偽りの決闘
そういえば、双子は短めにカットした黒い髪がとてもチャーミング。可愛い顔をしている。ショタ好き腐女子御用達といったところか。冗談を言っている場合ではない。ワル、たしか、ジェディーという名だったと思う、は剣を抜いて彼らに斬りかからんとしている。
一刻の猶予もならない。ふと見ると私の横の男子。コイツも帯剣している。まったく! で、アホみたいに手袋を剣帯に挟んでいるではないか。これはいい!
「ちょっと貸して!」
了解を得る間もなく、私はその手袋を引きちぎるように奪い取り、ジェディーの顔に叩きつけた。正確を期すために、ちょっと魔法を使ったが、手袋はヤツの鼻先をパシッと打った。ヤツがこちらに視線を合わせた。
「な、なにを!」
「決まってるじゃない。決闘よ。何があろうと丸腰の者に剣を上げるなど、騎士の風上にも置けない。私が成敗してあげる」
「女が決闘など。あり得ん」
「あら、女が決闘してはいけないという法律でもあったかしら? それとも、貴方、女の挑戦に怖気付いたってこと? ここにはママはいないわよ。隠れるスカートもないってこと」
「きっ、貴様。黙っていればいい気になりおって。よかろう。これは正式な決闘だ。俺がお前を斬ったとしても罪には問われぬだろうからな」
「今の言葉、お忘れなきように。えと、私の得物は、うん、貴方なんか、これで十分よ」
私は食堂に準備されていた食卓用ナイフを手にした。厨房でアイスピックを借りて呪文、父から教わったテーベ文字だ、を刻む。これで即席魔法剣の出来上がり。ミチコもリベカも呆れ顔だが、私の意図は汲んでくれているようだ。ミチコの耳元にそっと呟く。
「事後処理はおねがい」
私はヤツを睨みつけ、宣言した。
「さあ、『正式な』決闘をしましょう! 庭に出てもらえるかしら」
これは私の作戦だ。決闘と宣言し正式な作法によって行われる行為には、学園の生徒はもちろん、職員も異を唱えることはできない。遠巻きに見守るしかないということだ。
庭に出た私たちは十メートルの間合いをとり対峙した。ヤツはエクスカリバー、ゴタゴタの装飾で豪華に見えるが間違いなく模造品だ、を構える。私は右手でナイフをぶらぶらするばかり。落ち着き払った私の態度に、ヤツは戸惑いを禁じ得ないようだ。
「行くわよ」
言うなり私は加速の技を使った。ヤツの偽エクスカリバーを柄のところから切り飛ばす。そして、膝の裏に軽く足の爪先で触れる。いわゆる膝カックンだが、加速中に本気で蹴ってしまったら、私が足を骨折する。軽く、軽く触れるのがコツだ。
次の瞬間、ヤツは柄から先が折れた剣を握りしめ、尻餅をついた状態となった自分を見出したはずだ。首には私が油断なくナイフを突きつけている。
「さて。言ったはずよ。さっきの言葉忘れないでねって。うふ」
言いながら、私はナイフを横に引いた。ヤツの首が皮一枚切れて血が滴る。ゲロゲロ。こんなヤツの血……。でも、ちゃんと演技しないと。我慢。我慢。私は左手でその血を拭い、これ見よがしに舌で舐めとった。
「す・て・き。私、血には目がないのよ。ねぇ、言ったわよね。正式な決闘だから、貴方を殺してしまっても罪にならないって。うふふ。すぐに殺すなんてもったいないことはしないわ。切り刻んで、あ・げ・る。頑張って耐えて、私を楽しませてね♪」
瞳孔を開くまでは演技できないが。リョナはだんだん早口に捲し立てるのが「らしく」聞こえる。次の瞬間、再び加速の技を使い、私はヤツの右の手首から先を切り飛ばした。
「あ゛あ゛……」
激痛は走るが、首にナイフを突きつけられた状態で、身動きすることもできない。ヤツは酸欠の魚のように口をパクパクして、呻き声を上げるばかりだ。
あああ、なんだか、嫌なアンモニア臭がしてきた。ここまでやられては、致し方ないのかもしれない。ヤツはいい歳をして不名誉なお漏らしを、公衆の面前でしてしまった。
頃合いだ。私はオーディエンスを見回す振りをして、ミチコにアイコンタクトを送った。気付いてくれ! と、念じたが、そんな心配は不要だったようだ。まさに以心伝心だ。彼女はツカツカと私に歩みより、振り向く私に強烈なビンタを見舞った。もう、演技なんだから、本気でやりすぎ!!
「ルナ!! 正気に戻りなさい。本当に貴女は血を見ると見境がなくなるのだから。一体、『何人』をバラバラにしたら気が済むのかしら?」
彼女は手早くヤツの手の手当てをしながら、そう言った。治癒魔法で直し易いように、綺麗な断面で斬ったはずだ。瞬く間にヤツの右手はつながった。彼女の治癒魔法は強力だ。数日は手が痺れたような感覚が残るだろうが、すぐに元通りになるだろう。
「ジェディーさん。だったかしら。ルナは見ての通り、血を見ると何をするか分からないの。だから、もう、私たち、それから、あの可愛い男子たちにも関わらないで。そう誓うだけで、貴方は長生きできるのだから、いいでしょう?」
惨めなヤツは首を縦に振り、びしょ濡れのズボンのまま、何も言わず、すごすごと引き揚げた。
「さっ、ルナ行くわよ」
私は、ミチコに抱き抱えられるようにして自室に引き揚げた。リベカも同行してくれている。
や、やり過ぎなんかじゃないからね! もしかしたら、本当にヤツ、彼らを殺していたのかもしない訳で。やる時は、徹底して。つまらない意趣返しを防ぐためにもね。
ルナも言っていますが、中途半端に助けたとして、別のところで何をするか分からない輩と判断し、徹底的に恐怖を与えたという感じです。もちろん、手首は、ミチコを信頼して切り飛ばしています。
仕返しはないようですが、また、後々、大人の理屈は少しあったりします。




