生きることの意味
目が覚めると、私は、自室のベッドの中にいた。そばには、そう、ミチコがいてくれる。私は手にペンダント握り、その手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。あのリボンを外して包帯を巻き直してくれたようだ。
「私、どれくらい意識がなかったの?」
「そうねぇ〜 五十年くらいかな」
「えっ!」
「あら、私がお婆ちゃんに見える?」
「ひどいわ。こんな時に」
「きっと、こっちのペンダントが助けてくれたのよ。貴女は死ななかった。意識を失ったけど、ずっと眠っているだけだったもの。そう。今は、貴女が予言した通り、きっちり四十二時間後」
ふと見ると、胸に下げていた葉っぱのペンダントに、縦一直線の亀裂が走っている。
「貴女が魔法を行使した時、真っ二つに割れたわ。貴女の身代わりになってくれたペンダントだもの、修理して、首にかけ直したのよ」
そうか、やはりクロスペンダントは死者には無効だったのだろう。だが、身代わりペンダントが私の死を一時的にでも回避し、クロスペンダントから魔力が逆流する時間を稼いでくれた。ということだろうか? 明確には分からない。だけど、私たちは、正しい選択肢を選び、トゥルーエンドに辿り着いた。
「あのね。ミチコ。世界を救ったのは私ではない。貴女よ」
「え?」
「悪魔、ディアボロスに会ってきたわ。全魔力を使って私が死ぬ。それが宇宙消滅の条件、だってさ」
「そうなの? さすが悪魔の考えそうなことね。だけど、世界を救ったと言われても私の心は晴れないわ。だって。だって。私は貴女に血反吐を吐いても生きろと言ってしまった。私の命が貴女にとって絶対だと知りながらよ」
ミチコは思い詰めた顔で続けた。
「生きることが素晴らしいなんて、建前に過ぎない。死こそ救いってことだってあるはず。ルナにとって、無理に生きることは無間地獄に落ちるに等しい。それも理解していたのに、私は……」
と言いながら、彼女は唇を噛んだ。
「だけど、貴女に私の望みは? と聞かれ、心ならずも本音が出た。私は、貴女が好き。どうしても。どうしても。貴女を失いたくないと思った。私が、私の方が、貴女より先に死にたい、という我儘でしかないのよね。それも分かってる。ごめんなさい。どう言えばいいの? 貴女に謝るべき言葉が見つからない」
「確かに私にとって、死は救い。最良の判断。福音だったとさえ言える。でも、このことは、ミチコのせいではないと思う。悪魔の計略よ。そうでしょ?」
私は、吹っ切れた。微笑んで話していたとさえ思う。
「世界を救う代償は『死』なんかじゃなく、愛すべき人を殺し、大量殺戮を行った良心の呵責と、最愛の人を失った喪失感を抱えて『生きること』だったなんて。ディアボロス君。花丸あげちゃう。本当によくできました、ってね」
ミチコはまだ複雑な表情を浮かべている。
「でもね。いいこと。ミチコ。貴女は私にクソッタレな生を命じた。もちろん、取り消しはなしよ。だから、その責任だけは取ってもらう。いいわね。私、心がすぐ折れる私、笑っちゃうくらいに弱い私を支えなさい。全力でよ。期間は。ひとまず、今生だけで許してあげるけど」
「ええ。誓って。でも。期間は『永遠』にしましょう。百万回生まれ変わろうと、私は貴女と伴にある」
「うん。そうね。無期懲役で許して、あ・げ・る❤︎」
私はミチコと長い包容を交わした。これから先、ほんの僅かな時間でしかないのだろう。だけど、再びミチコに抱きしめてもらえる幸せを、そう、今を! 大切にしよう。
少し落ち着いたミチコは。
「みんな心配しているわ。呼んできていいかしら?」
彼女はベルフラワーハウス中を回って、家族に、私が目覚めたことを伝えた。
「ルナ、水臭いとかそういうことは言わんとく、って、言うてるか。予感はあった。ミチコもな。あの海豚亭の夜は変やった。そやけど、生きる選択をしてくれたんやな。それは、貴女自身のためやないんやろ。家族のためやろ。そやから、言うわ。ありがとう!」
「ルナさん、僕たちも変だなと思ってましたよ。あそこで問い詰められなかったのは、仲間失格かもしれません。でも、リベカさんの言う通りです。ありがとうございます」
「いろいろな想いはあると思いますが、また、一緒に、冒険者やりましょう! もう、世界の異変は消えたのですから、心ゆくまで。どうか、引き続きよろしくお願いします」
「ねえ。ルナママ。ペンダントのここのところ。ほら。&という文字とTの間に切れ目が入っている。これはね。タマコがママを守ったってこと。約束した通りでしょ?」
「タ、タマコ、あんたって子は。うん。うん。感謝するわ。貴女は命の恩人よ」
「だから。ね。ママ。これからも、ずっと私と一緒にいること。約束してね」
私はタマコと指を切った。そして。
「あら、ルナ? なんで私がいるのか不思議? それは、そうよ。あの夜の貴女たちの様子を見ていて、何かを感じない女はいないわ。貴女は私の唯一の同志なのだから、これからも、ずっと付き合ってもらうわ」
「ルナ、ガス欠になったから目覚めなかっただけでしょ? 体はもう大丈夫のはず」
「ええ。ピンピンしてるわ」
「じゃ、決まりね。もう一度あの曲を歌いに、海豚亭へ行きましょう! 少し遅いけど、タマコ、今夜は特別よ」
「ええ! ミチコママ!、ルナママ!」
葉っぱのペンダントとクロスペンダント、二つが揃っていなければ、やっぱり私は死んでいたのかな? それについては、今でも定かではない。だけど、私とミチコが二人で生きるという「苦渋の選択」をしたこと、その強い想いが、悪魔の奸計を打ち破ったのだと思うわ。
本日で本編は決着。明日は、アスターストーリーをルナが語ります。




