ジャンとの勝負
前夜のことは、若い勢いだったのだが、翌朝、私を後悔させることになった。戦闘の疲れと寝不足。「うーーん。@十分」。朝は遅めまで寝ていたが、疲労が取れることはなく、ジャンと約束した練習試合に臨むことになってしまった。
朝食後のまだ暑くなる前の時間を選んだのも彼の配慮だろうか。宿の前庭で二人は対峙した。まだ、頭が起きていない。ボーッとするが、何とかジャンには悟られていないと思う。
獲物は彼が準備してくれていた木刀。私はひとまず普通に青眼に構えた。彼は、おお、二刀流。日本の武士の構えを考えると、利き手に長刀、反対側は脇差というのが普通だ。宮本武蔵はその肖像画から右利きだったのだろう。
だが、彼の両手には同じ長さの木刀が二振り。力を抜き下段に構えている。
「私の加速の技は知っているわよね。使うと尋常な勝負にならないから、封印しておくわ」
「いえ。むしろ、使っていただきたいのです。その技を知りたい」
「うーーん。分かったわ。じゃぁ」
加速の技を使った私との試合で、彼に勝機があるとも思えないのだが。何か不審なものを感じながら、私は加速状態に入った。一瞬で勝負がついた、と、思った。
だが、私はとても迂闊だった。寝不足は言い訳にならない。情けない。ミチコに天然を指摘されるだけはある。自らが強過ぎるという意識による過信もあるだろう。彼がヤツの兄であるという認識が飛んでいた。
そう。私の切ったのは幻影。一瞬、動揺したが、後ろだろう。私は振り返ろうとしたのだが。コツン? ジャンは軽く私の頭を木刀で叩いた。アレ?
「やはり」
彼のしたり顔が悔しい。どうしたことか、幻影を切った瞬間、私は無意識に加速の技を解いてしまっていたようだ。
「こ、これが、貴方が予期し、私に警告しようとしてくれたこと?」
「ええ。その通りです。貴女のエルフの守りについては、存じ上げております。ですが、あれは魔法への対抗。万能ではありません。この木刀でも力一杯頭を叩けば、あなたを誅することも可能です。魔法とは無縁の単純な武器を携行させた暗殺者が、貴女を狙うやもしれません」
考えてみると幼い頃にあったディアボロスの加護は、私の魔法の発現とともに消えているようだ。魔法があれば大丈夫と判断したのか、あの悪魔も抜けたところがあるのだろう。
いや、違う。ヤツはそんなに甘くはない。何らかの意図があって私に弱点を作ったに違いない。
そして、人類にとっては命、存亡がかかるようなことでも、悪魔にはゲームみたいな些事に過ぎない。そう。ヤツにとっては「縛りプレイ」でもしてみるか? くらいの軽い気持ちから、気が変わったと考えておくべきだ。
そう考えていくと、ミチコとの出会いすら仕組まれたことかもしれない。手の内で踊らされている感は、とても不愉快だ。だけど。ちくしょう! もし、これがゲームなら、何としても正しい選択肢を選び続けて、数万分の一の確率でしかないであろう、トゥルーエンドにたどり着いてやる!
海辺の街で繰り広げられる著名な泣きゲーのように、トゥルーエンドが、決して大円団、ハッピーエンドとは限らぬということも知りつつだが。理屈は分かった。でも。
「リスクはその発生確率とセットで考えるべきもの。そうでないと、空が落ちてくることまで、心配しなければいけないわ」
「まぁ、まぁ、貴女はそれだけ大切な人物だということです」
「お世辞はいらない。そもそも、この企みはギルドマスターかしら?」
虚をつかれて負けたこともある。この日の私は、とても機嫌が悪かった。
「そうです。今回のミッションはギルドマスターからの指示です。あなた方の実力を測るという、上から目線な目的もありますが、どうかお許しを。ですが、彼の指示の本当の目的は、ルナさんの弱点を見出し、それに対する対策を私と話し合うこと」
「ご配慮痛み入ります。とも、言いづらい感じね。私の身を案じたというより、事故で私に死んでもらっては彼が困るからってことでしょ?」
「ああ。まぁ、大人の理屈があることは否定しませんが、ギルドマスターは、貴女のことをたいそう気に入っているのですよ。とても理発で、心根も優しい。我が娘のようだと常々仰っております」
「で、なぜ、私に弱点があると思ったの?」
「最強の戦士は、その力が強ければ強いほど、思いもかけない弱点があるものです」
「ギリシャ神話のアキレウス? あの神話は、彼のお母さんのミスでもあるのだけど」
「ほう。貴女の前世にも同じような物語があるのですね。我が息子を不死身にしようと、母が冥府の川に浸したが、つかんでいた踵だけが生身のままだった」
ジャンは続けた。
「貴女はフヨウのことに、お詳しいと聞いています。心技体という言葉もご存知ですよね?」
「ええ。知っているわ。まったく。冒険者ギルドのエージェントってスパイか何か?」
私の皮肉を無視して彼は続けた。
「魔力の強さは別格として、貴女は技も、超一流。体の方は、まぁ、頑張ってトレーニングしていただくしかないでしょう。ですが、心についての自覚が足りません」
確かに、私のパーソナリティを考えると、心が弱い、感情の起伏が激しい、すぐに動揺する。そのことについての自認はあったが、戦闘にもこの弱さが影響を与えるという点は、自覚していなかったかもしれない。
この日の私は、前夜の幸福感(うっ恥ずい)からの落差で、機嫌が悪かった。まぁ、単純に体調悪かったのもあるけど。でも、冷静に考えれば、使命を果たし、悪魔とのゲームに勝利するためには、簡単に死ぬ訳にはいかない。というか、死そのものより、ミチコと会えなくなることの方が、百倍怖ろしい。
えと。「海辺の街で繰り広げられる著名な泣きゲー」って長い説明ですが、お分かりでしょうか? Keyの名作「AIR」です。アニメしか観てないのですが、好きで、時々ネタにしています。悲しい結末なので、アニメでは敢えてバッドエンドで締めたのかな? と思ったのですが、違うようです。「もうゴールしてもいいよね?」がトゥルーエンドだそうです。
友人のKey好きとも同作品が一番と意見がまとまったのですが、彼によると「一般人」には「Angel Beats!」「Little Busters!」あたりのアニメを勧めるとのこと。何となく分かる気がします。




