異世界からの帰還者陣君は、戻ってきても大変な思いをするようです
「帰ってきた…………のか?」
眩い光が収まって目を開くと、そこは茂みの中だった。
空を見上げても木が邪魔をしてよく見えない。けれど闇に覆われ、月明かりが辺りを照らしていることから現在は夜だということが推測できた。
俺はもう一度視線を水平に保って辺りを見渡すと、ようやく目が闇に慣れたのか辺りの景色が見えるようになってきた。
自分が立つ半径数メートル圏内は木々で囲まれているが、よくよく目を凝らすと遠くに三角形の物体が確認できた。
茂みをかき分けるようにそちらに足を進めて再度見ると、三角だと思った物体は滑り台ということが確認できる。茂みも柵に膝が当たった先は綺麗サッパリ無くなっていて、均された地面が広がっている。
柵をまたいで再度見渡すと、その三角……すべり台の他にはブランコやジャングルジムが。
そこまで確認できたら誰でもわかる。ここは公園のようだ。どうやら俺は公園の茂みに出てきてしまったらしい。
「座標が……計算がズレたか。 しかし時空さえも越えるにはこれくらい…………い、いや!それどころじゃないっ!」
自ら行使した力の反省点をまとめようともしたが、その思考を振り切って俺は出口に向かって足を動かす。
この場所は…………知っている。あとは、俺の記憶に間違いがなければ……!
「あった…………」
フォームさえもぐちゃぐちゃになったダッシュで、肩で息をしながらも目的の場所にたどり着いた。
目の前にあるのは平らな建物。前面のほぼ全てがガラス張りになっていてこんな夜遅い時間でも光が灯った場所……コンビニだ。
俺はコンビニの前で固唾を呑む。
「後は…………最後の確認を…………」
ゆっくり……ゆっくりと足を進めながら自動ドアをくぐり抜ける。
「らっしゃせー」というやる気のない挨拶と自動で動く機械というものに一瞬心臓が高鳴ったが表に出すことはない。俺はすぐ近くにある新聞紙を手にとって、迷いなく最上段へと目をやった。
「7月……1日。 西暦も…………間違いない! 帰って……これたぁ……!!」
場所こそ予定と少しズレてしまったものの、年月日も時間も間違いが無かった。指定した通りだった。
俺は……俺はようやく帰ってこれたのだ。
あの……ヘドが出るほど過酷な世界から……ようやく……ようやく生まれ育ったこの世界へ……!!
俺、田岡 陣はこの日、7月1日の深夜に異世界へと一人渡ってしまった。
原因も理由もわからぬ異世界転移、俺は家で眠っていると突然それに巻き込まれてしまったのだ。
目覚めたらそこは何もない平原。
最初こそ夢に見た異世界だと胸高鳴ったが、知識も道具も何もない、丸腰で平原にほっぽらかしになったのだ。
ただひたすら上機嫌で辺りを駆け回ったのも束の間、目の前に現れたのは4足歩行の狼のような怪物……モンスターだった。
こんな時都合よく出てきてくれるチート能力や助けに来てくれる人など無い。腕を引っかかれて激痛に苛まされながら命からがらソイツから逃げることに成功した。
そこからは飢えと恐怖との戦い。
平原という隠れる場所が限られている場所を運良く突破できた俺は、気づけば人の住む街までやってきていた。
そこで仲間と出会い、魔法というものが存在することがあると知り、俺は帰還する旅に出ることとなった。
どれだけ旅を続けたのだろう…………5年、いや10年くらいだろうか。あの世界には日の概念があっても年の概念までは無かった。俺も最初は日をカウントしていたものの半年を迎えることには旅に出ていてすっかり数が飛んでしまっていたのだ。
そうして幾度も死闘を乗り越え、あの世界の秘密を知り、世界の崩壊を防いだ俺は、気づけば最強の魔法使いと呼ばれていた。
いくら死闘を乗り越えたとはいえ、たかが10年で最強に到達するなんて普通はあり得ない。もしかしたらカミサマが何かしらチートをくれたのかもしれないが、今となってはもうわからない。
俺は平和になった世界を見届け、時と世界を越えてこの世界へと帰ってきたのだ。
実験も無しに理論だけで構築した魔法だったが、状況証拠から見るに結果は大成功のようだ。
年も、日も、場所もほとんど狂いは無く指定したとおりにたどり着くことができた。俺はさっきまでいた公園へ戻ってきて力いっぱいガッツポーズをする。
「――――よしっ!! 完璧……完璧に……帰ってこれた……!!」
さっきのコンビニでは人前だったせいで表に出せなかったが、ここなら人目を気にすること無い。
俺は何度もガッツポーズを作りその喜びを噛みしめる。
10年……10年かかったが、帰ってこれたのだ。
コンビニのガラスで自らの姿を確認したがちゃんと転移する当時の姿のまま。ようやく俺の人生を賭けた帰還が、成功した。
「エステラ……ココ……アシュリー……ありがとう」
俺はかつて助けられ、ずっと一緒だった仲間にお礼を言う。
10年も一緒に居た、家族以上の仲間。帰還時も泣いて見送ってくれた、大切な仲間たち。
俺は空を見上げ、雲ひとつ無い夜空に向かって指で銃のポーズを作る。
「…………せめてもの。見ていてくれ」
銃を発射するようにその切っ先を動かすと、小さな光の線が空へと向かって伸びていく。
紙に当てられたレーザーポインタ程の、細くて白い光の線。それがどんどん空へと上昇し、まるで地球から脱出するようにぐんぐんと伸びる。
その光が十分昇ったと見るや、俺は手をギュッと握ると小さな打ち上げ花火のように、その場で弾けた。
弾けた光は四方に分かれ、重力に従って落ちていくと自然に闇に消えていく。
――――それは、仲間への手向けと同時に、俺が未だ魔法の使える身だということを証明していた。
掌を上にして少し念じれば光が集まり、火にも水にもなる。身体こそ昔に戻ったものの、その魔法の力量は全く変わりないようだった。
「…………ってあぶねっ! さっさと帰らないとっ!!」
身体に自らの力が駆け巡っていることを確認すると同時に、現実へと目が覚めた。
こんな小さな公園で光とかずっといじっていたら不審に思われてしまう。そもそも今の身体は高校生だ。下手すれば警察に補導されてしまう。
俺は手に貯めていた光を発散させて公園を飛び出す。
目指すは10年ぶりに帰る我が家。その足取りは、生きてきた中で最も軽やかなものだった――――。
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―――――――
ザワザワと――――。
人々の話し声が聞こえてくる。
その内容まではわからない。聞く気がない。けれどそれぞれ仲間内で話してはしゃいでるということは理解できる。
「はぁ…………」
俺は、帰ってきた翌朝、母さんと父さんの顔を見て泣くのを必死に堪えながら、今の義務である学校へとやってきていた。
今の俺は15歳、高校1年生だ。精神的には25歳くらいでも勉強もしていないしそんな記録などどこにも無いのだから俺は大人しく学校で授業を受けることとした。
ようやく訪れるのは、あの悪夢のような世界で夢にまで見た学校生活――――のハズだった。
けれど、現実はそう甘くない。
学校にたどり着いて最初に思ったのは、その人の多さ。あの世界には魔物もいたしドラゴンだっていた。だから人口というのは自然と膨れすぎないように出来上がっていたのだ。
しかしこの世界はそんな怪物など存在しない。出てくるのは今朝ニュースで見た市街地に現れたらしい熊程度だ。
だから当然、学校には人が多く集まる。俺はその多さとやかましさに初回から嫌になってしまっていた。
そんな想像していなかった辛さの学校もあとホームルームをしておしまいだ。俺は机に大人しく座って最後の予定が終わるのを待つ。
だが、いくら待てどもホームルームが終わるどころか始める気配すらない。
それもそのハズ、このクラスの五月蝿さだ。進行しようにもできないのだろう。
しゃーない、やるか。
1番うるさくしてるのは……あそこか。
俺はクラスの中でも最もうるさくしているグループを見定め、そちらに意識を向ける。
ただ静かにさせるだけだし、簡単なものでいいだろう。
そう適当に見繕ってから手に光を集め、念じ、グループに向かって放射する。
ちょっとした暗示の魔法の応用だ。ただ静かに座るという命令を込めたもの。放射した光が見事グループに当たったらしく、念じたとおり人は動いてくれた。
そうして最もうるさかった場所が静かになったことで波及的に他の者たちも会話を止め、自然と静かな教室が生まれていく。
「じゃ……じゃあっ! ホームルームを始めますっ!!」
初めて、早く終わってくれ。
俺はもう最初から嫌になりかけてる学校から、とりあえず帰りたいんだ。
ホームルームはスンナリ終わってくれた。
特に連絡することも少なく、5分程度で解散となるクラス。
クラス中の人々は号令を皮切りに再度騒がしくなってしまうが、まあいいだろう。耳がつんざくようだが、俺も帰れるんだ。さっさと帰って身体を慣らしていかないと。
「ねぇねぇっ!」
でも、いざあの世界から戻ってきても、何をするとか考えると難しいものだな。この世界には縛りも多くておおっぴらに魔法なんて使えないし、なかなかやるせない。
「ねぇねぇ!!」
それもまぁ、慣れるか。
まずは人の多さに辟易するのをなんとかしないとな……街でも行くかな?
「ねぇっ! 田岡くんっ!!」
「おわっ!!」
とりあえずの予定を決めて席を立とうとしたところで、机を叩いてこちらを見やる人に気がついた。
その少女は怒っているようで眉間に眉が寄っている。
「な……なに……?」
「なに? じゃないよ~!ずっと呼んでるのに無視するんだもんっ!」
そうだったのか?気づかなかった……向こうの世界なら誰か近づいたら5メートル圏内で気づくのにな。こっちは人が多すぎてうまく機能しない。
「すまん。 で、なんだ?」
「んとね……田岡くん、さっきなにやったの?」
「なに……とは?」
その少女……腰まで届く茶色の髪に同色の綺麗な瞳。
背は150ちょっとだろう。小さな体に反して明るい雰囲気を持つ彼女はコテンと首を傾けて俺に問いかけてくる。
「ほら、ホームルーム前のことだよ! なんだかピカーって田岡くんの手が光ったと思ったらそれが飛んで静かになったもんっ!」
「――――っ!!!」
その無邪気な言葉に俺は臨戦態勢を取る。
バレたか!?何故!?
ちゃんと人に知られないように隠したはず。もし隠せていなかったらあのタイミングでもっと大勢がざわつくだろう。
ならばこの少女は……なんだ?同じ魔法使いでも見えないはずなのに……まさか同じ帰還者?
「アンタ……何だ?」
「何って……なにが?」
再度首を傾ける姿は、嘘を付いているようには思えなかった。
騙しているという可能性もあったが、それにしては無警戒すぎる。少なくとも敵……ではない?
「大丈夫……?田岡くん……」
「…………なぁ、これ、見える?」
「わっ! これこれ!この光っ!どうやってるの!?」
もう一度他人にはわからないようにしながら手に光を収束させていくと、それさえも見破って俺の手首を持ち出してくる。
…………間違いない。何故か知らないがこの少女には見えるんだ。隠しても。 だがその身に魔力は感じないから……見えるだけ?
「ね~ぇ~! どうやってやるの~!?」
「…………なぁ、今日ちょっと時間あるか? このことについて俺も聞きたい」
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俺は昨日たどり着いた公園にて、これまでのことを包み隠さず彼女に教えた。
異世界転移のこと、10年向こうにいた事、戻ってきても魔法が使えるままということ。
別に最初から隠すつもりは無い。ただ知れ渡って面倒なことになるのが嫌だっただけだ。
一人程度ならどうにもならないだろう。もし他人に言っても妄言で済む話だ。
「ふぇ~……そんな事があったんだねぇ……凄いねぇ……」
「……信じるのか?」
話した後帰ってきた感想は、感嘆の声だった。
まさか信じれるとは思わなかった。馬鹿げた話だと言って逆上するとも思っていた。
「しんじるよぉ~! だって田岡くん先週と全然雰囲気違うもん」
「よく俺の雰囲気なんて知ってるな」
昔すぎて記憶が曖昧だが、確か俺はほとんど人と話さないボッチだったはず。
女友達はもちろん、男友達すら。
「もちろんっ! だってよく見てたし~!」
「よく……?」
「あっ…………。 ごめんっ!今のナシっ!! 気にしないでっ!!」
「あ、あぁ」
よく見る……よく見る……あぁ、もしかしたら転移する凶兆でも見えてたとか?
「で、お前はなんで見えるんだ?」
「お前じゃないよっ! 美香だよっ!」
「……名字は?」
「山下だけど…………美香って呼ぶこと!!」
「…………美香」
昔の俺ならば女の子の下の名前なんて恥ずかしくていえなかっただろう。
しかし精神年齢が10年も先にいってるならば何も感じない。
「うんっ! 私にもよくわからないんだよね~。隠してるんだよね?どうして見えるんだろう?」
「じゃあ……これまで幽霊とか見えたことは?」
「おばけ!?ホントに居るの!?」
向こうの世界には居た。こっちの世界は……わからん。まだ見たこと無い。
「ってことは見たこと無いようだな」
「ちょっと~! 無視しないでよ~!おばけっているの~!?」
「…………」
俺の肩を掴んでブンブンと動かしてくる美香。
だからわからんというに。
「わからん。だが取り敢えず……特異体質みたいなもんか?」
「えぇ~。 怖いなぁ……今日夜トイレ行けるかなぁ……」
こんなことなら探知とか調べる系の魔法覚えておけばよかった。
俺の担当って戦闘とかが主だったから、そういうのは仲間に任せてたんだよなぁ……。
「とりあえず、さっきまでの話は広めるも留めるも好きにしろ。俺はこれで」
「待ってっ! その……魔法って静かにするために使ったんだよね?」
「ん? あぁ」
少し空いた距離を埋めるように、彼女は一歩俺に近づく。その眉はつり上がって何か思うところがあるようだ。
「もちろんイタズラに傷つけるつもりは無い。さっきは人が多くて滅入っててな」
「それでも、あの光は人を操るんだよね?」
もう一歩、近づく。
「まぁ、そうだな。ニュアンス的には間違ってはな――――」
「ダメッ!もう魔法使っちゃっ!!」
「…………なに?」
最終的に俺の目と鼻の先に立った彼女は、ピッと指を指して説教をするように言葉を発する。
眉は上がり、片手は腰に当て、まるで怒っているようだ。
「なんでも魔法に頼っちゃだめっ!仲良くしなさいっ!!」
「何故だ。実際害も無いし手っ取り早いだろう」
「ダメなのっ!! そんな簡単に人を操っちゃ!みんなに嫌われるよ!!」
嫌われる……?そんなの気にしたことなかった。そんなことを考えていたのか?
「いや、俺は嫌われようがどうだって――――」
「私がダメなのっ!みんなと仲良くしなきゃダメ!」
なんだその理由は。
「あのなぁ……俺はもうみんなと違うんだ。この魔法を手に入れて……その気になったらアンタさえも殺せるようになったんだ。だからもう……」
「じゃあ私を殺してみてよっ!」
「なっ――――!?」
彼女がそう言って差し出したのは、自らの身体だった。
大の字に身体を大きく広げ、俺の前に立ちふさがる。
確かにやろうと思えばできるが、そんなこと実行するだなんて思っちゃいない。俺も黙ってその動向を見守っていると、彼女はフッと笑って手を下ろす。
「ね、田岡くんは殺せない。いっつも見てきたように優しいとこは変わってないよ」
「いや、俺には最初から殺す気なんて……」
「無理なんだ? できないんだ?」
その煽るような視線に俺も一瞬ムッとする。
脅すために手を上げ、光を収束させるもその先は当然できるはずもなく……。
「ムリなんだね。 じゃあこれからも言わせて貰うからねっ!」
「……なにを?」
「魔法使うな~!って!ずっと監視してるから……絶対にやらないことっ!!」
そんな無茶苦茶な……。
でもニッと笑う彼女の笑みを見ていると、ふと俺も自然と笑みが溢れるのであった。
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それから、彼女がつきまとうようになってから、数週間の時が過ぎた。
テストも終わり、もう夏休みは目と鼻の先。俺は監視されているからか魔法を使うこと無く、ただ人の多さに慣れるよう集中していた。
「あ~あっ!もう夏休みかぁ~。 田岡くんが魔法使わないか監視できないなぁ……」
「そんなのどうだって良いだろ……。どうせ嫌われるわけ無いんだし」
俺たちは、放課後になるとあの公園で話すようになっていた。
彼女はベンチに座りながらぷらぷらと足を動かす。
「嫌われなくても怖がられるよっ!そんな危険な力……絶対使っちゃダメっ!」
「そうなってもどうでもいいけどなぁ」
クラスの有象無象なんてどうなろうが知ったこっちゃない。
それがたとえ嫌われようが、怖がられようが。
「でも夏休みは監視できないし…………そうだっ!田岡くん!約束しよっ!」
「約束?」
「そっ! 夏休みに入っても……その後もずっと、魔法は使わず普通の人として過ごすこと!」
「んな無茶苦茶な…………」
わざとらしくため息をつくも、彼女は本気のようだ。そういう目をしている。
「はいっ!指出して!」
「指?」
「指切りげんまんだよ! うん!ゆ~びき~りげんまんっ!」
無理矢理引っ張られた小指を繋がれてされる約束。
相変わらず強引なやつだ。
「よしっ!できた!約束、守ってよ!」
「はいはい」
「それじゃあ、私お母さんに呼ばれてるからもう行くね! また明日!終業式に!」
「ほい~。また~」
俺は適当に返事をしながらボーッと公園から出ようとするを見送る。
けれど彼女は公園の入り口で立ち止まり、それ以降動こうとしなかった。
「…………?」
ここから公園の外は死角になっていて見えない。
けれど彼女は少し首を上に傾けて固まっているようだった。
「アイツ、なにを…………? ―――――っ!! あれは……!!」
立ち上がって様子を伺うと、その正体が判明した。
彼女のすぐ目の前に居るのは、黒くて大きな塊。
2メートル程の高さの、横にも大きなもの…………熊だった。
彼女はずっと俺に手を振ってくれて居たから気づかなかったのだろう。直ぐ側に熊が居ることに。
そうして立ち尽くしている間にも熊はグルルと唸り声を発している。
「美香っ――――!!」
「キャッ……キャーーーー!!」
俺の呼びかけよりも早く、彼女は大きな叫び声を上げると同時にその巨体が動き出した。
右手を大きく振りかぶり、獲物を仕留めようとする動き。
あの動きは向こうの世界で何度も見てきた。相手を殺す瞳。そして食料にする瞳。
そうは……させるかっ…………!!
「まにっあえぇぇぇ…………!!!!」
足に光を収束させ、最大の力で駆け出す。
光を変換するのは風。風に乗った俺の身体は振り下ろすその手に間に合わなかった。
彼女に突進するようにかばった腕にその爪が当たり強烈な痛みが俺の脳内をショートさせる。
俺は彼女ごと地面へと衝突し、無事だった片手をソイツへと向ける。
「喰らえっ…………!!」
掌から放たれる刃にもなる風。
暴風よりも強烈なそれは熊の四肢を裂き、首を裂くことでその身体が倒れていった。
黒い巨体がその場に倒れ、完全に息絶えたことを確認したことで俺も抱いていたその力を緩めていく。
「つぅっ…………!!」
安心すると自覚するのは腕の怪我。
熊に引っかかれたそれは致命的ではないものの血が滴るほどの怪我にはなっていた。
痛い……!が、死ぬほどではない。これくらい、向こうでは何度もしてきた。
「田岡くんっ! 死なないでっ!!」
「いっ――――! 腕……いた……い……!」
「あっ、ごめんなさい! でも……しなないで…………」
「大丈夫……回復できるから…………」
これでも向こうの世界を救ってきた魔法使いだ。
探知の魔法は使えずとも回復は覚えた。仲間の抵抗により使うことのなかった魔法、まさか使う日が来るとは……。
光を患部に集めていくとたちまち消えていく痛み。血もだんだん止まっていってることからきっと治っていってるのだろう。
その様子を見ていた彼女もため息をついてその場に座り込む。
「ほら、治った。大丈夫だろ?」
「……ごめんなさい。 それと、ありがとう」
ぷらぷらとアピールするために揺らした腕を彼女は取り、優しく抱きしめる。
怖かったもんな。熊も、俺も。
「俺も、ごめん。怖かったろ?」
「…………もうしないって約束したのに、すぐに約束破っちゃったね」
約束?
あぁ、さっきのか。たしかに。一瞬で破っちゃったな。
「すまん」
「でも、怖くはなかったよ。嬉しかった。 でも…………」
彼女は抱いていた腕をほどき、フワッとこちらに倒れ込んでくる。
自然と彼女を抱きしめる形になった時に香るのは彼女の柔らかくて優しい香り。
「でも、やっぱりキミからはもう目を離せないや。 これからずっと……一生ね」
そう言って胸元から見上げる瞳は、頬を赤らめつつもこれまでで1番の笑顔だった――――。