柔術の技
ミチコがこの競技を実は得意だという理由は、彼女の華麗な体捌きでよくわかった。柔術の応用だ。彼女のいたフヨウの歴史を日本に当てはめると戦国時代、既に柔術は古武道の羽手として存在していたはずだ。ということもあるのだろう、髪をポニテにまとめた彼女は着物の上着に袴という、合気道のような出立だ。
ヘラクレス君は、ミチコを甘く見ていたのだろう。作戦も考えず殴りかかる。ああ、彼女の思う壺だ。華麗に一撃を躱したと思ったら、伸びきった腕を取り、足をかけての体落とし。相手の勢いを上手く利用している。百キロはあろうかと思われる巨漢が宙を舞う。対戦者は何が起こったのかも分からず、床に伸びていた。
可憐な女の子が大男を投げ飛ばしたのだ。観客から割れんばかりの拍手と歓声が上がる。会場は、トップアイドルのコンサートと化した。ミチコ、結構、ウケ狙いじゃん。
二回戦の相手は、女性だったが、体格的にはミチコを大きく上回っている。彼女は一回戦を見ていていたのだろう。殴りかからず、組み手を選んだようだ。だが、これも、ミチコの技を考えれば下策だったと思う。柔術の技はこちらの人には馴染みがないということだ。
全く警戒していなかった足を刈られた。柔道なら小内刈りにあたる。狐につままれたような表情を浮かべて相手は尻餅をついていた。倒れた相手が立ち上がるのに手を貸す。ミチコは何気ない所作にも礼節を心得ている。
三回戦。今度は男性だが、あまり大きくない。フライ級ボクサーのような男だ。動きが俊敏だから、このタイプは、ミチコ、不得意だろう。距離をとりながら殴り合いに持ち込みたいようだった。彼女は応じる振りをしたが、これはフェイント。
驚いたのは彼女の素早さが、相手を凌駕したことだ。相手の右ストレートへのカウンター、ではなかった、パンチした右腕を躱し、体を入れ替え右肩を抱えるようにして背負い、投げる。えええええ!
ドッカーーン。
大きな音がした? それは、気のせいだろうが、見事な一本背負いが決まっていた。
会場からの大歓声が地響きのような唸りを上げる。ああああーーー。おい。オタクども! サイリュウムはどうしたぁぁぁ〜!!! ここは赤だろう。あ・か! って感じに盛り上がっていた。
ミチコほどではないが、リベカも大きな声援を受けていた。こちらは通好み。技のバリエーションという意味では、彼女の右に出るものはいないだろう。パンチあり蹴りあり、投げも見せる。防御魔法があるので、怪我はしないが、二、三回戦とも大男をKOして決勝に進んでいた。彼女もミチコに合わせたのだろう。着物と袴姿だった。
おいおい、ついに決勝戦は、ミチコ対リベカとなっちゃったじゃん。まぁ、実力的にはリベカだろうけど。急造のミチコ親衛隊が五月蝿すぎ。リベカもやりにくいだろう。
二人が一礼をして向き合う。当然、リベカは組む不利を知っている。距離を取りながら、パンチと蹴りを素早く見舞う。ミチコは応じる振りだけで、躱す一方だ。今までの相手とは格が違うリベカだ。躱してばかりで、組むタイミングが掴めない。
もちろん、それを見込んだリベカの連続技ということになる。もともと、K-1スタイルが基本のリベカだが、フライ級の素早さと、ヘビー級のパンチ、キック力と言えばいいだろうか? ミチコは防戦一方に追い込まれている。
パンチがミチコの頬をかすめる。かすっただけで、ぐらり体が揺れた。なんとか持ち堪えたミチコだが、肩で息をしだした。一方のリベカはこれだけの技を出しながら、全く息が上がっていない。平然としている。ああ、さすがに、勝負あったかなぁ。
と、その時。ミチコがリベカの前で急に姿勢を低くした。あ? これには、リベカも不意をつかれたらしい、攻撃の手が緩む。時間にすれば、十分の一秒くらい? ほんの一瞬の隙をミチコは逃さなかった。さっとリベカの襟をとっての巴投げ。見事に決まったが、ああ、コレ、もめるかも。
この競技のルールでは尻餅をついたり、背中や肩が床に着いたら負け。ミチコ、リベカとも仰向けで寝っ転がることになったが、ミチコの方が先に床に背中を付けたはず。審判団審議の結果。ルールはルール。リベカが優勝、ミチコ準優勝という結果になった。
お昼時。今日はミチコのライスボールが主食だ。私は、無糖の紅茶をもっていった。緑茶ないからね。
「いやぁ〜。試合に勝って、勝負に負けたなぁ〜。あの技、今度、教えてなぁ」
「ええ。是非! 今度、練習しましょう」
「でも。すごいなぁ〜。フヨウで学んでたのかもしれないけど、相手の力を利用する技は、さすが」
「ああ、技には、私のオリジナルもあるわ。でも、最後の投げ技は迂闊だった。焦ってしまって、咄嗟に出たということなのだけど。完全に押していて、私に反則をさせてしまったという意味でも、勝負もリベカの勝ちよ」
「いやいや。あんなに見事に投げられる経験、今までなかったしなぁ。上達の速さといい。もっと胸はってええで」
「ミチコでも『ヌケル』ことあるのね。安心したわ。でも、あの親衛隊、ちょっと嫌かも。男のオオオォォ〜みたいな重低音、ウザい」
「あはは。ルナさん。嫉妬ですか?」
「おい。言うじゃないかエドムよぉ。後で校舎の裏に来な」
いや。すごい。基礎があったとはいえ、巴投げなどの源流はずっと先になってから、数百年先に編み出される技を自分で思いついたというわけだから。でも。でも。でも。あの、親衛隊、なに? やめてくれるかなぁ〜。フン!! ミチコは私のものなのだから。
よく考えてみれば、私も剣術など護身術を教わっていたわ。武家の娘であるミチコに何らかの心得があっても、不思議じゃないわよね。でも、あの親衛隊、ウ・ザ・イ。
前日の感想への返信で少しフライングしましたが、どちらかといえば、合気道風にしたかったのです。ですが、アレは大正時代くらいにできたもので。柔術は源流がかなり古いですから。だけど、それぞれの技は、近代になって開発されたものですね。その辺は、魔法のあるパラレルワールドということで。
一本背負いが袖を掴まず行けるかなぁ〜と思いましたが、レスリングにアームスローという似た技があるので、大丈夫かな。かな。




