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(1)送り込まれた護衛〜どうか自覚をお持ちください〜

連載を再開します。よろしくお願い致します。

レイラが祖国の公爵家に戻ってきてから2ヶ月と少しが経った。

恙無く年の瀬を迎え、年が明けて数日後。

王家が祝賀パーティーを開き、その場で王太子を指名するとのことで、レイラは久しぶりに王城に来ていた。

弟が夜会に出席するには少し早く、両親は公爵家の夫婦として参加となるため、レイラは、両親と一緒の馬車に乗っていた。


「お父様、お母様、本当に大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ。お城にいけばわかるわ」


レイラの母、クロエが、心配そうなレイラにそう答える。

レイラの父、ザイールも、隣でうんうんと頷くのみだ。

流石に欠席がまずいのは分かる。

第一王子と上手く行かなかったとはいえ、国王夫妻にはお世話になったし、この国の公爵家の一員として隣国の王太子に嫁ぐのだから、参加すべきだろう。

しかし、エスコート役がいないのだ。

婚約者が隣国にいるとはいえ、なかなか女性一人での参加は憚られた。


「会場ではエスコートしてくださる方から離れるんじゃないぞ」

「子供じゃないのですから。一体どなたなのですか」


ザイールの台詞に困ったように笑い、レイラは問う。

しかし両親はニコニコしたまま答えない。

レイラは内心ため息をついた。


本日レイラが選んだのは、星空のようなドレスだった。

シルバーに近い、明るいグレーのドレスに、濃いグレーのシフォン生地が重なったドレス。

全体的に上品な細かいグリッターが効いていて、グレーなのにとても華やかだ。


上半身はハートカットの胸元のビスチェで、重ねられたシフォン素材が濃い目のグレーで明るいグレーの上に斜めのストライプを描く。

ウエストにはシャンパンゴールドのリボンが巻かれ、左側で蝶結びで結ばれて縫い付けられている。


腰から下は、裾へ行くに連れて広がっており、黒に近い濃いグレーから白に近い淡いグレーまで、複数のグレーが緩やかに濃淡をつけて縦線を描いている。

シルバーのグリッターと相まって、晴れた日の七夕の空に浮かぶ天の川のようだった。


漆黒の髪はそのまま下ろされ、腰のリボンと合わせてシャンパンゴールドのヘッドドレスをつけている。

ネックレスとイヤリングはアメジストとダイヤで、指にはガブリエルがくれた指輪が嵌っていたものの、肘上まであるグローブをつけているため、外からは見えない。




王城の庭園の前に馬車が停車する。

両親に続いて、レイラが馬車を降りる。

手を差し伸べてくれたのは公爵であり父のザイールだ。

建物へ向かい、3人で歩き始める。

母のクロエがザイールにエスコートされており、レイラは一人で歩く。


(流石にエスコート無しで大広間に入場する訳にはいかないわよね……)


内心憂鬱に思いつつレイラが歩いていると、背後から声がかかる。


「失礼。公爵令嬢のレイラ様でしょうか」


成人男性の声。

一人でいるとこれだから、と内心またしても溜息をつきつつ、レイラは振り返る。

すると、夕闇の中、金色の髪と緑色の瞳を持つ美男子が立っていた。


「レオナルド様!?どうしてここに?」


光沢のあるグレーのタキシードを纏い、金の髪を撫でつけた装いは、ビスクドールのような無機質な美しさをもつレオナルドの容姿を、より一層際立たせていた。

レオナルドはそのエメラルドのような瞳に少しホッとしたような色を滲ませつつも、無表情でレイラに手を差し伸べてきた。


「間に合ってよかったです。我が主の命令で、貴方のエスコート兼護衛に参りました」

「ガブリエル様の……?」

「はい。事前に公爵閣下には先触れを出してあります」


淡々と話すレオナルドの目線の先には、レイラの両親がいる。

二人は、ウンウンといい笑顔で頷いていた。


「私の両親には、何と説明を?」

「殿下から手紙を。新年の祝賀会は是非お披露目も兼ねてエスコートしたいが難しく、代わりに私の一番の側近が行く、と」

「そうなのですね。承知しました」

「それではお手を」


レオナルドが差し出した手をじっと見つめ、レイラは深呼吸する。

そして、その深く赤く済んだ瞳でレオナルドを見据え、己の手をレオナルドの手に乗せた。

瞳の奥に強い決意のようなものを見た気がして、レオナルドは表情を変えずして頷いた。


「なるほど。いい目です」


レオナルドは、高貴なエメラルドのような目を細めてほろりと独り言を言うように零す。

相変わらずの無表情だが、瞳には感心の色が滲む。


「貴方までそんなことを言うのですね」

「我が主の言う通りだなと」

「素晴らしい忠誠心です。ところで、ガブリエル様の本音は?」


しずしずと歩きながら、小声で二人は会話する。

レイラの両親は数メートル前を歩いており、恐らく聞こえないだろう。


「1週間ほど前、この国の第二王子が王太子に指名されるという前情報を入手しました。それを聞いた殿下が、今すぐ隣国へ行くと急に仰りました」

「何故でしょう」

「あの第一王子が、王太子の座を逃したのに何も事を起こさないとは思えないから、とのことです。

しかし殿下は、立場上どうしても年末年始は国を離れることが難しい。ですから私をこの国に送り込んだ、という形です」

「なるほど。理解しました」


小声で話しているが、レイラは淑女の微笑みで、レオナルドは人形のような美しい無表情で、二人共、ほぼ正面を向いている。


レオナルドは、周囲を警戒しつつレイラをエスコートしているが、王城の門をくぐったあたりで人数が絞られていると気付き、どうやら出席者のみが歩いているらしいことに気づく。


「殿下はご自身が行きたいと強く希望されていて、大分渋っておられました。ところで護衛は?」

「此処では付いておりません」

「やはりそうですか」


王家の開くパーティーで公爵家が護衛を付けることは、基本的に失礼に当たる。

王城の警備は万全で、王家への信頼と忠誠を示す場でもあるからだ。


「私の主は隣国の王太子殿下で、貴方はその婚約者です。私ならば、エスコート役を兼ねて貴方の側にいても不自然ではないし、失礼にも当たらないでしょう」


「確かに、仰る通りです」

「殿下からは、私が望むなら王位も国もくれてやるが、レイラ様だけは譲れないから絶対に手を出すな、何があっても護りきれ、と釘を差されております」

「まぁ!」

「ですから、ご安心ください」

「ふふ、別に最初から疑っていませんよ。レオナルド様は、ガブリエル様にいつも忠実ですもの」


コロコロと笑うレイラ。

レオナルドは思わず、一瞬無言になる。


「いえ、そういう意味ではなく」

「?」


不思議そうな顔をするレイラに、レオナルドは内心で盛大な溜息をつく。

なるほど、ガブリエルの過剰なまでの心配の発動の源はここか。


「失礼ですが、レイラ様は賢いくせに鈍感ですね」


思ったことをそのまま、しかし丁寧な口調でレオナルドは述べる。それも淡々と。

レイラはぱちくりと目を瞬いて、その後に破顔した。


「またガブリエル様と同じことを仰るのですね」


ニコニコと、周りを朗らかな気持ちにするような笑顔。

レイラの纏う雰囲気があまりにも無防備で、しかしどこか艶めいていて、この人はこんな感じだったかなとレオナルドも心配になった。

もっと警戒心が強く、賢げでツンとした、高級な黒猫のようではなかったか。



「念の為に解説しますが、殿下が公私混同に近い事を私に命じたのはこれが初めてです。

それは、貴方が他に代え難い重要人物であることを意味します。


――どうか、殿下に愛されているという自覚をお持ちください。

自覚や危機意識のない警護対象者は護りづらいので、何卒ご理解を」



ガブリエルの名誉にかけ、きちんと言葉を尽くしたレオナルド。

レオナルドの口調は淡々と冷静で、整った顔には何の感情も浮かんでいない。

しかし、その台詞の意味することはなかなかに甘い。

好きだと言って抱きしめてくれた時の、ガブリエルの蕩けそうに甘やかな様子が目に浮かぶようで、レイラはじんわりと頬を染めた。


「承知しました」


一拍おいて受け止めたレイラは、レオナルドにじっと見つめられている。

傍から見れば、顔面偏差値が大変高めのイケメン、しかも婚約者ではない男性に、体温のない緑の宝石のような瞳で見つめられているこの状況は、なかなか美味しいのだろう。

しかし、レイラは1ミリもときめかない自分に気づいていた。


そして改めて、ガブリエルが特別なのだという想いを噛み締めていた。

そんなレイラをどう受け止めたのか、レオナルドは冷静に、ただ見たままを指摘する。


「一応、照れるんですね」


的確なその一言に余計に恥ずかしくなり、レイラは更に赤くなりつつも、キッとレオナルドを睨む。


「うるさいですよ、レオナルド様」

「失礼しました。もうすぐ会場です。どうかお側を離れることがないようお願い致します」


ニコリともしないレオナルドの唇からは、否やの答えはありえないお願いが淡々と紡ぎ出される。

ぷんぷん、という形容詞が相応しい程度に不貞腐れ、レイラは了解の返事をした。




ガブリエルの腹心の部下レオナルドと、ガブリエルの婚約者レイラは、こうしてまた、少し距離を縮めた。


数年後の未来、レオナルドに婚約者が現れるまで、二人はずっとこの調子でかかわっていくことになる。

あくまでも事務的かつ冷静な美形の側近であるレオナルドと、隣国から来た優秀な婚約者であるレイラが並ぶと案外お似合いで、ガブリエルは時に嫉妬することになるのだった。


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