束の間の帰省
今夜は五人で夕食を食べた。前夜、食欲がなくてパスタ一人前しか食べられなかった私も、今日は絶好調。ペロリと二人分を平らげた。エドムとジャムも明日帰省すると言う。
彼らの母国は、ここから地中海、この世界でも「Mediterranean Sea」と呼ばれている、を渡ればすぐ。魔法の船は船足も速く二日半の航海、無寄港で着いてしまう。前世ではエジプト、太古からの伝統を守る由緒正しき王国だ。
夕食後、明日の帰省の準備をし、シャワーを浴びて一週間後に利用する王都の別荘の話をあれこれ、ミチコと話していた。彼女なりの気配りだろう。それは、さりげなく、さりげなく。ふと見ると顔が近い。今度こそ、覚悟を決めて私は目を閉じた。
二人の唇が重なった。私にとっては、もちろん初めてのことだ。レモンの味、甘い……などと表現されるが、ただ涎の味がするだけだった。歯磨きを済ませていたので、少しミントの香りもする。涎というのは口の中にある間はなんのことはない存在だが、口から出た瞬間、汚物と認定されてしまう不幸な液体だ。
だけど。恋愛バイアスというものなのだろう。好きな人のそれは、汚いとは感じないし嫌悪感も全くない。むしろ、もっとキスして欲しいと思ってしまう。そうか! 恋愛とは、錯覚、倒錯といった類のものなのだ。これが錯覚なら、夢なら、いつまでも醒めないでほしい。
「やっと貴女の唇を奪えた」
「やっとって、まだ、恋人になって半日なのだけど」
「明日から、ルナは帰省するし、キスくらいしておかないとと思って。でもね。偉そうなこと言ってるけど、私、女の子同士ってこれから先、何をしていいのか分からないの」
「ああ、それについては、私に前世の記憶があるから。でも、アレは、創作されたお話だから、どこまでが本当なのか分からない。だけど参考までに教えておく」
私は前世でプレイした美少女ゲームやAVなどを参考に百合Hをミチコに解説した。
「ええええ! それ。無理、無理だからぁ〜」
「もう、創り物かもしれないって言ったでしょ。冗談じゃないわ。こんなの、全部、されたら私」
「ね。ルナって、されること前提? うーーん。でも、なんだかんだ言って期待してるでしょ? でも、今夜は一緒にくっついて寝よ?」
「ですね。初級者編で」
幼い頃、寂しがる私をマリアは抱きしめて一緒に寝てくれた。とても安心してぐっすり眠れた記憶がある。同じことをしているに過ぎないが、ミチコの香り、暖かさはマリアのそれとは、また違う。
どちらがいい、などという問題ではないが、とても心が落ち着き、満たされた気分になる。このまま、もうこのまま、死んでしまってもいいかな? と感じてしまう。ここ数日、緊張感でよく眠れなかった。すぐに私は深い夢幻の世界に落ちた。
翌朝、暦では十二月二十八日となる。この世界、特にユーロ連邦では、新年に特別な行事があるわけでもない。「Happy New Year」とやって、ちょっとしたご馳走を食べるくらいだ。とはいえ、いろいろ事件があっても年内に帰省できるのはありがたい。
小雨が降っていいたが、私には新兵器がある。この間、街に行った際、魔道具屋で見つけたものだ。この世界に飛行機は存在しないので、本来は航海用だが、前世でいう飛行方位計、ジャイロコンパスだ。
予め設定した地点を円形コンパス上に示し、現在自分が向いている方向とのズレが分かるようになっている。設定できる地点の数は二つ。往復用ということだ。今回の設定は、モスコの私の家と学園の緯度経度を仕込んでもらった。
エドムとジャムが馬車で港に行くのを見送った後、学園から少し離れた離陸地点までミチコとリベカが見送ってくれた。学園の食堂で作られているお菓子、バタークッキーにクリームがサンドしてあり干し葡萄が入っている、がお土産。
北海道・六花●、や、鎌倉・小川●のものによく似ている。「懐かしい」味。まぁ、大概の物が手に入る実家なので、この程度で十分だろう。
「じゃ、一週間ほどで戻るから、その後、王都へ」
「うん」「楽しみにしてるわ」
変身した状態なので、魔法で雨に濡れることはないのだが、今回はコンパスがあるので私は雲の上まで上昇したかった。だが、高度一万メートルも上がると息苦しくなっしまう。てか、死ぬかも。しばらく雨の中を飛ぶことになったが、十分もすると晴れてきた。当然だ。今回は今までの十倍の速度、マッハ1くらいで飛んでいるはずだから。
ジャイロコンパスを見ながら飛んでいたのだが、正確な方向に真っ直ぐ飛ぶというのは難しい。二時間ほど経って、そろそろ着くのかと高度を下げてみると、見慣れた山が見えて来た。ああ、西方向に百キロほどずれた。
だけど、ここからは土地勘のある場所、昔のように街道を見ながら低速で、さらに二時間ほど飛ぶと我が家が見えて来た。
家の庭に降り立つと、早々に、マリアが迎えてくれた。家族の者が後から続いたところを見ると、彼女、今日は朝からずっと空を眺め続けていたのだろうか。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「いろいろ、あっのだけど、そのお話はまた後で」
「お帰り、ルナ」
私は、父、母、弟の順で抱擁を交わした。
人、エルフも同じかな。心も持つ存在。思考・論理と心は別物なのよ。恋人なんだからキスくらい、そんな考えは、前世の記憶からもあったわ。だけど、上手く心が「常識」を受け入れなかったの。なんとなく、本当に、なんとんなく、ふと受け入れられるようになったの。
ジャイロコンパスですが、ここでは航空機の飛行方位計みたいな、丸型をイメージしています。自分の姿(飛行機の絵)があって、リアルの物は、東西南北がどう、ズレているのかが分かる。この世界のものは、出発地と目的地の2点がセットされています。
ちなみに(本線と関係ない話ごめ)、ドイツ軍機Bf109の計器盤を再現したという画像見たのですが、これの東西南北は、ちゃんとドイツ語でした。英語とドイツ語の方位の頭文字、東だけが違いますよね。ちゃんとO=Ostenでしたよ。今期は、航空機系?アニメ、2つかな。
ルナは能力的には、光の速さ以内なら何キロでも出せますし、宇宙にだって行けます。ですが、多少の魔法の保護はあっても生身なので、高度1万メートルに上がったら、気を失うと思います。
お土産、貴族の娘さんにしては庶民的過ぎたかなぁ〜。




