白百合の花
森は、安全な場所までしか行かないとはいえ、念のため「変身」してオベロンは持って行くことにした。ミチコの変身は、パールホワイトで袖に緋色の装飾がある和服風の上着に緋の袴、白足袋に草履という装束。巫女さんスタイルだ!
腰には神楽鈴を手挟んでいるが、武器ではない。彼女の防御、治癒魔法をブーストするための魔導具だ。森の入り口までは歩いて一時間くらい。四キロといったところか。少し息が上がってきてしまったが、大丈夫だろう。
まだ知り合って二日目、いきなり全てはやめた方がいいとは思うが、彼女には少しずつ真実を話すべきだと考え始めていた。
「ダメなの。私、全然、虚弱で。冒険者になるのだから体力つけないと。もし良かったら、毎朝ジョギングに付き合って」
「そうなんだ。ジョギングかぁ〜。もちろんOKよ。それより、嬉しいわ」
「え?」
「だって、自分の弱みを見せられるってことは、私を信頼してくれた証じゃない」
「そう解釈してくれて光栄だわ。それじゃ、もう一つ。実は飛べるの」
私は軽く飛行の技を見せることにした。
「飛ぶのはね。魔力を使うからかなり楽。でも、普通に歩くのは疲れる。情けないわ」
「いやはや。とんだお姫様ね。でも、回復、防御しか能のない私にとって、攻撃特化型の貴女は心強いパートナーだわ。運命の巡り合わせかもね」
パートナーという言葉に一瞬ドキッとしたが、そういう意味ではないのだろう。森の入り口から少し歩いたところに小さな湖がある。常に水が湧き出ているようで、とても綺麗な湖面だ。おそらく湧き出す水の硬度が高すぎるせいだろう、透明な湖底に魚の影はない。
私たちは湖畔にグランドシートを敷いてお昼ご飯にすることにした。ロシア風の黒パンにバター、マヨネーズ、レタス、チーズ、彼女用にはハムを、私は白身魚を解してオリーブオイルに漬けたツナ缶風。マヨネーズはもちろん手作りだ。卵黄、塩、植物油、ビネガーを混ぜ合わせれば簡単にできる。
「ああ、そうだ。握手させてくれるかしら」
「ええ、改まって、どうしたの?」
私は彼女の手を握り心のなかで呟いた。「allow」。
「これでいいわ。実はね、このピアス。私を守ってくれるのはいいのだけれど、貴女からの治癒魔法も無効にしてしまう。今のは貴女から魔法は受け入れるって呪文」
「そうなんだ。ちょっと嬉しいかも。今のは私を受け入れてくれたというふうに解釈していいのかしら? 共感? 私と貴女は似たもの同士ということかしら。一緒にいると心が安らぐ。貴女ほどではないと思うけど、私も、フヨウでは珍しい魔法使い。白い目で見られることも多かった。初めて心許せる友達に会えた気がするの」
「それは、私も同じ。あれ? あれ?」
なぜだか分からない。悲しいわけでもない。だが、目から溢れ出る涙を止めることができなかった。こういう優しいところ、ミチコは前世の妻と全く同じだ。泣き出す私を優しく抱きしめてくれた。変身している巫女装束からだろうか、彼女は遠くに伽羅の香りがした。
「泣くことなんてないわ。ルナが今までどう生きてきたか、なんとなく分かる……。少し落ち着いた?」
涙はすぐに止まった。こんな体験初めてだ。なぜだろう、知り合ったばかりなのに、彼女になら、自然にごく自然に私は自らの弱さを見せてしまえる。
食事を終えると、散策に来たもう一つの目的を果たすことにした。このあたりは野生の百合の群生がある。球根をいくつかもらっていって、部屋の鉢に植えて育てようということにしていた。群生は湖のすぐそば、簡単に見つかった。
持って行った移植ゴテで掘り返し球根を三つ持ち帰ることにした。鉢植えは十月になってからがいいかと思う。かなり大きく育つので、一鉢に一つずつということになるだろう。
日が傾き、風が出てくると、少し肌寒くなってきた。もうすぐ夏が終わる。ふと見るとナデシコだろうか、白とピンクの可憐な花が風に揺れていた。一本手折って持って行った本、ピート君が表紙に描かれたお気に入りのアレだ、に挟んだ。
取り留めのない会話を交わしながら、私はミチコと学園への帰り道を急いだ。二人は無意識に手を繋いでいた。この事実は私に幸福感を与えてくれる。ずっとこうしていたい。時間が止まればいいのに。うううん。もう死んでもいいや。むしろ今死にたい。それ程に。だけど。同時に漠たる不安が頭をもたげて来た。
彼女との距離の縮まり方が性急すぎる。これから先、私と彼女と親友でいれるのだろか? 友情を超えた何かを私は求めてしまわないのか? 心に決めた決意が早くも揺らぐのを感じずにはいられなかった。
もう何百年も前のことだけど、この日のことは、今も鮮明に思い出す。大切な大切な思い出だわ。
で、巫女装束ですが、今の緋の袴スタイルが定着したのは明治時代ですが、原型は平安時代からあるとか。動きにくいように見えますが、ルナのピンヒールと同じで魔法がありますから!
ルナはあまり料理は得意ではないようですが、ちょっとした理由があります。それは、また後ほど。それより、彼女は、二日目で早くもミチコへの気持ちが抑えられなくなってきています。
白百合は花期が6〜8月ですので、そろそろ花が終わって球根を持ってくるという感じです。持ち帰った花は、この物語の象徴として、エピローグにまで登場します。




