ルツの覚悟
ということがあったのだが、あとは龍王にお任せするしかないだろう。ま、ひとまず、小休暇かな。戻りの旅は観光気分。花を探したが、砂漠が多く冬季の今はめぼしいものが見つからなかった。陸路と海路。一週間ほどかけて、冬休みが明ける三日前。私たちは学園寮に戻ってきた。
やっと落ち着き、久々にミチコと部屋で午後の「お茶」を楽しんでいた。今日は和風。ミチコの実家から送ってきた抹茶があったので、茶の湯を。彼女がフヨウから大切に運んで来たという茶碗で、薄茶をいただいていた。
ミチコが住んでいた京都、この世界での名はラクヨウの近くにも茶所がある。わざわざ送ってもらって、光の魔導石で保存していたものだ。抹茶が芳しく香りたつ。湯は、南部じゃないけど、鉄の茶釜で沸かしているので、それ自体、微妙な甘さがある。
テーブルに置炉を置いて、椅子に座ってのお手前だが、彼女はさすが、ちゃんと作法を心得ている。正客としての私は、まず、お菓子をいただく。主菓子は準備できないので、干菓子。
鎌倉彫風の木皿から、懐紙にとっていただく。でも、コレは! 紅白の落雁だが、形、それから、和三盆糖と思しき独特の甘味。金沢諸●屋の花うさぎによく似ている。
「お手前頂戴いたします」
右手で手前に二度回し、静かに味わう、飲み干して、逆に二度回し。記憶にある裏千家の作法だが、これで良かったのかな? 茶器を拝見させてもらう。これは驚いた! 曜変天目風。光沢のある漆黒の中に瑠璃色の星のような斑文が浮き立つ。名のある巧の作だろう。ってか、前世なら国宝級じゃん。
ここで亭主と正客のロールを変えるのもありなんだけど。飲むお手前は、なんとなくできても、茶筅を振るのは難しい。ある意味、お作法通り、ミチコはセルフサービスとなった。
いろいろ略式とはいえ、一輪挿しに真紅の侘助は、彼女の拘りだろう。花の名はもちろん、茶銘、お詰め(販売元)、お菓子の御製(製造元)、茶器の銘……作法に則り全部聞いたが、花の名前以外はさすが分からない。でも、こういうのいいなぁ〜。心が落ち着く。
と、ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
「失礼します」
声色から、ああ、ルツか。と思ったのだが、入ってきた人物を見て。アレ?
「どちらさま?」
「いやですねぇ〜。師匠。ルツですよ」
「ちょ。ちょっと。何その格好?」
ああ、なるほど。彼は男性だから肩幅が広い。オフショルダーのワンピをタンクトップと組み合わせることで、体型をカバーしているのだ。長い髪は前髪を切りそろえることで、フェミニンな感じになっている。えっ、お化粧までしてるんだけど?
「貴方、確かに、細身で綺麗だけど、トランスジェンダーだとは知らなかったわ。ま、いいんじゃない。自分を素直に出すってことは」
「いえ。微妙に違うんです。僕。ルナさんが好きです。もちろん、ルナさんにはミチコさんという恋人がいることも承知しています。でも、少しでも、師匠に近づきたくて」
「ちょっ。告白は校舎の裏でするものよ。そもそも。それって何かずれてない? 貴方は自らの性別に違和感を感じているのではないってことよね。ならば、貴方の『女の子になりたい』は目的じゃなくて手段だと」
「ルナ、そこまで厳格に考えなくていいんじゃない? 性的指向も、性自認も、人それぞれ。その人がいいと思えば、それでいいのよ」
あれ? ミチコ。ライバル宣言されたのに余裕? で、こう続けた。
「ああ、でもね。ルツ。そのお化粧はいただけないわ。男性が女装する時のお化粧は、女性のそれとは微妙に違うの。コーチしてあげるから自分の化粧道具持ってきて」
彼が自室に行っている間。
「ねえ。ミチコ。何? そのハイテンション」
「そうか。ルナは違うのか? BLを嫌いな貴腐人はいないわ」
「BLと男の娘は別カテゴリーだと思うけど」
「いいじゃない。いいじゃない。あ、戻ってきた」
「えっとね。男性の顔は細面に見えても、どこか骨っぽい。だからチークを入れる位置が重要なの」
一旦、顔を洗ったルツにミチコはお化粧のコーチをし始めた。
「まずチークを少しずらして、できるだけ顔の中心に色を持ってきて、ハイライト効果でゴツゴツ感をとる。ほら、顔に丸みが出たと思うけど」
水分が不足しがちな男性の顔、特に鼻のあたりをファンデで固める。脱毛は魔法で簡単にできるので、口の周りは大丈夫みたい。こっちの世界は便利よね。
前世では、普通の女性用ファンデやコンシーラーでは、髭剃り跡が青っぽく残るのを完全に消せない。専用のものや、肌の変色や痣を隠す機能にすぐれた、カバ●マークなどを使うことになるのだけど。
アイラインを工夫して、上がりがちな目尻を少し垂れ目にする方が女の子っぽい。アイブロウで眉を丸く眉尻を長めに。ビューラーを使ってまつ毛を上げ、マスカラをするのと、オレンジ系シャドーでグラデーションするのは女子と同じ。
「唇が大事なのよ。どうしても、男性はキリっとなっちゃうから」
リップライナーを使って唇の真ん中に濃い色を。唇に丸みを持たせると女性らしい顔立ちになる。ほんの少しの工夫で、いかにもぉ〜 な感じだった彼が、彼女になってしまった。
「いいんじゃない? ま、剣術教える時も、その格好の方がやりやすいかもね。ところで、キリをつけると言ったのはこのこと?」
「ええ。そのつもりで。そういう宣言でもあったですが……それが、そのぉ〜」
「ですが?」
「女子の親衛隊が増えたばかりか、男子も加わって」
「あはは。まぁ、こんな可愛い子が女の子のはずはない、よねぇ〜」
「宣言と言いましたが、もちろん、無理や無茶は言いません。でも、ルナさんを諦めたわけではなないですから」
「だってよ。ミ・チ・コ」
「受けて立ちましょう」
「ああ、それから、師匠。今度の休みに王都に行って、武器と装備を選びたいのですが、付き合っていただけますか?」
「いいけど。その様子から、装備は可愛いのが?」
「はい! 期待してます」
一瞬、驚いたけど、ミチコの言う通り人それぞれ。それは、恋愛感みたいなものも含めてね。オープンで、真っ直ぐなルツの好意は、心地いいと思ってる。残念ながら恋人になってはあげられないけどね。
でね。一般にお茶といえば静岡。だけど、抹茶に関しては京都・宇治茶が全国生産量一位なの。狭山茶、知覧茶なんてのもあるわね。それぞれ、個性があるから日本に生まれたことに感謝して、楽しむといいわ。それから、和菓子だけど、京都だけじゃなくて、かつて城下町だった伝統とか、全国に銘菓があるから、是非、探してみて。紅白の干菓子なら二人静なんてのも有名よね。
なんと、20%増量。すいません。後半ですが、前作で好評?だったお化粧編。中の人的には、細かい拘りで書いてるだけで、なぜウケたのかは不明です。今回は変化球、男の娘のお化粧。ちゃんと、リアリティーに配慮してます!




