人工の妖精
平穏な日常はあっという間に過ぎてしまう。この一秒、一秒が愛おしく、過ぎ去っていく時は、ある種の焦燥感をも含んでいる。もっと、もっと、思い出、作らなくっちゃ!
そう考えつつも卒業の日はどんどん近づいてきて、私たちの卒業研究を発表する日になってしまった。発表といっても、この世界にパワーポイントやプロジェクターがあるわけでもない。
論文を学園長始め教授陣に配って説明する、というスタイルが主で、リベカも、エドムとジャムもその形式をとっていた。
私たちは、かなり特異な発表形態。実体のある成果を示すというところまで踏み込めていた。学園の蔵書検索を拡張して、人工知能による図書の推薦や内容説明までができる程度に、進化さることに成功していたのだ。
ここに来て、私もミチコも、前世では考えられない直感力を持っているらしいことが分かった。魔法を持つ者、そしてその魔力が大きい者は、自分で言うのもなんだが、天才などという言葉では収まりきらない脳の構造をしているらしい。もっとも、私の場合には、その代償も随分とあるんだけどね。
要は、ニューラルネットワークを魔法プログラミングにより実装し、適切な機械学習をさせる。ディープラーニングできちゃった! 本来、途方もない時間がかかるプロセスを、この数ヶ月で完結してしまっていた、とういうことだ。マンマシンインターフェイスについては、予定通り脳に直接語りかけるようにした。龍王様からもらった指輪の仕組みを解析、改造することでこれを実現しちゃった。まぁ、外せないので、いろいろ問題はあったのだけど。
物理的には、例の魔法の本に施された魔法プログラミングを拡張。これがサーバーと考えればいいだろう。龍王様の指輪はその端末に当たる。私たち用の二セットとともに、学園用にもう一セット。学園用の端末は、図書室に置かれた宝珠という形態だ。
なので、学園長からもらった魔法の本は、再び図書室の「サーバールーム」に設置してもらうよう手配した。
「どうぞ、その珠に触れて、語りかけみてください」
「おおお!」
教授陣からどよめきが起こった。珠に触れると、脳の中に直接映像が出ているはずだ。眼鏡不要のVRと思ってもらえばいいだろう。それぞれの本、サーバー、ごとに人工妖精が一人ずつアサインされている。
こんな世界にいて妖精というものを見たことがなかったので、キャラデザはピータ●パンのテ●ンカー・ベル風にしておいた。透明の羽付きでね。
人工妖精三人には、サラ、セラ、シロという名前を与えた。順に私用、ミチコ用、学園用で、それぞれシルバーブロンド、黒髪、金髪としておいた。私とミチコ用にはさらに付加機能がある。龍王様の指輪の毒検知機能も引き継いで、何かあれば、「喋って」教えてくれるようにもしてある。
「シロ、百合について知りたいのだけど」
「かしこまりましたマスター。ユリ目ユリ科の主としてユリ属の多年草の総称です。もしくは、女性同性愛の象徴的な花として扱われることもあります。前者は世界植物図鑑の第六巻に詳しく記載がありますが、ご説明が必要ですか? 女性同性愛については、もう少し、検索キーワードで絞り込んでください」
という感じだ。魔法のある世界でホムンクルスを創ることは禁忌とさている。だが、この世界にもいるマッドサイエンティストが過去、製作を試みた記録は多数存在する。
ただ、死体を改造したり、人形に人の脳を移植しようとしたり、倫理に悖る違法実験ばかり。このようなアプローチしかできない、という固定観念があったからこその禁忌だったと思われる。
私たちの人工知能側からのアプローチは、魔法界の固定観念をも打ち破る、画期的な研究として、とても好意的に受け止められた。
サラとセラは、学園長から下賜された魔法の本を拡張するもの。オリジナルの機能、本を読むこと、についても、「VR」として実装されている。人工妖精たちは、私たちのこれからの冒険者生活にも、ずいぶん役立つと思われた。
さらに。さらに。この二人の人工妖精には、もう少し悪戯をしておいた。まず、私たちの、そばにいる人全てに「見える」。
そして、小さな小さなPK能力を持たせたのだ。ごく小にしたことで、持てるものの重さは、たかが知れているが、私のように制御不能となることはない。お菓子をテーブルに運んだり、紅茶を入れることくらいならできるということだ。
当日の夕食の時。いつものように学生食堂、お決まりのメニュー。
「凹むなぁ〜 二人の研究、すご過ぎ。学園長から、学園始まって以来の秀作、とか言われてるやん。私の卒論がゴミに見えるわ。そやけど、改めて、お疲れさん」
「ですねぇ〜。でも、サラとセラですか? 僕たちも使わせてもらっていいんですよね?」
「ええ。もちろん、私たちの、そばにいないとダメだけど、いつでも、どうぞ」
「エドムさま、ジャムさま、お茶のお代わりはいかがですか?」
「おおーー、ここまでやるのか!」
サラとセラは分担しながら順番にお茶を「注いで」回った。
そうなのよ。どこかの森にいるとは聞いているのだけど、こんな世界にいながら、一度も遭遇したことがないの。妖精。そう言えば、私たちの成果。「アレなんとか」「OKなんとか」に、似てるようだけど、全然違うからね!
中の人、Amazon Echo持ってます。そ、それがヒントじゃないんだからね。