っすらと目を開ける。

どうやらまだ夜は明けていないようだ。

月が部屋を照らしているらしく、部屋の中がぼんやりと明るい。

まだ眠い。もう一度寝ようと、レイラは寝返りを打つ。


「――!?」


次の瞬間、レイラは思わず悲鳴を上げそうになり、既のところで踏み止まった。

寝返りを打ち、反対側を向いたそこには人がいたからだ。


「が、ガブリエルさま……?」


レイラの声は、動揺に震えていた。

瞳の色は閉じられていて分からないけれど、月明かりに煌めく銀の髪と、恋い焦がれた目鼻立ちを忘れるはずがなかった。

ガブリエルはレイラの隣で――といっても、人ひとり分の距離を開けて、レイラの方を向いて眠っていた。


(うそ……夢……?)


ついにリアルな夢まで見るようになったのか。

恋煩いとは恐ろしい。

恐ろしいがしかし、嬉しいと思ってしまった。

夢でも幻でもいい。ずっと、会いたかったから。


(ガブリエル様……会いたかった……)


声には出さず、心の中だけでレイラは言葉を零す。

もしガブリエルかレイラの目が覚めてしまったら、きっと消えてしまうのだろう。

レイラは、無言で涙で瞳を揺らめかせ、眠るガブリエルにすり寄った。


例え夢であっても、ガブリエルに触れる勇気はない。

だからレイラはじっと、閉じられた瞼に生えている長い睫毛や、スッとした鼻筋や、薄く開かれた唇を見ていた。


ドキドキと鳴る心臓の音も、震えそうになる呼吸も、早く落ち着いて静かにさせなければと思うのになかなか上手く行かない。

もし夢から覚めたらこの幸せな時間が終わってしまう。

そう思って、レイラは息を潜めた。


(ガブリエル様と添い寝だなんて。

やばい、無理、どうしよう。

いやもうしてるんだけどね!?夢なんだけどね!?明日には本物に会えるんだけどね……っ!)


一人で悶絶しながら、声にならない悲鳴を上げる。

ガブリエルに会えて、レイラは幸せだった。

ふくふくとした、体の奥が満たされたような気持ちになり、レイラはなんとも言えない、甘酸っぱいような微笑みを浮かべた。

そしてそのまま、うっとりと睡魔に身を任せた。



*****



まず感じたのは、髪を撫でられるような感触。

次に、頰に温かな何がが優しく触れた気がした。


レイラは、ああまだ夢の続きを見ているのかもしれないなとぼんやり思って、暖かくて少し固い何かに頬を擦り寄せた。

その瞬間、ビクリと、暖かなそれが震えた。

レイラは、違和感を感じてゆるゆると目を開けた。

しかし、次の瞬きを待たずして、カッと目を見開いた。


「おはよう、レイラ」


甘やかな低い声が鼓膜を濡らすような感覚に、レイラは息を詰めた。

目の前には、大輪の花が綻ぶかのような笑顔をみせる美形の男性が。


「ガブリエル様!?」

「うん。久しぶり」


レイラは、大きなベッドのそこそこ真ん中で眠っていたようだ。

そして、暖かいと思ってすり寄ったそれは、ガブリエルの手だったらしい。


レイラは思わず赤面して、ガバっと起き上がる。

起き上がってすぐ、己が寝巻きだと言うことに思い至り、あわあわと掛け布を引っ張って、ベッドの上に座り込んだまま白い布に包まった。


因みに、レイラは普通の寝巻を着ている。

スケスケでもひらひらでも丈が短いわけでもなく、多少、ボタンやフリルがあしらわれてはいるが、ストンとしたワンピース型のネグリジェである。


「ふふ。もう寝顔も部屋着も堪能させてもらったから、隠さなくても平気だよ」

「い、一応嫁入り前です!眠っている淑女の部屋に入るなんて……!」

「うん、知ってる。急に来てごめんね」


動揺したレイラの言い分は正論で、ガブリエルは苦笑して素直に詫びる。

首から下を見ると、ガブリエルが着ているものは部屋着だ。

完全にもう、今朝ここに来たという格好ではない。


(待って待って!昨夜のあれは夢じゃなかったということ!?)


レイラは更に頬を染め、どうしよう、どうしようと一人でぐるぐるしながらも、上目遣いでガブリエルの様子を窺った。

ガブリエルは同じベッドの上で、レイラの横に長座で座っており、大きめのクッションや枕を背もたれにして、レイラを優しく見下ろしていた。


「ん?どうしたの?」


ガブリエルが微笑んで、レイラの頭をよしよしと撫でる。

その大きな手はどこまでも優しい。


窓から差し込む冬の朝日を浴びて、ガブリエルの銀の髪が神秘的に煌めく。

もしガブリエルの背中に羽が生えたら、そのまま空へ帰ってしまいそうな美しさだなとレイラは思った。


「どうしてここに……?」


白い掛け布から首から上だけ出した状態で、レイラは少々戸惑いながら問うた。

すると、ガブリエルの紫水晶のような瞳が優しく細められ、レイラだけを真っ直ぐに映す。


「一秒でも早く会いたくて、迎えに来てしまった。本当は、城で待っていることになっていたんだけどね」


困ったように微笑むガブリエルは、3ヶ月前に別れたときと同じような表情をしていた。

優しげで、どこか泣きそうな、切なさが隠せない顔。


「あの、お仕事は……」

「大丈夫。昨日の内に急ぐものは終わらせて城を出てきたから」

「そうですか」


それきり、レイラは黙った。

何を話せばいいか、どんな顔をして会えばいいか。

いざ再会してみても答えは出なくて困ってしまう。


すぐそこに、手を伸ばせば触れられる距離にいるガブリエルに心が乱れる。

何だか恥ずかしくて、ガブリエルの顔を正面から見られなくて、ついにレイラは俯いた。

その様子を見ていたガブリエルは、少し驚いた顔をして、そのすぐ後にクスリと笑みを零した。


「おかえり、レイラ」


ガブリエルは、白い布の隙間から流れ出ているレイラの漆黒のストレートヘアを一房手に取り、ちゅ、と口付けた。

滑らかに、ごく自然になされた行為だったが、ガブリエルの仕草は妙に色気があって、甘やかだった。


口付けされたのは髪なのに、レイラの背筋は震える。

それは、鳥肌が立つほどに、何かが体の芯を突き抜けるような感覚。

目頭が、熱くなった。


「ただいま戻りました。ガブリエル様、会いたかったです」


飾り気のない、あるがままのレイラの気持ち。

そのシンプルな言葉は、それだけで十分に心を震わせる威力を持ち合わせていた。


「うん。私も会いたかった」


ガブリエルは破顔して、泣き笑いのような顔になった。

噛みしめるように紡がれた短い言葉はレイラの胸にちゃんと刺さったようで、レイラの瞳からは瞬きのタイミングで涙が溢れ、寝起きですっぴんの頬を滑り落ちていった。


独占欲、執着、溺愛。

ガブリエルはこんなにもたった一人の女性が欲しくなったことなどなくて、この気持ちをどう表現すればいいのか分からない。


求婚した頃よりも随分と感情に素直になったレイラは、ガブリエルにつられて泣き笑いみたいな顔をしている。

それがとても可愛く見えて、大切に守ってあげたくなる気持ちと、困らせて泣かせてみたいような気持ちが綯い交ぜになる。


(二度と離さない)


ガブリエルは堪らなくなり、白い布ごとレイラを強く抱きしめた。

突然の出来事に身を固くしたレイラだったが、数秒後には全身の力を抜いた。

そして、ガブリエルに凭れ掛かり、ほう、と息をついた。


「ガブリエル様。迎えに来てくださってありがとうございます」


会えて嬉しいという想いが、後から後から湧き上がってきて、レイラは、自分の心がふわふわしてくるのを感じた。

離れていた時間を埋めたくて、甘えるように体を寄せ、気持ちよさそうにしているレイラに、ガブリエルは大きく深呼吸した。


「布に包まっているのは流石だ」

「こんな格好でごめんなさい。久々にお会いするのに、寝起きでボサボサで……」


恥じらうように反省するレイラは、真面目かつ純粋だ。

その汚れなき乙女状態のレイラが無防備かつ無垢過ぎて、存在そのものが最早目に毒のように思えて、ガブリエルは天を仰ぎ、また深呼吸をした。


「いや、そうではなく」

「?」


預けていた身を少しガブリエルから離し、不思議そうに首を傾げるレイラは、すっぴんの効果か若干幼く見える。

ガブリエルは、くっ、と歯を食いしばり、自分を落ち着けるかのようにまたしても深呼吸をして、唸るように呟いた。


「レイラ。その布は取らないでほしい」

「はい。お見苦しい姿で申し訳ありません」


恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにはにかむレイラは可愛い。控えめに言って物凄く可愛い。

ガブリエル的には、数ヶ月会えなかった愛しい婚約者が目の前にいて、防御力ゼロの寝間着を着ていて、抱きしめても無抵抗で、何ならご機嫌で身を委ねてくれていて、その上部屋に二人きりという、なんとも美味しい状況なのである。


据え膳食わぬは男の恥。

しかし、食ってしまったら王家のしきたり――初夜に純潔を貰う、という慣例に反する。

ちょっと味見をしたら、もう止まれない自信があるからまずい。


「二人きりの部屋で、恋い焦がれた女性が、泣きながら身を寄せてきているこの状況は危険だ」

「?」


目線をそらし、独り言のように呟いたガブリエルの言葉に、レイラは不思議そうな顔をする。


「結婚式の夜まで待てなくなりそうだ、と言えば分かるか?」


若干頬を赤くしたガブリエルから放たれた台詞に、レイラは一瞬フリーズする。

情欲を感じさせる熱い視線と、色気が滴るような切ない表情をしたレオナルドに、レイラはドキリとして息を呑んだ。


「は、はい!この布は取りませんのでご安心ください」


かなり直接的な表現に、レイラは首筋まで真っ赤になる。

そして、身体を覆った白い布を改めて強く握りしめ直した。

その赤い、猫のような目に羞恥と焦燥の色を浮かべ、身を固くするレイラが、この上なく愛おしいとガブリエルは思う。


「貴方が欲しい。丸ごと全部」

「そ、れは……はい。どうぞ」

「ありがとう。早く結婚したい。それまでは何とか我慢する」


初々しいレイラにクスクスと笑いながら、しかし概ね本心なのであろう事をガブリエルは宣って、もう一度レイラを抱きしめた。

激甘仕様のガブリエルに、レイラはしゅわしゅわと音が出そうなくらい照れてしまい、ガブリエルの胸元から顔が上げられなくなった。


そうしてそのまま、二人はもう一度眠りに落ちる。

侍女が起床時間にレイラを起こしに来た時には、着衣のまま白い掛け布でぐるぐる巻のレイラと、彼女を大事そうに抱きしめて眠るガブリエルの姿があった。




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