熱の病
前世のネトゲの記憶が蘇ってきた。バトルフィールドで、最初に敵を寝かせる役目はとても重要だ。失敗するとそのバトルの負けがほぼ確定してしまう。何日も準備してきて、これをやらかすと、ちょっと笑えない。ゲームは遊びじゃない! って叱られそうだ。
前世と統合したものの、私のパーソナリティの大半は現世で確立したもので、前世の記憶に纏わる夢を見ることは、ほぼない。だが、コレだけ、この夢だけは悪夢として、時々見る。大失敗して、パーティメンバーに罵声を浴びる夢。なので、緊張する。
RPGなら、敵の視覚、聴覚、嗅覚感知外で魔法の届くキリギリという距離感がとてもシビアなのだが、こちらはそれほどでもない。ガーディアンは魔法の詠唱を感知する能力がとても高い。
RPGでいうところの魔法感知だが、無詠唱、無意識に行使される魔法には気づかず、あくまで、その詠唱に反応する。なので、自分が寝かせたい場所の近くで、魔法の詠唱を始めればよい。
私は、広場の上で、まず、建造物の屋根に向かってドルミを唱える。これはフェイク、わざと動いて詠唱をキャンセルする。ガーディアンが私目指して飛んでくるのが見える。この数。ヒッチコックの映画みたいで怖いかも。
可能な限り引きつけて。でも攻撃を受けて詠唱中断しないくらいの距離を見計らって。
ドルミ! やった! 決まった。
だが、群れから遅れた百羽ほどは寝なかった。すかさず、逃げて距離をとる。この間、約二十秒。引き離して剣で攻撃を開始する。リベカがすかさず支援してくれた。私が攻撃をかけ始めてからの間合いが絶妙だ。
自分へのタゲが来ないよう、神技のヘイトコントロールといえる。百羽が誘爆する。この程度の数でも、とんでもない爆発力だ。エルフの守りがなければ即死だろう。これで計四十五秒。
急いで戻る。計五十秒。五秒をカウントしてからのドルミドゥ上書き。完璧だ。ガーディアンは、あと、九十秒は寝たままのはずだ。私は少し安堵して、上空への退避を開始する。
ミチコ、エドム、ジャムが坑道から出てきた。五十秒ほどで定位置に到着している。計算通りだ。兄弟が詠唱を始めると同時にミチコが魔法障壁を張る。残り十秒で、強力な火炎放射が、ガーディアンの群れを薙ぎ払った。
よっしゃぁぁ!!! 大成功だ!! 誘爆する!
ズン!!!
お腹に響くような低い轟音とともに、ガーディアン約一万羽は、直径二十メートルほどの火の玉と化した。上空高くに退避していても、熱さを感じる。とんでもない熱量だ。小型の核兵器と表現した方がよいだろう。火球は爆風を伴い、地面を打つ。爆風は地面にクレーターを穿ち粉塵はキノコ雲を吹き上げた。
ミチコと三人は物理障壁も張った上で直撃を免れる絶妙の位置取りだ。粉塵が収まると、広場に五人の姿が見えた。私に向かって手を振っている。みんな無事だ。よかった。ほっとした。
だけど、今日は暑い。暑いなぁ〜。アレ? どうしたの私? 今まで見えていた青空が視界から消えた。なんだか、意識が遠ざかって行くように感じる。えっ? 落ちてる? えっ?
ええええええええ!!!!
シャーン。鈴の音がした。後から教えてもらったが、ミチコが落下する私を見て、咄嗟の判断で物理障壁を張り、クッションにしてくれたようだ。
後に冷静になって思い当たったが、私のこれは熱中症だ。そもそも、エルフである私は汗をかくことができない。無汗症と同じということで、こんな暑い日に炎天下にいると、体温が急上昇してしまい、それを下げる術がない。
この世界で熱中症は、実はやっかいな病気だ。治癒魔法は傷でもなんでも、体を元の状態に戻すという魔法だ。外傷については、切断された腕を修復できるくらいに有用だが、この種の病気への対応は難しい。だからミチコは救急セットをいつもポシェットに入れている。
今、氷魔法がこもったドロップを私の口に入れてくれた。だが、意識が朦朧とする私は、これを嚥下できなかったようだ。何か冷たいものが、口移しで来た。
「ふぃとまへで、フィスとか、はふかしいから」
「何を惚けているの! しっかりしなさい! 飲み込まないと死んじゃうわよ」
ああ、そうか? ゴクリ、私は、ミチコのヨダレとともに、その薬を飲み込んだ。ちょっと酸っぱい。
ちなみに、低体温症用には火魔法のドロップ。寄生虫、リケッチア、クラミジア、ファイトプラズマなどには光魔法の浄化ドロップ。なのだが、生物としての要件を満たしていないウイルスは光魔法では「浄化」できない。闇属性魔法の特殊なドロップで「破壊」するしかない。
この闇属性ドロップはどんなウイルスにも有効という、まさに魔法の薬だが、とても高価だし、リレンザやタミフルのように初期症状にはよく効くが、肺炎を併発してしまったような重篤な症状には対処できない。この世界でもウイルスはかなり怖い存在だ。
とはいえ、魔法の薬の効果は絶大だ。熱中症の際、体に入れる点滴などと比べても、遥かにその治癒能力は高い。坑道の涼しいところで、五分も横になっていたら、もう立ち上がれるくらいに回復した。
要は、魔法、魔法の薬の治癒というのは「一瞬」ということだ。
全く迂闊だったわ。「お肌のことばっか気にしてんじゃねぇよ!」と自分を叱りたい。前世のネトゲの記憶が、蘇ったのが、いけなかったかもしれない。成功して油断したわ。
FFだと赤魔道士でしょうか。複数の敵がいるバトルフィールドで、まとめて相手すると強すぎるので、寝かせて一体ずつ片付けるというようなもの。
あと、治癒魔法などで病気、ましてや、熱中症が治るのは、なんだか違う気がしたので、こういう感じにしてみました。




