恋の手練手管
全く情けない。わずかなアルコールのせいなのか、単に恥ずいだけなのか、この飲み物は私の頬を赤く染めた。八時を回ったころだろう。遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。後で考えると、もう、消えてしまいたい。思い出すだけでも頬が火照る。私は子供のように玄関から駆け出してしまった。
少し走ると遠くから二人乗りの馬が見えてきた。ああ、例のアイアンハートに二人乗りしてきたんだ。
「ごめんなぁ〜。心配したやろ。この馬、大きいし丈夫やと思たら、歳やなぁ〜。途中でバテてしもてなぁ〜 休み、休み、来たから」
「ごめんね。ルナ。そういうわけで。あっ! そうだ。指輪で連絡しておけば良かったわね」
「ああ、なんだか、私、子供みたい」
赤面したのは夜風で幾分緩和されているだろう。三人と一緒に私は別荘に入った。
「ようこそいらっしゃいました。ルナ様の御学友様でいらっしゃいますね。お噂は予々。大したおもてなしもできませんが、どうか、ごゆるりと」
エルとハンナが恭しく出迎えてくれた。
「お初にお目にかかります。ミチコと申します。どうか、よろしくお願いします」
「厚かましくも、しばらくご厄介になることになりました。リベカと申します」
うん? こういう時のリベカは標準語だ。ゲストルームはちょうど三つ。二人には一部屋ずつを割り振ることにした。部屋に荷物を置いてもらっていると、もう九時だ。早々に夕食、ということになった。そもそも、この世界の魔法以外の植生や生物の分布はほぼ地球と同じ、料理も近いものになるだろう。
二人用ということなるが、羊の肉に塩胡椒をして串に刺して焼いたもの。私も食べられる海産物はムール貝をバターで味付けしてレモンを少々。レンズ豆のスープにサラダ、パン、というメニューだった。
お腹空いたぁぁあ〜。食事は私のたっての希望で管理人二人も食卓について、五人で食することにした。当然、料理は六人分準備されており、私は二人前を平らげた。
食事を終え、私の部屋に三人で集合した。紅茶とお茶請けは、ピスタチオやクルミを入れ、シロップを染み込ませた焼き菓子。少々、砂糖が多すぎかもしれない。紅茶なしでは食べられないくらい甘い。
お菓子を食べながら、私は王との謁見からギルドマスターにも会ってしまった事を二人に報告した。
「この出会い。私たちがここにいることは、何かの運命なのでしょね。覚悟を決めよということかしら」
「そうやな。そやけど、面白いやん。波乱万丈の人生。それは、それで、ええかもしれん」
「なんだか、私のせいで、みんなを巻き込むようで」
「それを気にするのは、ルナの美点かもしれないけれど、他人を巻き込むことも含め、運命には抗えない部分もあるのだから。自分を責めるのはやめて。いずれしても、抗えるだけ、抗って見ればいいと思うから」
この二人も、こういうところは大物だ。二人を大きく上回る魔力を持ちながら、私の小心さが情けなくなる。
「あっ。また、自己嫌悪かしら?」
「うっ、見抜かれてる?」
「ま、あんまり気にせんと。ほな。私は先に寝るわ」
リベカはああ見えて。失礼。本当によく気が回る。二人になってミチコは……。近い。息がかかるほどに。
「私たちが遅いので焦ってたの? 可愛い。とっても嬉しいけど……。これからの私たち、何度も、命の危険に晒されるでしょう。貴女の想いは、貴女の最大のウイークポイントであることは心して。私にも複雑な想いがあるけれど、とっても、とっても心配だわ」
「うん」
と言って私は目を閉じた。もしかして、キスより先、される? 覚悟すべき? アレ、アレレ。
「あら。世界一の大魔道士が、私の前では……。そういうところ、ルナは私だけのモノって思えて、とても愛おしい。だから、ご褒美」
ミチコは軽くキスをして、こう言った。
「いずれ、この続きを覚悟しておいてくれるかしら? 今夜は疲れたから、許して、あ・げ・る。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
あああ。攻めると見せて引く手練手管。これが恋愛マスターのやり口なのだろう。完全に私は彼女の掌の上で踊らされている。でも。だけど、それを屈辱とは感じないし、嫌悪感もない。むしろ、そうされていることに陶酔している自分がいる。本当に恋愛というものは不条理極まりないものだ。
前世の知識はむしろノイズになるというか、役に立たなかった。女の子同士、どう進めたらいいのか、全然分からない。かと言って、ミチコに忖度するのも、ダメと釘を刺されてるし。ほんと、複雑なのよ。え? 考え過ぎ? それは、私が私であること。
お菓子ですが、バクラヴァをイメージしています。オスマン帝国で発明され、トルコや地中海地域の国などなどで、広く食されています。料理の方は分かりますよね? ケバブです。




