ルナママのこと
その日は、プレゼント攻勢だった。リベカお姉ちゃんからは、異国のお人形、なんでも、厄除になるものらしい。素朴でとっても可愛い。そして、ルナママからは身代わりペンダント。これは、彼女が気を利かせ過ぎたのだろう。アケチの家紋型に、また涙して、心配させてしまった。
その後、リベカお姉ちゃんの機転だろう。ルナママのための身代わりペンダントに私のサインを入れた。ついでに私は、強化の魔法でこのペンダントのステータスを上限にまで高めておいた。
こんなに優しくしてくれる人の何かお役に立つこと、という、軽い気持ちだった。おそらく、ルナママの命名の能力をもってすれば、同等の効能があっただろう。だが、彼女は、自らの生に驚くほど執着のない人だった。そのようなことは、考えもしなかったと思う。
だから、このことは、まさに、運命の導きに違いない。何気ない私の行為が、後々、あのような結末を生むとは、夢想だにしなかった。
武家の娘である私、いわゆる戦国時代に生まれた私。ノブナガ王がフヨウをほぼ統一したとはいえ、戦乱が完全に治ったわけでなないという現実もあった。前記したように、女である私は、人質として敵の手に渡り、裏切りがあれば、見せしめに殺されることさえ、あったはずだ。
すなわち、幼くとも、死というものが常に隣にある人生を送ってきた。だからなのだと思う。平和なユーロ連邦の冒険者から見れば、私は歳に似合わぬ早熟な知能を有していると思われたらしい。
人質になる未来がもし待っていたら、どうすれば、生き延びる確率を上げられるのか? 物心ついた時から、人に愛想よくすること、自嘲気味な言い方をすれば、媚を売ることが身に染み付いてしまっている。
だから、私の愛想よさはどこか芝居がかって、虚飾に満ちているのだろうと思う。彼らが、私の作り笑顔に気付かぬはずはない。家族だけではないのだ、冒険者のみんなも、そんな私にとても優しく接してくれた。いや、私の笑顔の奥にある嘘を知っているからこそ、不憫に思ってくれたのかもしれない。
そうそう。ルナママは、ミチコママに、内緒でなのかな、お化粧も教えてくれた。「まだ、若いから、リップはあまり赤くない方がいいわ」。彼女なりのポリシーもあるようだ。そして、冒険者酒場でのアルバイトは、とても、とても、楽しかった。
次第次第に、私は、作り笑顔ではなく、心からの笑顔を浮かべることができるようになっていた。本当に楽しい。可愛いメイド服にもリボンにも、私がどんなに望んでも得られぬと諦めていた女の子の夢があった。だんだん、私は、普通の十歳の女の子らしい、素直さを取り戻していった。この幸せがずっと、ずっと続きますように。
私にとっては平穏な日々だったが、この間、なんの事件もなかった訳ではない。最悪だったのは、ルナママの突然の病気だ。私がミュルムバードに来て半年ほどたった冬、用事で数ヶ月留守にして戻ってきたと思ったら、彼女は、どうしても、どうしても、家から外に出ることができなくなっていた。無理に表にでるとパニック障害を起こして倒れてしまう。それでも、彼女は、せめてもと、不得意な家事を担当していたし、私には優しく、本当に優しく、家庭教師をしてくれていた。
数ヶ月後のある日、彼女は、突然、奇跡のように快癒した。だけど、それは、本当に病気が直った、心の傷が癒えたということではないようだった。
彼女は、ミチコママや私とはメンタリティーが全く違う。精巧なガラス細工のような心を持った人だ。それでいて、自分に与えられた使命に、悲しくなるほど生真面目だ。だから、壊れる。壊れちゃうんだ。ミチコママの魔法でなんとか、ギリギリなんとか、外面を繕っていたということなのだろう。
この先、支えてくれる人がいなくなった彼女がどうなるのか? と考えると、とても不安になってしまう。この小説が、僅かでも、彼女の生きる寄る辺になってくれるといいのだけれど。
そんなこともありつつ、私がミュルムバードに来て二年ほどの時が流れた。ルナママとミチコママが突然、結婚式を挙げると言い出した。私は、ルナママの介添え役を務めるらしく、ドレスを買ってくれるという。とっても、とっても嬉しいし、まだ挙げていないのなら、結婚式は是非やっておくべきだろうとも思った。
だけど、なんだろう、何か引っ掛かるものを感じた。なぜ? 今になって??
そうかぁ〜、こんなにも小さなタマコを心配させていたのね。ごめんなさい。
もちろん、タマコの能力が強化だってことは知ってたわ。でも、ペンダントの事、全く気付かなかった。なんだか、粋なことしてくれたじゃない。タマコ。
タマコは日本の女性のステレオタイプというか。ミチコに似て、めったに感情を表に出さないようです。でも、芯はルナなんかより、ずっと強い。理知的なのは、もう、みんな、そうなのです。




