異世界の文化
話を戻すわ。私が「消せる」ものは球体をイメージした範囲に含まれる物体ということ。丸い物、これが心臓だったら? 生き物を殺すのはかなり気が引けるが、近くの小川の魚に犠牲になってもらうことにした。幼いころ父と行った釣りスポット。自宅から白樺の林を少し歩いたところにある清流だ。今は、初夏、雪に閉ざされた長い冬が終わり、泥濘む春が過ぎ、一番よい季節だ。
ちなみにこの世界は惑星として前世の地球そのもの。地球の「パラレルワールド」に近い異世界なのだろう。一日は二十四時間で、一年は三百六十五日。大陸の形も全く同じらしい。
唯一、地球と大きく違うのが魔法の存在だ。魔法は人や動物の進化に干渉し、亜人、魔族、魔物といった地球には存在しない生物を生んだ。別の見方をすると、この世界の生物は地球と同様の進化を遂げたが、魔法があることで特殊な突然変異、すなわち進化の枝葉が余分にできたと解釈すればいいだろう。
当然、文明の発展形態についても地球とは違う。今のこの世界は、外形的には地球の中世風に見える。町並み、食生活など人々の生活様式は、地球の中世そのものに近い。
だが、これは「文明発展形態が違うのに似ている」と考えれば、奇異なことだ。魔法は人々の生活に不可欠なもので、強い影響を与えもしているが、見た目が地球そのものということだ。何者かが意図しRPG風の剣と魔法の世界が創られたのか? それとも単に「パラレルワールド」だからなのか。
さらに不思議なことに。いや。いや。やはり「パラレルワールド」とはこういうもの? もう。訳わかんないから、ひとまず原因の考察は置いておくわ。
使われている言語は、ほぼ英語なのだ。シェイクスピア時代の古めかしい古語も含まれるが、何と世界共通だ。どうやらこの世界の人たちは、バベルの塔を建てなかったらしい。
え? バベルの塔の意味ですって? もう、世話が焼けるなぁ〜。前世でいう旧約聖書「創世記」のお話。「人族が天に届く塔を作ろうとして、神の怒りを買い、神が塔を壊した」って思ってるでしょ? でもね。創世記には、神が壊したとまでは書かれてないのよね。
それより「人族は一つの民で同じ言葉を話している。これが彼らの過ちの始まりだ。我々は彼らの言葉を乱そう。彼らが互いに言葉を理解できなくなるように」って、神様が意地悪をした、とされているわ。人族は混乱、塔建設をやめ、世界各地へ散らばっていった。
言葉の無理解は意思の疎通がうまくいかないってこと。これが大きな戦争の要因のひとつ、という解釈もあるわね。この世界が、前世に比べて、戦争が少ないのは、言語統一されているという点もあるのかもしれないわ。
ということもあり、動植物は地球と共通のものも多い。この季節には、桜、ライラック、花が一斉に開花する。芳しい花の香りを嗅ぎながら、ナラ、ニレの林を抜けていくと、懐かしい釣りスポットに到着した。
私は川面から見えるヤマメに魔力を込めた。意味はないのだが、右手をギュッと握り締める。可哀想な第一の犠牲者は吐血し大きく口を開け、腹を上にして浮き上がった。ダミーで釣竿を持って行ったので、家族に怪しまれることはないだろう。玉網ですくい、夕食用のヤマメをビクに数匹入れ、私は家路についた。
この技についての検証結果は、すぐマリアに話した方がいいだろう。この際だ、私の前世も話してしまおう。前世の物質文明は、この世界に人には世迷言に映るだろう。秘匿すべきものでもないのだろうが、私が夢物語、妄想を語っていると思われたくはない。
だが、彼女なら何を聞いても、私の気が振れたと解釈することはないだろう。さらに、いずれ父、恐らくこれを聞いて動揺しない唯一の家族だろう、にも話しておいた方がいいだろう。彼は辺境伯であると同時に、魔法学の学者でもある。私の魔法が闇属性であることも、彼が開発した測定器で明らかにしてくれた。
素早く動けることや空を飛べることは既に父も知ってはいるが、「風属性」だとでも嘘をついた方が無難だ、というアドバイスをくれている。当然だ。闇属性魔法を持つ人族や亜人は、本来いないはず。魔族のみに許された不吉な属性とされているのだから。
さらに父は、護身用として、魔法剣、レイピアといった方がいいだろうか、を私に与えてくれた。細身の剣だがフルーレではなく片刃だ。フルール・ド・リスを象った凝った装飾が施され、私のイメージカラーであるエメラルドが埋め込まれている柄には、サーベル風の枠状の護拳がある。とても美しい剣だ。
前世の記憶から、私はその剣にオベロンという名を与えた。シェイクスピア「夏の夜の夢」に登場する妖精王の名だ。
貴族の娘として幼いころから剣技は学んでいる。この剣には呪文が施されており、魔力を込めて使う。込める魔法の力が強いほど硬度の高い物が切れるのだが、私の魔力は桁違い。本来は突くための剣で、ダイヤモンドを両断することさえ可能だ。
当然だが、人の体など豆腐を切るに等しい。素早さをアップする加速の技と合わせると。護身どころの話しではない。この世界で私を凌駕する剣士など存在しないというレベルだ。これだけで、既に私は、歩く凶器だ。
前から? うん? 前って何? ネタ元が分からない場合が多いらしいの。だから、私、ルナ本人が教えて上げることにしたわ。感謝しなさいよね。
ということで、バベルの塔はルナが説明してくれました。中の人的には、後書きで説明するよりいいのかなぁ〜 と思って。今後もできるものはこの方式で説明します。
さてさて内容ですが、剣と魔法の世界から、現代文明を見たら? それを語る人に対して「頭おかしいんじゃない?」という反応が来るのでは? みたいな。
でも、ルナはマリアは大丈夫と思っているわけで、ちゃんと信頼関係のある人同士なら、何を言っても問題ないとことは知っている。さらに、彼女はこの国の価値観に囚われ過ぎな面も。これから、ルナは、いろいろな人と出会い、家族に対しても微妙な想いを抱いていた心を、少しずつ少しずつ開いて、気にし過ぎだと気付いて行く……という流れかなぁ〜
あと、この世界は、全くの別世界ではなくて、地球に似た異世界です。魔法があるので異なる点も多いけれど、言葉は英語で、度量衡はメートル法だったり。「異世界」の小説や歌が入り込んでいたり。転生者がいて「パラレルワールド」だから、そうなっているという世界観です。ひとまず。今後、まだいろいろあります。
で、例によって。ルナは最凶魔法を持っていますが、使い勝手が今一つなので、メイウエポンは剣ということになりそうです。