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(1)婚約破棄〜それではごきげんよう〜

「私は、公爵令嬢レイラとの婚約を破棄する!」


王城の大広間で、声高らかに響き渡る婚約破棄宣言。

突然の出来事に、王城の大広間は一瞬でシンと静まり返る。

即席の余興ならばセーフ、何かの冗談ならば笑えない、そんな微妙な空気感になる。


(嗚呼、ついにこの日が来てしまったのね)


ショックというよりは諦めの気持ちが勝ち、レイラは内心で溜息をつく。

しかしそんな様子は1ミリも表に出さず、半径2メートル以内に立っている婚約者――彼はこの国の第一王子だが――を、泰然と見た。


(今日は国王陛下が即位されてから20周年を記念する舞踏会なのに、初っ端から貴方が目立ってどうするのよ)


なにもおめでたい日に、会場のほぼど真ん中付近で、こんなに大勢の前で言わなくてもいいのに、とレイラは遺憾に思う。

前々から、その内何か言ってくる、または何かしらやらかすだろうと思ってはいたが、まさかこのタイミングとは想定外だった。

これまでも何度か失望してきたが、今度こそはもうどうにもならないと、絶望にも近い思いを一人抱く。


「殿下。恐れ入りますが、理由をお聞かせ願えますか」


周囲のざわめきは、まだ元に戻らない。

けれどその代わりに、はっきりと内容までは聞こえないが、ヒソヒソとした話し声が聞こえる。


(もう、おしまいね。瞬く間に醜聞が広がるわ)


恋心は、とうの昔になくしてしまった。

それどころか心が麻痺し始め、ついに彼に関する事柄について、レイラは何も感じなくなっていた。


しかし、レイラにはレイラなりの、第一王子の婚約者としての矜持があった。

そもそも10年前、第一王子が10歳、レイラが7歳の頃に、国――というか、国王陛下や国の重鎮たちが、政治的な事情や年齢等も鑑みて決めた婚約である。

特にこの婚約に、本人たちの意思はなかった。

だからこそ、今日まで耐えてきた。


元々、第一王子に優しくされたことなどなかったが、最低限婚約者として扱ってはもらえていた。

だからレイラは、それでいいと思っていた。

第一王子も、敷かれた人生のレールを突き進むしかなくてつらいのだろうと、あらゆることに目を瞑ってきた。

少々冷たくされても、蔑ろにされても、話し合いに応じてもらえなくても、淑女の微笑みという仮面で覆い隠してきた。

それなのに、丁度1年半ほど前から、状況は劇的に悪化し始める。


「お前が、リリーに酷い仕打ちをしたからだ」


第一王子は、琥珀色の瞳を細めてレイラを厳しく睨みつけ、隣にいる小柄なリリーのくびれた腰をぐっと抱き寄せた。

リリーの豊かな胸が、桜色のドレス越しに第一王子の腕に確りと当たって形を変えている。

リリーはただ、怒りをにじませる第一王子にしなだれかかるように寄り添っていた。


(ラルフから聞いていた通りだわ。殿下と懇ろな男爵令嬢というのは、彼女のことなのね)


ラルフは15歳で、レイラの弟であり次期公爵だ。

何かに付けて出来がよく、レイラとの関係も良好で、レイラと同じ黒髪に赤い目をしている。

ラルフ曰く、騎士団でも社交界でも、第一王子のリリーへの入れ込みようは有名な話とのことだった。

因みにそのお相手であるリリーが、百戦錬磨かつお胸が豊かな男爵令嬢であるということもまた、同じく有名な話であった。


レイラは、スンと表情を消してリリーを観察する。

リリーと目が合うと、底意地が悪そうな、ふふん、という効果音がピッタリの微笑みを向けられた。


ふわふわしたキャラメルブラウンの髪と青い目。

垂れ目で童顔、巨乳で小柄だ。

そして、この非常識な状態を非常識と思わない、最強の鈍感力を持つ。


(見た目も中身も、私とは正反対のタイプがお好みだったわけね)


一方レイラは、艷やかなストレートの黒髪を持つ。

ガーネットのような赤目はつり気味で、大人びた雰囲気だ。なお、胸は標準サイズ、身長は、女性の中ではどちらかといえば高いほうだ。


リリーの頭脳や性格は分からない。

しかし、公爵令嬢としては勿論、王太子の婚約者として妃教育――10歳になってすぐ本格的に始まり、17歳になる前にはほぼ完了した――こともあり、レイラに勝る令嬢は、そう簡単にその辺にいるはずがなかった。


「申し訳ございませんが、酷いこととはどのようなことでしょう」


レイラは、自らが身に纏うワインレッドのドレスの煌めきを視界の片隅に収めつつ、第一王子と向き合って姿勢を正す。

レイラの動きに合わせて、高いところで一つに結い上げられた漆黒の長い髪が流れ、シャラリと、側頭部にぐるりとピンで止められていた繊細な金の髪飾りが鳴いた。


「お茶会に呼ばない、無視をする、意地悪をする、などだ」

「証拠はございまして?」


レイラは、赤く澄んだ瞳で眼の前の第一王子を射抜く。

猫のようにつり上がり気味の、しかし二重で大きな目は、まるでガーネットのように強い光を秘めていた。


「彼女が嘘を言っていると?」

「そうですか……」


レイラは、心からガッカリした。

しかし、盛大なため息は呑み込み、困ったように微笑んで淡々と述べる。


「殿下もご承知の通り、お茶会は、爵位によって招待の如何が決まります。

ですので、余程親しいか、何か理由がないと、男爵家のご令嬢を公爵家が呼ぶことはございません。

また、無視や意地悪については、定義がわかりかねます。

そもそも彼女とは初対面ですから、どのようなタイミングで無視と思われたのか、とても不思議にございます」


「お前はいつもそうだ。理屈を並べ、人を小馬鹿にしたような態度をとる」

「そのように見えているのでしたら、申し訳ございません」


「可愛げのないお前と違って、リリーは純粋で真っ直ぐだ。

いつも私を癒やし、可憐な容姿からは想像もつかぬ力強さで励ましてくれる。

こんなにも優しい彼女が、嘘をつく筈がない。

私は彼女を信じている」


「さようでございますか」


レイラは昔、第一王子のことはそこそこ好きだった。

太陽の光を集めたような金色の髪と目を思い出して、トパーズや琥珀等の宝石を好んで身に着けたこともあった。

彼に認められたくて、彼の隣に立つに相応しい人になりたくて、つらい妃教育を頑張ってきた。


自由なんてなかった。

本当はもっと、他のご令嬢たちのようにカフェや観劇に出かけたかったし、恋バナのようなこともしてみたかったけれど、その多くは諦めてきた。

毎日毎日、ひたすら学んだ。


けれど、今はもう大嫌いだ。

二度と金髪の男性は信用できそうにない。

こんな考えは幼稚で短絡的だと解っているのに、そう思う気持ちが溢れて止められなかった。


話せば話すほど、ストレスが溜まっていく。

婚約破棄を言い放たれた瞬間よりも、いくつかの会話を重ねた今の方が、遥かに心が乱れている。


(馬鹿馬鹿しい。もう何もかも全部、終わりにしてしまいましょう)


憎しみと悲しみ、そしてすぐそこにあるであろう開放感に、レイラは身震いしそうになった。

嫣然と微笑んで、レイラは言った。


「殿下。婚約破棄、確かに承りました。

ここにいらっしゃる皆様が、婚約破棄の証人でございます。

この婚約はもとより、国が決めたこと。

どうか国王陛下と王妃陛下に、これまでのお礼とお詫びをお伝えくださいませ。

――殿下。幾久しく、リリー様とお幸せに」


レイラは、優雅な動きで身を低くして頭を垂れる。

妃教育で叩き込まれた全てを注ぎ込み、万感の思いを込め、王妃様直伝の、指先まで神経を行き渡らせた美しいカーテシーが見事に決まる。

その光景に、周囲で傍観していた者、聞き耳を立てていた者の全てが、ほぅ、と感嘆の息をつく。


「それではごきげんよう」


歌うようになめらかに言い、踵を返す。

静かに真紅の薔薇のようにドレスが舞い、長い漆黒の髪に映えた。


「レイラ嬢!」


しかし、歩き出して数歩のタイミングで、割と大きめの別の声に呼び止められる。

今度は何だ、まだ何かあるのかと、少々うんざりしつつも無視するわけにもいかず、レイラは足を止めた。



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