サマーカット
冬の間って外出が極端に減る。忙しすぎてみんな遊んでくれないし、上着でトップスが隠れるからあんまりいい服を持っていないことも外出する気力が失せる要因だろう。仕事以外で外に出ないこともあり、髪はボーボーに伸びきって汚らしいことこの上なかった。飲食店に務めていたので働く際は綺麗に縛って出勤した。
息が白くなくなった頃、春の光が暖かく、僕の髪が覆う首元は信じられない暑さとなっていたが、姿形を急に変えることに抵抗があったため、切らないで過ごしていた。そういえば今日の夜、高校の先輩が家に遊びに来るんだっけか。
酒とつまみを用意してボロアパートでゲームしてたら丁度いいタイミングでチャイムが鳴った。ドアを覗くと満面の笑みで高い酒瓶を掲げるベリーショートの先輩がそこに居た。
「お前きったね~頭してんのな!毎年そうなの?」
頭をかく。最近頭が痒い時が多い。上手く洗えてないのかも。
ゲームを中断して酒を呑む。お互い目がとろけてくる。気が付くと先輩が息がかかるぐらいの距離にいた。酒臭い。
「あのなぁお前、これだと絡まって、ヘルニアになっちゃうからよぉ・・・」
僕のこと何かだと勘違いしてるな・・・そういや先輩の家に室内犬が居たような。
先輩の像が揺らぐ。僕の髪を掴み、机の上に頭を載せた。すごく撫でられる。犬だと思われてる。
「夏の前にキレイキレイしましょうねぇ」
先輩は机の上のペン立てからハサミをおもむろに掴む。ザク、ザクと子気味良い音が聞こえる。酒呑んで気分がいいし付き合ってやろう。
前髪が無くなり、僕のおでこが顕になる。自分の周りに広がった髪束を息を吹きかけ散らす。
「こらぁ~動くなっての、うぃ~」
先輩は杯片手に切ってた。微妙に酔いが覚めた。耳を切られるのは嫌だな。僕は先輩と同じぐらいの髪の長さになっていた。耳と項、襟足が全て顕になってる爽やかな髪型。これで終わりかと思ったので頭をあげようと思ったら、短い髪を掴んで机に叩きつけられた。痛い。
「あのさ~サマーカットっていうのはさぁ」
台所に置いてある髭剃りをいつの間にか持っていた。電源を入れて僕の頭に当てる。髪の塊が瞼の上に降り積もる。目を瞑って口を閉ざした。鼻に髪が入り苦しい。
先輩が音を立てて倒れ込んだ。寝たらしい。
僕は自分の頭が見たい。台所の鏡を覗き込む。
虎刈りの無惨な姿の痩せこけた男性が見える。こんな僕を犬のように扱ってた先輩が可愛い。僕は髭剃りに電源を入れ、整えてから寝た。
朝、先輩のビンタ、肩振りで目が覚める。
「ちょ、お前どうしたんだこの頭ァ!?」
「目の前にいるトリマーにやられたんですよぉ」
「なっちょっごめん!長らく実家に帰ってなくて、多分そのせいだ!許してくれ!」
「じゃあ先輩もサマーカットしてくれます?」
「それは無理だ!髪切ってすぐだし」
それからというもの毎年1回だけ散髪するようになった。先輩が僕の髪で犬を作るんだと。
全身に毛が生えてる生き物じゃない分、犬を作るまでに30歳になりそうで、僕は先輩と住める物件を手配するつもりだ。