悪魔との再会
私の魂は、すでに時間を超越した世界にいるのだろうか。時の流れを感じることができなくなっていた。違う。私は時空連続体を我が身に感じることができていた、と言うべきだろう。
魔法の珠、重力球、ブラックホール、その呼び方は様々で、それぞれ少し間違っていて、それでいて正しい。
それは、ちょうど魔法陣と同じ口径となった。ゆっくりと珠は魔法陣に吸い込まれる。いや、反対だ。珠が魔法陣を吸い込んでいる。
魔法陣が珠に飲み込まるのを確認し、私は最後の魔力を振り絞った。もう体の感覚はなく、自身は幽体となっている気がする。それでも私は、ないはずの右手を握りしめた。
潰せない。珠が消えない? え、消せない? え? 既に私の魔力は尽きていたらしい。さすが、悪魔の計略。ディアボロスはちゃんと計算していたのだろう。
私は魔法陣を消滅させることには成功したようだが、魔法で作った珠、すなわちブラックホールを宇宙に置き去りにしてしまった。幽体となっても、継続できていた意識が途切れる。
「目の前」が真っ暗になった。真っ暗? いや、暗闇より暗い、真の闇の中を私は漂っていた。
私、死んだのかな? アレ、ここ、来たことがある。ああ、そうか。
「よく来たな。その姿では、はじめましてか?」
「ディアボロス!」
「ああそうだ。君にとっては前世の記憶なのに、よく覚えているな」
「じゃ。私は、死んだの?」
「いや。俺にとっては、残念な結果だったが、死んではいない」
「ならば、なぜ、貴方が?」
「ゲームのエンドロールを見せてやろうと思ってな」
「ふん。貴方にとっては、全人類の命がかかろうと、ただのゲームなのよね」
「それは、立場の違いということだと思うぞ。俺だって、多数の人が死ぬことに全く痛痒を感じないわけじゃない。悪魔にも、良心というものがあることは覚えておいてほしいね。ただ、その痛みは、君らがゲームでレアアイテムをゲットしそこなったレベルだということさ」
「口が減らないわね。で、貴方が残念がるということは、私は、正しい選択をしたのね?」
「君の世界の全人類にとっては、トゥルーエンドだろうな。だが、君にとって。君とミチコ君にとってどうか? というのは、まぁ、君らの考え方次第だ」
「もし。もしも、私が死んだらどうなっていたの?」
「ああ、少々、小難しい理屈なのだが、前世の知識でなんとか理解してくれ……」
ディアボロスは、私に分かりやすいよう、前世の物理学を前提とした比喩で説明した。厳密な意味では少し違うようなのだが。
「龍王から聞いただろう、君の神界での存在の大きさを」
「恒星レベルだと」
「そうだ。もし、君が魔力を全部使って死んで、君の神界での亡骸、恒星レベルの魔力の空洞ができたらどうなるか? ということだ。君が死んで制御不能となった空洞は、神界にあるあらゆる物を飲み込み始める。神界版ブラックホールだな。そして神界に大きな歪みが生じるはずだ。その歪みは君が暮らす宇宙へも影響を与えるだろう」
「うん? 最後の方が推定調なのだけど?」
「ああ、歪みが生じる以降はなぁ。それを実験してみたかったのだよ。俺たちとて、宇宙の理が全て分っている訳ではない」
「宇宙を滅ぼすかもしれないことを実験?」
「だから言っただろう。立場が違うのだと。君らは靴の底で潰れているアリの死を悼むかね? そもそも、アリを踏んでしまったことに、気付きもしないだろう?」
皮肉な笑顔を浮かべながら彼は続けた。
「一方、君が魔法ウイルスの噴出を抑えるために作ったブラックホールが、君たちの世界にはあるはずだ。君は魔力が尽き、あの珠を『消す』ことができなかった」
「ディアボロスの計算通りってわけ? 私は何らかの切っかけは作ったのかもしれない。でも、ブラックホールを作ってしまったからといって、宇宙消滅には至らない。仮に、私たちの銀河を飲み込んでしまうとしても、ずっと先の話ではないのかしら? その前に、他の要因で世界は滅ぶと思うわ」
「そうだ。君の作ったちっぽけなブラックホールごときでは、人類の有史中に銀河すら滅びない。もちろん宇宙もだ。だが、神界のブラックホール、歪みは君たちの宇宙のそれと呼応、共鳴するはずだ。宇宙の時間経過をねじ曲げると思ってくれ」
「ということは?」
「君の世界のブラックホールは、ありえない速度で、肥大化する。それは、宇宙膨張の速度をも越え、全宇宙を飲み込み蒸発する。真に終末の使徒と化す訳だ。すなわち、数分先か、千年先かは分からぬが、人類の歴史の中で、宇宙は消滅する。多分な」
「なるほど。そもそも、貴方は宇宙消滅の実験をしたかった。だけど、少しは良心の呵責を感じた。だから、ゲームとはいえ、人類にチャンスをくれた? だとしても、ずいぶん、持って回ったやり方ね」
「まぁな。悪魔にも良心があることを理解し、俺を評価してくれて嬉しいね。だが、婉曲迂遠などと言うなよ。悪魔のご馳走はな。人の苦悶なのだから」
「前言を取り消すわ。やっぱり、ディアボロス、アナタ、さいってい!」
「ま、そちらも、俺にとっては褒め言葉だがな。そろそろ時間だ。行ってこい! アフターストーリーを楽しめよ。なぁ〜 フフフフ」
「待って、最後に!」
「なんだ?」
「私たちの世界で、再び貴方は実験をしたりするの?」
「いや。君たちの世界でのリプレイは、もうしないつもりだ。ま、悪魔の言葉を信じるか否かは君次第。だが、我々は、意外とフェアなのだよ」
「分かったわ」
「じゃあな」
ホント、悪魔って最低なヤツよね。だけど、私たちは勝利した。もちろん、永遠などというものは、数学の世界にだけ存在する概念。宇宙にだっていつか終わりが来る。だけど、全ての生きとし生けるものは、目前にある滅亡の運命から逃れることができた。
ルナはブラックホールを作ってしまいましたが、その程度で、宇宙を消滅させることはできません。これは、どうやら今の物理学でも明らかなようです。ですので、実質的には無害と言っていいでしょう。だけど、神界ブラックホールがそれと呼応すると……。悪魔の言うように、これとて、千年の誤差があるのでしょうけど、人類が歴史を刻んでいる間の終末は確定してしまう。
諸行無常。どんな物にも終わりがありますし、永遠に終末を回避し続けることは、不可能です。だから、今、生があることを大切にすればいいのだと思います。




