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(2)心の弱さ〜私も一人の人間ですから〜

レイラと2つ年が離れた15歳の弟ラルフは、公爵家に滞在しているレオナルドとの剣術の手合わせが実現して興奮していた。


「なかなかやりますね。しかし、胴回りが甘いです。もう少し低い攻撃もできた方がいい」

「はい!ありがとうございます」


淡々と感想と評価を述べるレオナルドに、ラルフは元気よく返事をした。

レオナルドは隣国の王太子ガブリエルの側近であり、腹心の部下であり、隣国の侯爵家嫡男で20歳のスラリとした男性だ。


鮮やかな金髪に、エメラルドのような緑色の目をしたレオナルドは、見た目、というか顔立ちが綺麗すぎて、ラルフには弱そうに見えた。

しかし、王太子の側近で、かつ、王太子の代理として護衛として送り込まれてくるということは、強いに違いないとラルフは思った。

思ったからこそ、本日レオナルドと対面したあと、手合わせを願い出たのだ。


そして、ラルフのその想像は正解だった。

ラルフが所属している騎士団で普段稽古をつけてくれる先輩達よりも、恐らくは数倍、いや数十倍強いのではないかと思った。


無駄がなく、素早く、洗練された動き。

舞うように優雅に攻撃を躱しつつも、一撃が重い。


完全に玄人でしかないレオナルドの動きに、ラルフは降参した。

少し息が上がっているラルフに対し、レオナルドは余裕の表情、というか、いつもと変わらぬ無表情である。

これはかなりの使い手だ、というのがラルフの素直な感想である。


「あの!もしお時間があれば、稽古をつけていただけないでしょうか」


ラルフは尊敬の眼差し、つまりキラキラした目でレオナルドを見つめて稽古をねだった。


「構いませんよ。身体がなまりますから、どの道トレーニングは必要だと思っていました。

ただ、時間や場所はどうしましょうか。こちらにお邪魔する前か、宿に戻ってからと考えていましたが……」

「ありがとうございます!ではここの、公爵家の庭や備品を使ってください」


まるで新しい飼い主を見つけた犬のようなラルフの様子に、庭のテーブルセットに腰掛けているレイラとその両親は苦笑した。


「しかし、ご迷惑では?」


レオナルドは、基本的に常識人である。

ここは、自分の仕える王太子の婚約者レイラの実家であり、この国の公爵家だ。

そこに、隣国の侯爵家の嫡男の自分が、護衛以外の目的で立ち入って居座るというのは、正直躊躇われた。


更に、模擬試合用の剣とはいえ、なかなか激しい撃ち合いの音がする。

珍しく賑やかな庭が気になって、見物にやってきた庭師や、窓から覗く侍女たちの姿もある。

彼らは皆、次期当主たるラルフの素直さを好ましく思っているようで、柔らかく目を細めていたが、訓練の音が果たして五月蝿くはないのか。


「ラルフ、レオナルド殿は2週間程滞在される予定だ。その間、視察したい場所があるとのことだから、ラルフが領地を案内して差し上げなさい」

「かしこまりました、父上」


ザイールの台詞にキリッと返事をするラルフは、まだ発展途上感はあるものの賢げであり、見た目の整った好青年だ。

ザイールは、レオナルドに向き直って述べる。


「レオナルド殿、こう見えてラルフは座学も得意なタイプです。まだ勉強中ですが、領主としての基礎は既に学ばせていますから、案内役としてお連れください」

「お気遣いいただきありがとうございます」


ニコリともせず、しかし丁寧に礼を言うレオナルドは、本日も安定の美しさだ。

ザイールは、全くといっていいほど変化しないレオナルドの美しい能面のような顔と、優雅な立ち居振る舞いにある意味感心しつつ、ラルフへの稽古について言及した。


「それから、レオナルド殿のご負担にならない範囲でいいので、是非ラルフに稽古もつけてやっていただきたい。

我々としても、レイラの護衛をしていただくという前提に立つならば、鍛錬を欠かさない姿勢はとても好ましいです。

朝早くでも、夕方遅くでも、レオナルド殿ならば歓迎致します」


「お気遣い痛み入ります。では、遠慮なくお邪魔します。詳しくはラルフ殿とご相談する形でよろしいですか?」

「はい。ラルフをよろしくお願い致します」


レオナルドとザイールの会話に、ラルフはぱあっと笑顔になった。


「父上、ありがとうございます!レオナルド殿、よろしくお願いします!!」


ラルフは、レオナルドをキラキラした目で見つめた。

もしラルフに犬のような尻尾があれば、千切れそうなほどブンブンと左右に振っているに違いない。

レオナルドは、ラルフの台詞に肯定の意を示すように無言で頷いた。




レオナルドがレイラの目の前に現れた2日前――つまり舞踏会の夜から、レオナルドはレイラの国に滞在している。


レイラの父ザイールとガブリエルの間で話はついており、昨日はガブリエルの代理として王城へ行く予定があったものの、今日からレオナルドは毎朝レイラの住む公爵家にやってきて共に過ごし、夕方には滞在先の高位貴族向けの宿に帰ることになっている。


なお、ガブリエルの意向で、レオナルドは、レイラが出掛けるときはレイラの護衛をすることになっており、空いた時間は公爵領の特産品の産地や公共事業の視察をする予定だ。


レイラが住むここは内陸の国だが、ガブリエルとレオナルドが住む海に面した国とは、似ている部分と異なる部分が半々。

それ故に、参考になる部分や新たな気づきも多いはず、という理屈らしい。


……というのが表向きの理由だが、実際は、ガブリエルの心配を解消するための身柄の保護と、次期王太子妃の生まれ故郷や家族を含めた身辺調査を兼ねた監視、というのが正確なところだろう。

前者はレオナルドに、後者はおそらく影なり別の使者なりが行うのだろう。


既にレイラは隣国の王家に嫁ぐと決まっており、ガブリエルの寵愛もあるということで、そもそも王家の影が何人かレイラについているのではないか。

以上が、レイラの父ザイールの見立てだ。




「こら、ラルフ。レオナルド殿が気に入ったのはわかったが、その食いつきの良さはちょっと控えんか」


ザイールは思わずツッコミを入れる。

妻クロエはクスクスと笑った。

レイラは、無意識なのか薄っすらとほほえみを口元に乗せつつも、その様子をぼんやりと眺めていた。


「レイラ様、大丈夫ですか?」


レオナルドは、長くてさらさらの漆黒の髪をハーフアップにしているレイラに近寄った。

レイラは焦点の合わない目で、どこか一点をぼんやりと見つめたまま、テーブルセットに座っている。


「レイラ様?……失礼します」


その台詞とともに、レオナルドはごく軽く、ぽん、とレイラの肩に己の手で触れた。

触れた瞬間、ビクッ、と過剰なまでにレイラは身を震わせ、体を強張らせた。


「レイラ様、私です。レオナルドです」


肩に触れていた手をそのままに、レオナルドはゆっくりと、落ち着いた声で言った。

エメラルドのような色をした瞳で、レイラの赤い、ガーネットのような瞳をじっと見据えている内に、レイラの目の焦点がレオナルドの顔に定まり、視線がぶつかり合い、レイラはハッと我に返る。

何度かゆるく瞬きをして、眼の前にいる美丈夫が、ガブリエルの側近のレオナルドだと認識したようだった。


「あ……レオナルド様」


明らかにホッとした安堵の表情を浮かべ、レイラは全身の力を抜いた。

レオナルドは片膝を芝生につけ、片膝を立て、まるで忠誠でも誓うかのような姿勢で、椅子に座るレイラと目線を合わせた。


「申し訳ございません。私がついていながら、先日の舞踏会では、貴方に嫌な思いをさせてしまいました」


潔く詫びた後、レオナルドは頭を下げた。

跪いた金髪の美丈夫に謝罪されているこの状況は、かなり居心地が悪い。

しかも周りには家族もいる。

レイラは、無理やり微笑んで否定した。


「いいえ、ちゃんと護っていただきました。どうか顔を上げてください。まだ少し、気持ちが整理できていなくて……でも、大丈夫です」


どこか弱々しい笑顔のレイラに、レオナルドは表情こそ変えないが、痛ましげな色をその目に滲ませた。

二人のやり取りを黙って見守っていたレイラの両親とラルフは、心配そうにレイラを見ていた。


「私が勝手に心配……というか、不安になっているだけなのです。あの方が言うことなど、今更気にする必要はないのに」


困ったように微笑むレイラは、どこか泣き出しそうに見えた。


「それでも、気になるのですよね」

「それは……はい。私も一人の人間ですから」


レイラはゆるりと瞬きをして、レオナルドの言葉を肯定した。

そして俯き、自分の膝においた自分の手をみつめながら、心の内を吐き出した。


「私は殿下を――ガブリエル様を、信じています。

ですが、ガブリエル様は素晴らしい方です。お優しくて、聡明で、格好良い。

王太子殿下としても、ひとりの男性としても、とても魅力的で、非の打ち所のない男性です。本当に、私には勿体無い方なので……」


レイラの切なげな微笑みは、どこか儚げだ。

レオナルドを恋い慕う言葉は、公爵邸の庭を吹き抜けていった冷たい風に攫われるように掻き消された。


「もしレイラ様が、その台詞をそのまま殿下ご本人に言えば、十中八九狂喜乱舞しそうな気がしますが」


レオナルドの言葉に少し笑って、レイラは答えた。


「多分、言えません。私の心の弱さを、認めるようなものですから」


レイラは、酷く傷付いたような表情をしていた。

第一王子の婚約者として何一つ問題のない身分、知識、教養、そして姿勢。

しかし、何年も婚約者に蔑ろにされてきた結果、レイラは異性、特に婚約者に対して驚くほど謙虚だ。


(なるほど。殿下の過剰なまでの心配の発動の源は、こういうところにもあるのか)


レオナルドはガブリエルの過保護さに納得した。

言い方を変えれば、レイラは自分に自信がなく、自己肯定感がかなり低い。


恐らくこれは、今回のことが原因というわけではなく、長年に亘り染み付いてしまった癖のようなものなのだろう。


「殿下は、レイラ孃のことを首を長くしてお待ちですよ」

「ありがとうございます。そうだといいなと思います」


顔こそ無表情だが、気が利き、相手の感情の機微も分かるらしいレオナルドの優しい言葉は、レイラの心に静かに染み込んだ。

レイラは、覇気こそなかったが、今度こそちゃんと微笑んで頷いた。


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