その後の世界
ディアボロスが皮肉っぽく名付けたアフターストーリー。私たちのその後は、とても忙しいものだった。失われゆく魔法への対処を冒険者ギルド、国王、龍王、魔王などなどと連携しながら進める必要があった。
頼りは私の前世の知識、物質文明により、どう魔法を代替するかということにかかっていた。
だが、事はそんなに簡単ではなかった。本来、人類全体の危機であり、全人類が一致団結して難事に当たるべきだ。だが、各国の利権争い、魔法主導で全世界の盟主だったユーロ連邦の沈み行く権威に対して、新興国がその権益を主張しだした。
物質文明への転換は遅々として進まず、結果、各国に大きな経済格差を生んでいった。すなわち、せっかく、魔法の恩恵で平和に暮らしていた人類が、これをなくすことで、貧富の差は広まり、犯罪は増え、戦乱の世界が再び巡ってきてしまったのだ。
結局、物質文明がこの世に根付くまで五百年の歳月を要した。三千五百年ごろ世界は前世の二十世紀レベルの文明をやっと確保していた。不思議なことに、ここに至ると、全ての国々は私の知る前世の二十世紀と同じ領土、国名を持つようになっていた。
そこまで前世の歴史をトレースしなくてもよいのに、ご丁寧にも二回の世界大戦を経て、ようやく三千六百年ごろ、世界は二十一世紀レベルの文明と平和を手に入れることができた。
以上が、大まかな人類のその後だ。
そして、私にとって、このことを記すのを忘れてはならない。
ミチコ、リベカ、エドム、ジャム、タマコ、リリス、ジャン、ルツ、ナオミ、テラ、セム……弟のデビッドも。皆、最初の百年で先に帰天してしまったが、私はその束の間の時を、楽しく、本当に楽しく過ごしたと思う。
死への憧れがなくなったわけではない。だが、パートナーは、家族は、仲間は、友人は、それを忘れさせてくれた。
ミチコとは最後の最後まで一緒に暮らすことができた。世界の異変が落ち着いた後、故郷が遠かったリベカも帰省を果たしたが、ミチコ、タマコについては、フヨウの世情が安定するのを待つしかなかった。数十年の歳月を経てしまったので、既にミチコの両親は他界していたが、タマコと三人、コウヤ山にあるミツヒデの墓に花を手向けることができた。
だが、ミチコは九十歳を超えるころ、時々、私のことが分からなくなるようになった。認知症なのだろう。
彼女を介護する日々は、とても穏やかで平穏だった。私の生涯で最も安らげた時間だったのかもしれない。しかし、人の寿命なとても、とても短い。
以降、最後の家族であるタマコが亡くなってから私は、エルフの里のフェアル、龍王、魔王との親交はあったものの、新たな恋人はもちろん、友人、仲間といったたぐいの交わりをすることはなかった。
自身、決して暗い性格だとは思わないが、胸襟を開くのが不得手なのも生まれつき。でも、なぜだろう? 今でもそう考えるとよく分からない。家族、仲間、友人、最愛の人は、会った瞬間から本当の私を知っていた気がする。そして、あんなに優しく、暖かい、安らぎを与え、私が私であることを許してくれた。
これも悪魔の奸計の内だったのだろうか。私の家族は素晴らし過ぎた。だから、私の大切な、大切だった家族に匹敵する友人と出会える未来など、あり得ないと盲信してしまっていた、のかもしれない。
家族を失った私にまた自殺願望が襲ってくる。何度も自死しようとした。躊躇い傷を隠すため、半袖の服が着れなくなるほどに。だが、自分の手首にナイフを当てる度、ミチコの「生きなさい!」という命が頭に浮かんだ。
アレな呪いだったのだろうか? いや違う、箱の底には、何か暖かいものが残っていた。希望? そんなものでもない。彼女の「想い」「願い」なのだろう。そして、それは真っ直ぐに私を見つめている。
そう、彼女とそして家族、仲間、友人の「想い」「願い」により、私は生かされている。あの、輝ける日々の思い出とともに。結局、私は天寿を全うすることになるだろう。
三千六百年を過ぎると、私は最後の魔法的な生き物になっていた。魔法というものも、既に、神話の世界のこととして世間に忘れ去られてしまっている。私は余生を、あのエルフの里で過ごすことにした。
自らの余命を計算しつつ、里の遺産を整理し、人類の平和と発展に寄与できるような下ごしらえを済ませた。そう、私の最後の使命を果たそうと思う。私の死後、結界を解き、人類にエルフの全知識を開示するのだ。
愛しいタマコに繋がる者。血はつながっていないが、私たちの子孫でもある。今は、ドイツのフランクフルトという街に住んでいる彼らに遺言を託して、エルフの里にやってきたのだ。
私がエルフの里に篭ったのにはもう一つ理由がある。あの丘でミチコが待っていてくれるから。魔法ウイルスの穴を塞ぐ時、私が死を決意し、エルフの里に埋めてくれと言ったのを覚えていたのかもしれない。
ミチコの命が尽きる前日、なぜか突然、全てを思い出した彼女は、私を呼んで「ルナ、私が死んだら、貴女の帰るべき場所に埋めて。お墓の中で貴女の来るのを楽しみに待ってるわ」と言った。
だからミチコの墓はエルフの里の丘の上、白百合の花に囲まれひっそりと佇んでいる。
私が生きると決意したということは、ミチコ、そして全ての家族の最期を看取ると覚悟した、ということ。だけど、時間の長短ではないと思うの。家族と仲間と友人と過ごした日々は、とても、とても大きな幸せを私にくれた。みんなも、きっと、同じ思いだったはず。
本部分は、プロローグの続き、その対となるものです。昨日のハッピーエンドで終わる選択肢もありましたが、中の人としては、キッチリ最後まで描きたかったのです。
で、明日は、本当のエピローグ。小説を書き終えたルナはどうなったのか? です。




