AIとクレーマー編 (SF/ローファンタジー)
「だーかーらー!! この味噌汁はしょっぱすぎるって! 絶対減塩って嘘だろ!!」
ああ、久しぶりだなぁ。こういう人。今回は何分保つかしら。
お客様の叫び声が耳に刺さって痛いので、私はヘッドセットのスピーカーを半分ずらす。それでも充分聞こえるくらいの叫び声だ。
お客様が一息で言いたいことを言い切ったのを感じとり、私は返答をする。
「左様でございますか。お買い上げ頂きました商品は確かに減塩20%でございますが、お客様には塩辛く感じられたとの事ですね」
最後にお詫びの言葉を口にしながら頭を下げる。相手に見えていなくてもアクションが自然と口調に乗るのだ。
「お口に合わず申し訳ございません」
ここは味噌メーカー『ナナマルキ』のお客様サービスセンター。私はそのお客様対応係を務めている。
三年前、私達の生活が一変するような事が起きた。
お客様対応は殆どがチャットやメール対応に変わった。たまに電話での問い合わせが入るが、それも殆どが人工音声のAIオペレーターが対応する。
それまで電話対応をしていた私達は職を奪われ、しかし現状を受け入れるしかなく頭を抱えた。
たまたま、以前派遣で働いていた時の同僚がナナマルキに転職していて、そこのお客様対応係がひとり退職するからやってみないか? と声をかけてくれた。私は二つ返事でそれを受け入れた。
正直、怖くなかったと言えば嘘になる。でも長年この仕事をやってきて、今更全く畑違いの仕事に就いて上手くいく自信なんてない。このまま無職になるかもしれない方がもっと怖かった。
それならばこの仕事をして死ぬ方がマシだと思ったのだ。
と言っても、仕事の殆どはAIが対応しきれなかったメールやチャットの対応だ。文章でのやり取りだと何故か言葉は力を持たない。どれだけ「死ね」等の酷いメールを貰っても、私を傷つけることはなかった。
極々、本当に稀に、電話をかけてきて何度も意味不明な事を言ったり不要なボタンを押したりして、AIオペレーターが音をあげるまで粘着してくる人がいる。
昨今のAIは優秀で、ちゃんとクレームも拾い上げてくれるのだが、それだと壁に文句を言っている気分になるのだろうか。AIは簡単な相づちさえもうつというのに。
まあとにかく、今電話をかけてきているお客様はその極々稀なタイプの粘着質と言うことだ。AIオペレーターから私に繋がれた途端、叫びまくっているのだ。
「俺が塩辛く感じたってなんだよ!! 違うだろ! 客のせいにするな!!」
んー、減塩タイプを塩辛く感じたから塩分が心配になって電話をかけてきたのかと思ったけれど、微妙に会話が噛み合ってない。AIを無理やり突破してきたのと「客のせいにするな」とか言い出す辺り、自分が白いものを黒と言ったら黒だと思えと主張したいのか、ただいちゃもんをつけたいだけなのかもしれないな。昨今では珍しい人だ。
「お客様、恐れ入りますが……」
私の言葉を遮って相手が叫びだした。あ、これもうダメなやつだ。
「うるせえ! 俺は客だぞ! お前なんか死……」
ぷつり。
無音となったヘッドセットを外した私はふーっと息を吐き、時計を見た。ああ、2分も保たなかったな。
先程半分ずらしたスピーカーからお客様の叫び声が漏れ聞こえていたらしく、隣の席の同僚が苦笑いして話しかけてくる。
「おつかれ。久しぶりにああいうの来たね。やっぱり回された?」
「……多分。危険な言葉を言いかけた所で切れたので、『あっち』へ回されたかと」
「間違いないね~。しっかし、怖かったねぇ」
「はい。AIが判定してくれているとわかっていても、やっぱりドキドキしますね」
「うん。まあ、そこのドキドキ込みでお給料貰ってるから仕方ないんだけど」
「……ですね」
三年前、私達の生活が一変するような事が起きた。
言霊。それは強い思いを口にすると現実になる言葉。
その能力はこの日本の、限られた人間に現れた。
……但し、それは災厄としか言えないものだった。何故なら。
能力を持つ限られた人間はそう少なくない数だったこと。その人自身も能力を得ているか自覚できないこと。そして言霊は何故かネガティブなことしか叶わなかったのだ。
「一生遊んで暮らしたい」と強く願った男は、その日スマホのソシャゲで遊んでいる最中に心臓発作で亡くなった。
「大金持ちになりたい」と言った女は事故に巻き込まれ、愛する家族と自らの身体の半分を失った代わりに多額の保険金を手に入れた。
「あの人が幸せになりますように」などという願いは、いくら叫べども、何度強く願おうとも叶いはしない。
しかし他人に向かってシンプルに「死ね」とか「居なくなれ」と叫べば、いともあっさりと言われた相手が突然死や失踪をしてしまう。
本気じゃなかった、八つ当たりだったと言ってももう遅い。『警視庁言霊対策課』によって捜査が行われ、言霊を吐いていた事が立証されれば「言霊殺人罪」が適用されるようになった。
言霊は電話越しにでも効果がある。でもメールやチャットなどの文章でのやり取りだと何故か言葉は力を持たない。どれだけ「死ね」等の酷いメールを貰っても、私を傷つけることはなかった。
電話は基本的に全てAIが音声を録音、判断するようになった。極々、本当に稀にAIオペレーターが音を上げるまで粘るお客様がいて私達お客様対応係に繋がったとしても、その録音と判断は続いている。
お客様が「死ね」などの危険な言葉を言いそうであれば即座にAIが『警視庁言霊対策課』へ回線を回す。警察はその人に言霊の能力がないか検査をするのだそうだ。
検査というからには身柄を拘束されるだろうが、細かいところは私達にも知らされていない。もし言霊の能力を今持っていなくても後から発現する可能性もある。だから今後危険な言葉を言わないよう『矯正』もするとの噂も聞いた。あのお客様はすぐには帰して貰えないのではないか。
まあ、同情する気にもなれないけれど。
「……昨今では珍しい人でしたね」
こんな世界になってしまったのに、あんなクレーマーがまだ存在していたなんて。
三年前「全てのクレーマーが滅びれば良いのに」と言った時の私には、まだ言霊の能力が無かったらしい。
お読み頂き、ありがとうございました!
まだ続きますが、次回更新は未定です。
↓のランキングタグスペース(広告の更に下)に「5分前後でサクッと読めるやつシリーズ」のリンクバナーを置いています。もしよろしければそちらもよろしくお願い致します。