ミチコへの気遣い
競技会は本当に疲れた。シャワーを浴びて早々に横になる。
「ねえ。ルナ。最近、貴女、キャラが変わったのか? と思えるくらい明るくなった。とても、いいことだとは、思うのだけど」
「どうしたの? ミチコらしくない、中途半端な物言い」
「無理してない?」
「ああ、それは。私は今まで友達もいなかった。だから、人に気を遣うということもしてこなかった。気遣いという、くだらないアビリティを獲得したのか? って意味かな」
「ルナらしい言い方。そういう見方もあるかな。でも、この世界で起きつつあること、私たちの将来、不安要素は枚挙に遑がないわ。実は私自身が不安なだけかもしれない。怖いの、貴女が、どこか遠くへ行っちゃいそうで」
「ミチコも、そういう弱いところあるんだ。私、貴女に甘えるばっかりで、気付いてあげられなかった気もする。ま、当たり前か。人は弱いというのがデフォだもんね。ホントに心の強い人なんて存在しない」
「虚勢を張って生きてるのは私も同じということか。なんだか、つまらないことを言ったわ。空は青いということを、わざわざ聞いただけ、みたいな」
「それは。そうかもだけど、私たちが、弱みを語り合える関係になっているという事実は、歓迎すべきことではないかしら? 今夜は私が」
体格的に難しいのだが、ミチコを抱きしめるようにして、その夜、二人眠りに落ちた。
再び、学園生活の日常が続く。競技大会が終わって、月も変わったある日、私たちが育てた白百合の花が、開いていた。カサブランカのように強くはなく、ほどよい芳香が部屋に満ちていた。今日はお休み。
「ねえ。この花が咲いたということは、あそこも見頃になってるっこと、じゃないかしら? 久々に二人でピクニック、行きましょ?」
と、ミチコに声をかけてみた。
「そうね。じゃぁ。ライスボールを握るわ」
「シャケと鰹節で」
「もぅ、お魚ばっかり」
「だって、プラムはちょっとぉ」
前世で梅干し、嫌いではなかったハズなのだが、転生すれば、味覚も変わるということのなのかもしれない。おにぎりと、無糖紅茶を持って二人は歩いて森に向かった。馬で行こうとミチコが言ったのだが、少しでも体を鍛えたいからと歩きをお願いした。
「あのね。競技会の日、ミチコの晴れ姿、見てて、思ったのだけど、私も体術を学ぼうかなぁ〜って。闇属性魔法、夏休みまでにマスターできそうだし、それが終わったら、体力作りかな?」
「怪我をされても困るけど、確かに、体を鍛えるということなら、ルナにとって、いいことかもね」
「骨折くらいなら治癒魔法ですぐ治るし。ミチコのスタイルは無理だけど、前世の記憶から思い出した、ボクシングなら、できる気がする。素早さだけは人一倍だから」
前世もことを知った日から、ミチコは、私のいた世界が、フヨウの未来かもしれないということに気づき、少し興味を持ったようだ。いろいろ聞いてきたり、かなり勉強もしている。
「ああ、なるほど。でも、二年間って短いわね。もう、卒業論文も考え出さないといけない時期だし」
「一緒にやろうか? 前世の記憶との融合で、面白いテーマが二つ。一つは人工知能。もう一つは電力による魔力の代替手段。卒論は前者なんだけど。ほら。魔法の本をもらったでしょ? あれの応用で、ひとまず、図書館の本を機械学習させて……」
「ちょっと待って。さすがに、前世の記憶と混ぜて話されると、よく分からないわ。一緒にやることは是非にと思うけど、詳しくは少しずつレクチャーしてくれるかな?」
「ああ、ごめんなさい。そうよね。ミチコって、前世で私がいた国と同じ場所の生まれということになる。だから、なんとなく、前世の記憶を全て共有している気になって。勉強してくれてるみたいだけど、さすがに人工知能といきなり言われても無理よね。今度、ゆっくり解説するわ。ちなみに、後者も詳しくは後日だけど、コレは私がここに転生した意味そのものかもしれない」
「前にもちらっと聞いたわ。物質文明をこちらに持ち込む?」
「うん。だから、全てが終わり、私が生き残れたら研究する。冒険者から研究者になるのも、悪くないなぁ〜って最近思う」
このことは、多分、悪魔が意図したことではない。彼の構想外だろう。であるが故に、やるべきこと、なのだと思う。生き残れたらだけど……。
「そちらも、もちろん、協力するわ。まず、貴女を生き残らせるところから」
言葉の端々、ミチコは鋭い。それだけ、二人の関係が深くなったということかもしれないが。
「ありがとう」
私たちは森に到着し、グランドシートを敷いて座った。予想通り、白百合の群生は、今、満開だった。これだけの数が小さな湖のそばの森の中で咲いているというのは、何か非現実的な風景にも見える。どこか、魔法の香りも漂ってきそうだ。
「だんだん、明るくなってきたルナを見ると、とっても嬉しい。だからこそ、不安もあるのだけど」
「だめ、そういうことは、お部屋で」
ミチコのキスの仕方や抱きしめ方がいつもより激しいと感じた。最近、彼女にキスされると目に見えて体がフニャる。全身の力を吸われるみたいに。このことは、私が彼女をもっと深く受け入れる準備が整った証左なのではないか?
だけど、表で、はイヤ。キスを交わした後は、私たちは普通にお弁当を食べて、四方山話をしながら、また、学園に戻った。もちろん、手を恋人つなぎにして。
前世で観たあるロボットアニメ。主人公はロボットのパイロットなることを恐れ、嫌がる……というもの。素晴らしいリアリティーだと思った。だって戦うのよ。死ぬかもしれない。能天気に「みんなを守る!」みたいな人、普通はいない。
どんなに凄い力を与えられていようとも「普通に」不安だわ。転生というものがあることを知り、死への恐怖はあまりないけれど、ミチコに会えなくなってしまうかも? と考えると、心が大きく揺れる。でも、ここまで、ミチコのことを想うって。ああ、そうか。そうなんだ。
競技会が終わり、夏休み。観光? と思いきや、プレ冒険者イベント? は、明日からです!




