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最終話 やっぱり恋の病を患う僕たち

「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう、明美(あけみ)


 朝の挨拶を交わす僕たち。今日は、10月25日の月曜日。一昨日(おととい)のデートの後、


「明日は、ちょっと冷却期間置かない?いきなり進みすぎたしさ」


 と僕が提案して、日曜日はお互い普段通りに過ごすことになったのだった。とはいっても、会いたいという気持ちが抑えられるわけもなく、一日中ラインでメッセージのやり取りをしたり、通話をしていたのだけど。バカップルここに極まれり、だ。


「そういえばさ、先週のデートで何かあった?」

「……何かって、何さ」

「お兄ちゃんの雰囲気が違うんだよね。それに、昨日は一日中家に居たし」


 ぎく。一昨日のデートの後、一線を超えてしまった事は、さすがに明美には話していない。それでも、何か感じ取れてしまうのだろうか。


「別に、琴ねえだって自分の時間はあるよ」

「じゃあ、用事でもあったの?」

「……あった、んじゃないかな」


 嘘をつくのは苦手なので、苦しい言い訳で誤魔化す。


「あやしい」

「いや、だから何が怪しいのさ」

「そもそも、やけに帰ってくるのが遅かったんだよね。しちゃった?」


 鋭い。


「……察してくれると助かる」

「やっぱりしちゃったんだ。お兄ちゃんたち、どれだけ早いの?」

「そんな事言われても……」


 僕だって、早すぎるのではという思いはあったけど、お互いしたいと思ったのだから仕方がない。


「付き合うまでに、あれだけじれったい感じだったのに、これほど猛スピードなんて、私は予想外だよ」

「で、結局、何が言いたいの?」

「別に何も。幸せそうだなーってだけ」


 そう言う明美はからかっているような響きはなく、本当にただそう思っているだけのようだった。


「うん。幸せかな」

「一昨日と言ってることが違うんだけど」

「開き直って、楽しむことに決めたから」

「バカップルって言われないように気をつけなよ?」

「もう、諦めてるよ」


 一昨日、あれだけの約束をしたのだ。(こと)ねえの方が止まらないだろう。


「……とまあ、そんなことがあったんだ」


 当然ように家に迎えに来た琴ねえと一緒に登校する道すがら、朝の出来事を話す。


「うう。明美ちゃんにばれちゃったんだ」

「明美は妙なところで鋭いからね」

「私達、バカップル、なのかな」

「どうなんだろ。でも、いいんじゃない?楽しむって決めたんだから」

「それもそうだね。それじゃあ……」


 通学路で、周りには同じ高校の生徒がそれなりに居る前で、目を閉じて唇を突き出してくる。本当に遠慮も何もあったものじゃないけど、でも、そんな琴ねえも可愛くて、愛らしい。


 ちゅっと軽くキスを返して、唇を離す。さすがに、ここでディープキスまでしたらやり過ぎだし。それを見ていた生徒たちがざわざわしているのが聞こえる。


「おっす、空太(くうた)

「ああ、おはよう。慎平(しんぺい)

「なんか、お前と浅田(あさだ)さんが通学路でキスしてたって噂が広がってるんだが……さすがにデマだよな?」

「事実だよ。恥ずかしながら」

「あっさり認めるんだな」

「開き直るって決めたからね」

「そっか。まあ、お幸せにな。でも、せめて、俺の見てないところでやってくれな」

「たぶん、琴ねえが自重しないと思うよ」

「マジかよ。勘弁してくれよ……」


 そう言う慎平に苦笑いだ。


 そして、昼休みまでの間。相変わらず、僕は琴ねえの事をぼーっと考えていた。4日前の始まりから、今までのこと。そして、昔から今までのこと。不思議なもので、開き直ると決めたら、彼女の事をずっと考えていても授業が手につかないということはなくなった。これなら、今度のテストで赤点ということは免れられそうだ。


「くーちゃーん、お昼一緒しよ?」


 お昼になったら、琴ねえが今度は僕の隣まで来た。


「俺は避難するわ。存分に爆発しろ」


 そんな捨て台詞を吐いて慎平は去って行った。


「あの男の子は?」

「慎平って言って、僕の友達」

「そっか。ちょっと悪いことしちゃったかも」

「いいよ。開き直るって決めたんだし」

「でも……」

「いいから、そこ、座りなよ」

 

 さっきまで慎平が座っていた席を勧める。周りはざわざわとしているけど、気にしない気にしない。


「それで、今日もお弁当作ってきたんだけど」

「ありがと」


 また、少し微妙な味なんだろうなと思うけど、それはそれで楽しいやり取りになるだろう。と思ったら、出てきたのは、炊き加減がちょうどいい感じの白米に、ちょうどいい感じに揚げられた唐揚げ。しかし、それだけだ。


「な、なんか急に上達した気がするんだけど」

「とりあえず、お米の炊き方と唐揚げに絞ってみたの。なかなかでしょ?」


 琴ねえはドヤ顔をしている。そりゃ、わずか数日でこうなるのは大したものだけど。


「唐揚げとご飯だけって、いくらなんでも極端過ぎない?」

「だって、他のに手を出す暇がなかったんだもん」

「それなら、他のは冷凍食品にするとかさ」

「あ、その手があった」


 ポンと手を叩く琴ねえ。こんなところはやっぱり抜けていて、いつもの彼女だ。


「それじゃ、あーん」


 早速、唐揚げを箸でつまんで僕の口に運んで来ようとする。僕も、


「あーん」


 素直に口を開けて、唐揚げを受け入れる。んぐんぐ。


「美味しい?」

「うん。美味しい」

「やった!」


 琴ねえはガッツポーズ。そんな様子を見ると微笑ましく思えてくる。そして、周囲はといえば、


水野(みずの)君って、もっと大人しい人と思ってた」

「恋は人を変えるってことかねえ」

「しかし、毎日これやられたらウザくねえ?」

「いいんじゃない?幸せそうだし」

「いやでも、これはちょっとなあ……」


 そんな話で盛り上がっている。


「……みたいだけど、琴ねえは大丈夫?」

「私は大丈夫。そのくらい覚悟してるから。くーちゃんは?」

「僕も。バカップル上等ってね」


 そんな事を言って笑い合う。


 恋の病と人はいうけれど。


 たとえ病でも、楽しみに変えられればいいんじゃないだろうか。

 そう思った、秋の1日だった。

もともと数話予定だったのがだいぶ膨れ上がった話ですが、告白から始まる二人の関係が超高速進展していく様が微笑ましく映ったのなら幸いです。


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