ミチコの生国
二人は食事を終えて部屋に戻り、順番に備え付けのシャワーを浴びた。私はさすがに疲れてしまい、早々にベッドに入ることにした。といってもまだ寝るわけでもない。
ベッドライトを付け、エルフの里でもらってきた本を読んでいた。あの里には不思議な物が沢山ある。前世で記憶にある本を見つけたので無心して、写本をもらった。「夏へ●扉」。懐かしいサイエンスフィクションだ。まだ、私が寝ないと知ったからだろう。ミチコが話しかけてきた。
「そういえば、貴女はとても有名だし、基本的なことは全て知っているのだけど、私のこと、何も話してなかったわね」
日本の話よね。うーーん。会ったばかりだけれど、ミチコは信頼に足る人物だろう。「一目惚れ」抜きとしても、そこまでは大丈夫な気がする。だけど。だけど……。まぁ、笑ってくれればいいわ。私の疑心暗鬼は筋金入りよ。
前世の話をしてしまって、彼女がどういう反応をするのか、あるいはそのあたりに悪魔の罠があるのかもしれないし。日本に詳しいところを見せるのは時期尚早かなぁ〜。いずれにしてもフヨウは前世の日本とは、微妙に違った国のようだ。そもそも彼女の話す言葉は英語なわけで。
この世界では、ユーロ連邦に生を受けた私。極東の国の歴史までは知らないのだが、もしかしたら、日本語というものがかつては存在し、文化の中心であるヨーロッパの言語に統一されたのかもしれない。
私たちは、友達同士など親しい間柄だと、わざとくだけて、米語を使うのが常だが、彼女は完璧なクイーンズ・イングリッシュを話す。sayと言うところで、mentionとくる。私からすると、気取った言い回しにも聞こえるが、当人はごくごく真面目に話しているようだ。
「私は、フヨウの地理的には中央あたり、ミノというところの領主サイトウ家の娘なの。東洋人には珍しいといわれるのだけれど、十歳のころに強い魔力があることが分かり、当学園へ入学することになったの」
うは! ちょっ! 濃姫じゃん!!
謎の多い人物といわれているが、濃姫の名は帰蝶、もしくは、胡蝶であったとされる。三蝶子と書いてミチコと読ませるキラキラネームと、何らかの関係があるのかもしれない。「妻」の旧姓は確かに斎藤だが出身は静岡県。完全な生まれ変わりということでもないようだ。それに、日本の戦国時代はヨーロッパの中世との時代比較では百年以上ずれている。
「へぇ〜。そうなんだ。貴女のお国のこと少しは知っているのよ。確か、黄金の国という御伽噺があるとか」
な、何よ! わざとらしいって? う、そうかも。
「ああ。それはこちら、ユーロ連邦王国の方々が創り上げたフィクションかな。でも、海に囲まれた我が国は、独自の文化も持っているわ。春に咲く桜がとても美しい国よ。いつか機会があったら是非一度。船旅で二ヶ月もかかるのだけど」
この世界の船は帆船とはいえ、魔法の力で天候にも左右されず安定した航海ができる。風がなくともかなりの速度が出るらしく、前世でいう二十世紀初頭のディーゼル船程度の能力はあるようだ。
二十四時間航行し無寄港なら一ヶ月くらいの行程となるが、途中停泊や乗り継ぎを入れての時間だろう。ちなみにスエズ運河は既に存在する。大規模な建設機械があるわけでもないのに、魔法を使った土木技術は驚くべき建造物を生み出している。
ミチコと私は遅くまで、お互いの故郷のよもやま話に花を咲かせた。この世界の日本、正確にはフヨウ王国、について、今は王権争いをしている戦国時代の終盤、織田信長が天下を統一したあたり、と考えればいいようだ。
濃姫、織田信長……。え? もしかして、ミチコって? ああ、既に私が知る日本の歴史は変わっている。
ちなみに、フヨウの国の文明レベルはこのユーロ連邦王国とほぼ同等。魔法が使える人口が少ないこともあり、経済的にはやや厳しいといったところだろう。
「そう言えば、貴女のお国にはライスという食べ物があると聞いたのだけど」
日本の話を聞くうちに前世の記憶が蘇り、和食が食べたくなってしまった。ちょっと危険かもしれないけど、我慢できない!!
「あら。よく知ってるわね。こちらに少し持って来ているから明日ご馳走するわ」
「いいの! ありがとう。それじゃ、朝ご飯を楽しみに、今夜は寝ますか?」
「ホント、体に似合わない食いしんぼうさん。ご飯は二合炊かないと。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
わ、分かってるわよ! 気にし過ぎだって。でも、悪魔との契約なのよ。何があるか分からないでしょ? え? 違う? そもそもの私が? うっ。そうかも。
ミチコのネーミングですが、現代に生きる人でもあるわけで、胡蝶とか変だよね。じゃ、蝶をどうしよう? みたいな感じです。濃姫の生まれ変わり? で、織田信長の妻となるべき人だった。本文にもありますが、濃姫は、謎の多い人で、本能寺の変で亡くなったとか、そうでもないとか。ストーリー的にはかなり後半になりますが、和風の物語も入れる予定です!
あと、中世の帆船のスピードなのですが、3ノットくらい? 一日200キロ進めばいいところらしいのです。ディーゼル船並みの20ノットくらい出てくれないと、とてもとても、1〜2ヶ月じゃ日本からヨーロッパへは行けないだろなぁ〜。という計算もあったりします。
あ、そうそう。時々「前世」の本出しますが、中の人の趣味で今回は「夏への扉」です!




