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(5)家族の優しさと恋煩い〜馬鹿になられます〜

レイラは既に、半日近く馬車に揺られていた。

現在、国境まで公爵家の馬車で向かっていて、国境を超えたら、隣国の王家の馬車に乗り換えて、これからお世話になる王城へと向かう手筈になっている。


馬車ならば、国を出るまで半日以上、国境を超えてから王城まで更に半日以上かかる道のりだ。

よってレイラは、国境付近の宿で一泊、隣国内で一泊、そして三日目に王都に入り、王城へ到着することになっている。


なお、休みなく馬に乗って駆ければ、レイラの実家である公爵家からガブリエルのいる王城までは半日以上かかるが、丸一日もかからずに移動できる。

但し、馬の限界があるため、途中で何度か馬を交換または休ませる必要はあるが。




1週間と少し前――つまり、レオナルドが国へ帰る前日、レオナルドは、レイラとその両親、弟と囲んだ朝食の席で、自身の2週間の滞在についてお礼を述べた。

そして、レイラが隣国へ立つ日から王城へ到着する日までの行程を説明した。

説明を聞きながら、レイラは初めて国を出たときのことを思い出し、不意にレオナルドに声をかけた。


「そういえば、前回も国境あたりで馬車を乗り換えた気がするのですが、何故なのでしょうか」


正直、婚約破棄からの求婚、直後に婚約、そして出国ということで、馬車どころではなかった。

記憶が若干曖昧なのだが、と付け加えると、すっかりレオナルドの信者になった弟のラルフが怪訝そうなと顔でレイラを見た。


「?」


意味が分からなくて、レイラが両親を見ると、ザイールは苦笑しており、クロエは困ったように微笑んでいた。

一方のレオナルドは、美しく整った顔に何の色も浮かべず、淡々と答えた。


「我が国では、王家の紋章があるだけでかなりの威力があります。

王家の馬車ともなれば、乗り心地は勿論ですが、襲撃された場合の強度が段違いに高いのです。

まだ、我が国では王族に対する民たちの信仰が厚いので、護衛の士気も高まり、その結果安全性が高まります。

よって、必ず国境を超えたら王家の馬車で、というのが殿下のご意向です」


「そうなんですね」と、レオナルドの回答にうなずいたレイラに、一拍おいて、クロエの心配そうな声がふってくる。


「レイラ。レオナルド様の前でこんなことを言うのは気が引けるのだけれど、本当にいいのね?」


レイラが不思議そうにクロエを見つめると、ザイールがやんわりと声をかけた。


「前回は、同じ質問を私がしたのだ。

ラルフには前回、お前が乗る馬車が通る道の視察を頼んだ。無論、何人かの護衛とともに、隣国との国境までだがな」


驚いた顔をするレイラに、ザイールは言う。


「お前は、他国の王族になるのだ。侯爵家の威信にかけ、無事に嫁がせる義務がある。まぁ、仮に相手が誰であっても、同じ気持ちにはなると思うがな」

「父上、今回も私が見て参りましょうか?」

「そうだな。半年以上経過しているし、雪が深いエリアもあるかもしれん。あとは、ついでに見てきてほしい鉱山がある」

「かしこまりました」


すっかり大人の表情をしたラルフが、ザイールの台詞を快諾する。

呆けたレイラに、クロエは少し寂しそうに薄く微笑んだ。


「あまり口にしないけれど、ザイールもラルフも私も、レイラのことが心配なのよ。レイラは、大切な娘で、私達は家族だもの」

「お母様」

「レイラを見ていると、きっとあちらの国で大切にしていただいているのだろうと想像はつくのだけれどね」


家族の優しさに、気づかないうちに守られていた。

その事実が、優しくレイラの気持ちを包んでくれた。


「お父様、お母様、ラルフ。ありがとう」


レイラは、幸せそうな笑顔を見せた。



*****



「レイラ様、本日宿泊予定の場所に着きました」


馬車が止まり、外から聞こえた声に、レイラは意識を取り戻した。

どうやら少し眠っていたらしい。

座位で寝た結果、首が少し痛い。


馬車をおり、白と青を基調としたお洒落な建物に入ると、ホテルマンのような人にロビーへと案内される。

公爵家から付き添ってきた使用人の一人が、チェックインの手続きへと向かう。

レイラは、ふかふかのソファに腰掛けた。


この宿が位置するのは、レイラの祖国の端っこだ。この街を出れば、隣国に入る。

よって、明日の朝からは、隣国の王家の馬車で移動を続けることになる。

公爵家の馬車や使用人たちはレイラとともにここで一泊し、明日の朝レイラを隣国に引き渡し、その足で公爵家へ引き返すこととなる。


レイラは、やはり白と青が基調になったロビーをぐるりと見回して、その後、左手の薬指にはめていた指輪を見つめた。


(あと少しで会える。ガブリエル様……)


9ヶ月前から半年間、共に過ごした日々が懐かしい。

たった3ヶ月離れていただけなのに、どんな顔をして会えばよいのかわからない。


何と話しかければ不自然にならないだろうか。

そもそも、ガブリエルはどんな女性が好みなのだろう。

そんな、通常であれば気にならないような、少々レベルの低い悩みが無限に湧き上がってくる。

幼稚になった思考回路に、レイラは苦笑した。


(きっと、こういうのを恋煩いというのね)


まさか自分がかかるとは思っていなかったけれど、悪くない気分だとレイラは思った。




翌朝早く、レイラとその従者達は、隣国の王家の遣いの者たちと対面していた。

宿を出て、本日からお世話になる馬車が見えるところまで来たレイラは、一瞬言葉を失った。


「こ、これは目立ちそうですね……」


これが、3秒石化した後のレイラの素直な感想。

ここまで乗ってきた公爵家の飴色の馬車も大概立派なものだったが、王家の馬車は一味違った。

黒塗りで、ところどころ金があしらわれ、デカデカと王家の紋章が入っている。

若干遠い目をしたレイラに、スラリと切り込んできたのは聞き慣れた声だった。


「ええ、そうです。良くも悪くも人目につきやすいため、警護しやすいのです。

それに、明らかに王家の馬車だと分かりますから、気軽にその辺の破落戸が攻めてくる可能性は低いと言えます。――まぁ、王族を狙った襲撃ならば話は変わりますが」


「レオナルド様!」

「ご無事で何よりです。約2週間ぶりですね」

「はい。その節はありがとうございました」

「こちらこそ、毎日お邪魔致しました」


ニコリともしない金髪の美形、レオナルドに、レイラは素直に謝意を述べた。

レオナルドも、淡々と返事をする。


レオナルドを含む護衛の人達は、本日、騎士の正装スタイルである。

全員お揃いの漆黒の丈の長いトップスは、金色の縁取りや金ボタンで飾られており、肩からは白いマントが流れている。

パンツとブーツも黒で、帯剣もしている。

レオナルドの、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳は、レイラの左手のアメジストとダイヤの指輪に向けられた。


「虫よけとは、それのことですか」

「?」


レイラは不思議そうな顔をした。

しかし、レオナルドの目線の先にあるのがガブリエルに買ってもらった一点物の指輪だとわかり、レイラは合点がいく。


「ええ、そうです。ガブリエル様からお聞きになったのですか?」


ことりと首を傾げたレイラに対し、レオナルドは無表情のまま、ビー玉のような目をして告げた。


「もっと目立つ大きなものにすればよかった。

いや、首や耳にも必要だった。ブレスレットやアンクレットもいいな。ベルトやブローチ等も贈ればよかった。

……と、仰っていました」


淡々と棒読みで紡がれた言葉にレイラはポカンとした後、慌てて否定した。


「いいえ、これで十分です。そんなに沢山はつけられませんので結構です」

「まぁ、そうでしょうね。殿下は、貴方のことになると時々――いいえ、結構馬鹿になられます」

「馬鹿って……」

「失礼。貴方に夢中、と表現すべきかもしれません」


ガブリエルとレオナルドの信頼関係があるからこそ言えることなのだろうが、物凄く真顔で毒づいたレオナルドに、レイラは思わず吹き出した。

場が和んだところで、レオナルドはスマートに手を差し出す。


「それでは、そろそろ出発しても?殿下が、首を長くして貴方のことをお待ちなので」

「ええ、喜んで」


レイラは、差し出されたレオナルドの手に己の手をそっと乗せる。

馬車へ歩きながら、レオナルドが淡々と述べる。


「殿下は貴方を迎えに来る役目も、ご自身でなさりたいと何度も仰っていました」

「ふふ、そうなんですね」

「貴方が殿下の側にいてくださる方が、我々臣下も助かります。殿下に恨めしげな目で見られずに済みますから……」


再度ビー玉のような目で、どこか遠くを見つめたレオナルドの台詞に、近くに控えていた騎士たちが一斉にウンウンと頷く。

彼らのその顔は大真面目で、神妙である。

無言の頷きの圧に負けて、レイラは顔を引き攣らせた。


「そんなに、ですか?」

「はい。そんなに、です」

「ガブリエル様は心配性なのですね」


苦笑するレイラに、そうではない、ちょっと違うぞと、レオナルドも周りの騎士たちも内心で盛大にツッコミを入れた。


レオナルドの滑らかなエスコートに身を任せ、王家の馬車の前まで来たレイラは、目の前の馬車を背にして、レオナルドを含めた騎士の面々を振り返った。

そして言葉を発した。


「レオナルド様、皆さん。此処まで迎えに来てくださってありがとうございます。

これから先、王太子殿下を確りとお支えできるよう、誠心誠意努めます。

まずは王城まで、どうぞよろしくお願いいたします」


美しいカーテシーをしたレイラに、騎士たちは頭を垂れた。

レイラは、王家の馬車に乗り込んだ。


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