剣術の競技
そして午後。剣術の競技が行われる。実は辞退する予定だったのだが、数日前、学園長から呼び出しがあり、出場を依頼されていた。
「ルナさん。競技大会の剣術に是非、参加してほしいのです」
「え? うーーん。あれは、出場してしまうと他の方の迷惑になるかと」
「決勝で、どうしても相手してほしい相手がいまして。例のジェディー君です」
「え?? どういうことですか?」
「彼は貴女が思っているほど、馬鹿者でもありません。あれでもゲニスブルク家の跡取り。いずれは、ロウムを治めてもらわねばならぬ人。実は、彼の兄が放蕩を重ねた上に家を出てしまい、家督を弟の彼が継ぐことになったのです。いろいろな家族との軋轢があったと聞きますし、プレッシャーなのでしょう。だんだん性格が曲がってしまって、あのように。ですが、これは本当のことですよ。貴女に負けて以来、彼は深く反省しております。根はまともな子なのです」
「大人の事情とやら。私には計りかねますが、彼も被害者であったという点は理解しました。ですが、あの所業、今でも許してはおりません」
「それも分かっております。ですが、これも大人の事情。彼にはちゃんとロウムを治めてもらわねば、困るのです。この国のために。お話した通り、彼の所業は不問としております。ですが、このまま、何もなかったとして彼を実家に帰すわけにもいきません。ですので、彼の罪への罰として、一つミッションを与えました」
「罰? なんのことでしょう?」
「競技大会で、見事、貴女に勝って見せよと」
「えっ、では、明日、私にわざと負けよと?」
「いいえ。そうは申しません。勝て、と彼に言いましたが、勝てるなどと思っておりません。ですが、彼はあれ以来、悪夢に怯える日々。貴女の顔を見るだけでも震え上がる状態なのに、対戦せよというだけでも、相当の覚悟が必要なハズです。それを乗り越えるのなら許してやってもいいだろうと」
「今、失礼ながら、学園長に対して『甘い』と思いました。ですが、私も。許さぬと言うのなら、あの場で、彼を殺すという選択もできたはず。それをしなかったのは私も甘い。つまらぬ大人同士ということですね。国のためという『大義』理解しました。私はいつまでも綺麗なまま、童心のまま生きられぬのでしょう」
「ルナさん。頼んでおいて、真逆のことを申し上げるようですが、あまり、無理をなさらないように。貴女は聡すぎる」
全く! 大人というのはみんなコレだ。腹に一物というヤツだ。学園長は悪い人ではないのは分かる。しかし、政治という汚い世界に手を染めると抜けることができないということなのだろう。
あのような非道をしても、領主の子は領主になってもらわねば困るらしい。適当な理由をつけて、許され、更生したという儀式が必要なのだろう。その理屈立てが私ということだ。いろいろあっても、悔い改めればOK?
確かに、人は罪を犯すこともある。一度の罪で、その人が全否定されるというのも、どうか? とは思う。引っかかっているのは彼が領主の息子、特権を持つ人間だからだろう。そう、これは、お国のため? 国って、国家って何?
ということがあったので、全然、気乗りはしないのだが、剣術の部の午後になってしまった。競技場は体術と同じ会場ということになる。
剣術のルールは簡単。剣道とほぼ同じだ。木刀が相手を切ったり突いたりしたら勝ち。ちなみに小手の決まり手はないが、手足を「斬られ」ても勝負ありとなる。
体術と同様に強化魔法をかけて、負傷防止は行った上での競技だ。これ以外の魔法については、体術も剣術も基本は禁止ルールがある。当然だ。体術、剣術の試合中に攻撃魔法を撃ってしまっては、何のための競技なのか分からなくなってしまう。
だが、ここは魔法学園。攻撃、弱体以外の魔法。自己強化型などについては、申請の上、使用が許可される。私のように体力のないものが、加速魔法でこれを補うという点については、この世界の理に即した当然の行いと見做されているからだ。
しかし、私の加速は効果がチート過ぎる。使ってしまっては、到底、公正な勝負にはならない。加速の技については、自ら使用禁止として申請しておいた。
参加者は十五人だったので、私をシードにしてもらった。ジェディーとは決勝で当たることになるが、八百長はなしらしいので、彼、決勝まで勝ち上がれるのだろうか?
この間のスク水以来、私はウケ狙いの服装。今日は体操服だ! 丸首のところに赤のラインのあるTシャツ。胸には四角い布にLUNAと自作の名札を付けてみた。
下は、もちろん。現在の日本では絶滅危惧種となった紺色で肌に張り付くアレだ。一般にアレはお尻のお肉がはみ出てしまい、とても恥ずかしい後ろ姿を晒すことになるが、私にははみ出るべきお肉がない。足元は白のハイソと上履きでコーデしてみた。頭? ポニテにして、赤の鉢巻。徹底してるでしょ?
コレでオタクの視線を釘付けよぉ! と思ったのだが、全然、声援がない。え? そうかなぁ〜。前世の記憶が元であることは確かなのだけど、やっぱり、声援受けたいなぁ〜って。私なりに人に媚びるのも悪くないなって思ってね。ねぇ、君たち、イスラム教じゃないんだから、偶像を愛でろよぉ〜。
シーーーン;; ケッ! チッ!
うーーん。まぁ、私、強すぎるからかなぁ〜。二回戦、三回戦とも瞬殺してしまったし。
本当はね。私の性格は明るいと思う。だけど、それを表に出せなかっただけ。みんなの存在が私を変えた、というより、ホントの私を許してくれた、みたいな。
ああ、この世界のオタクドモは、ミチコみたいな子がいいんだろうけど、読者諸氏、私を愛でると御利益あるわよ。で、少し真面目モード。
この世界は、魔法があることで生活が安定しているという点が大きいだろう。前世のような酷い悪人はいない、善人が多い。そのことが、こんなに素晴らしい仲間に会えた遠因であるとも思っているわ。
だけど、あのような所業に及んだ人間を何とか更生させ、既定路線に戻すという発想には、少々着いていけない。今に満足しているから善人なのだろう。そして、その日常を続けたいと思う、事なかれ主義に陥っている。
このことは、後々、世界の危機対応への決断が遅れ、結果として大きな人的犠牲を生むことになのだけれど。
・・・と、ルナが言っています。人命までとなると大層ですが、思い切ったリストラを躊躇って、結局、会社が倒産。社員全員を路頭に迷わせるなんて、ありそうなことです。




