悪魔の奸計
〜 身をも惜しまじ名をも惜しまじ 〜
これは、ミツヒデの辞世の句。何も惜しむものはない、覚悟は決めたということか。予想された通りの答えが、ミチコから返って来てしまった。
「タマコは武家の娘。幼いころから、親の自刃も静かに見守るべしと、教育され育ったの。実際、父の運命を知りつつ、素直に私たちに同行したじゃない。リベカたちにも懐いているし、大丈夫、こんなことで彼女は折れないわ。それに」
「それに?」
「私も武家の娘ということを忘れないで。四面楚歌に包まれ、炎の中、城と運命を共にする。自らの死はそんなものだと、ずっと思ってきたわ。いえ、それは暗い憧れだったのかもしれない。だから、貴女と心中できることは私の幸せ」
ルナや、ルナ、汝を奈何せん--。ってこと?
ダメだ。ダメだ。嬉しい。嬉しいのだ。自らの自殺願望は、最愛の人を道連れにする、恐ろしく、だけど、強く魅かれる我欲をも伴っていた。死ぬのなら一緒に死にたい。ロミオとジュリエットのように。
アレ? ロミジュリは?
彼らは僅かなすれ違いさえなければ、幸せな逃避行ができたはず。
え? そうだ。 え? 何か? 変だ?
その正体は靄に包まれ判然としないが、違和感のようなものが私の胸に湧き上がった。
なんなの?? この感じ。ああ、もどかしい。こういうのを隔靴掻痒の感って言うのよね。
私の自殺願望から、それを後押しするに好適な事件が起きる。私の黒い、どす黒い望み。ミチコとの心中。その言葉は、私の心を狂喜乱舞させる。そうだ。だからこそ違う。
出来過ぎている。ラストシーンでジグソーパズルの全てのピースがピタリと収まる。まるで、よくできた推理小説のようじゃない? 違う。断じて違う! これは、この世界はフィクションなんかじゃない! 誰かが創作したものじゃないはず。
創作? 作る?
そうだ、ロミオとジュリエットのストーリーは、ちょっとした勘違いに誘導して、悲劇を演出するシェイクスピアの創作。創作。作り物。シナリオ。まるで。まるで。
悪魔の奸計!!!!
そうか。分かった!!
このまま死んじゃダメ。絶対にダメ! 悪魔の思う壺だ。
それは理解した。だけど、自死、心中という呪詛は、まるで麻薬のように私を捕らえて放さない。どうやって? どうすれば、この阿片窟から、脱出できるのだろう?
あっ!!
「ねえ、ミチコ。私は貴女を幸せにすると言った。貴女には思い上がりと言われたけど。今一度、問うわ、貴女の幸せって何?」
「このタイミングで何を言い出すの? そんなの『貴女と一緒にいること』に決まってるじゃない。え! あれ?? あれ??」
ミチコも気づいたようだ。悪魔の巧みな誘導に。
「そうよ。思い出して。貴女の本当の望みを。お願い。私たちは悪魔に操られている。貴女は、愛は身勝手で一方的なものって言ったわよね。だから、いいの、私のことは。貴女の望みはなに? 言ってみて」
彼女は聡明だ。本当に賢い。だから、だから、こういう時、目的のために残酷にもなれる。
「分かったわ。私は貴女を思いやり、心中という選択肢を導き出した。でも、やっぱり、私は貴女に苦難を、荊棘の道を強いる。そうよね? 言うわよ。覚悟はできているかしら?」
「ええ。もちろん」
私が、乾きにも似た死への渇望から逃れる術はただ一つ。
「貴女の心がどんなに傷つこうと、血を流そうと知ったことではないわ。愛は独善的なもの。私には貴女が必要。ただ、それだけ。貴女は、その全ては、私のものよね。これはお願いではない。命令よ!! 私のため、私だけのために、生きなさい!! ルナ」
ミチコが敢えて酷い台詞を吐いていることは分かっている。彼女も深く傷つきつつもそう言っているのだろう。私にとって彼女から生きろと命じられ、それに従うことは倒錯をも伴う快楽。すなわち、それは、他のあらゆる情熱を従属させる情熱なのだ。
それすらもミチコは承知している。決して、決して、彼女の命には。彼女の口から発せられる言霊の力に、私は抗えぬと。
「上手く行くかどうか分からないけど、賭けてみるわ。クロスペンダントを私に握らせて。そして、私が死んで生き返るまで、その手が離れないようにして。もし、死者にもこのペンダントが有効なら、私は蘇生するはずだから」
「分かったわ。遮魔力の結界を張って、みんなには気付かれないようにするわね」
さすがミチコ。一瞬で冷静さを取り戻したというべきだろう。私の魔法が部屋から漏れ出せば、大騒ぎになってしまう。結界を張った後、彼女は自分の髪を止めていたリボンを外して、私の手をぐるぐる巻きにし、その上から手を握った。
「でも、もし貴女が蘇らなかったら、やっぱり後を追うわ」
心中。その言葉は、悪魔の奸計と知ってなお、私を強く蠱惑した。やっぱり嬉しい。嬉しすぎる。否定できない。どうしても。だから、私は、はぐらかした。
「ずっと手を握っていなくても大丈夫だから。そして、四十二時間は待って」
「その、時間の意味は?」
「私の前世の記憶にある物語よ」
そう。これは、ジュリエットがロレンス神父からもらう毒薬の効能時間。彼女は四十二時間後に、仮死状態から蘇る。だが、霊廟で彼女が見たものは……。
クロスペンダントが肌から離れた私は、魔法のオーラを放ちだした。私の瞳はルビーに輝いているはずだ。今の私は伝説の御使そのもの。なるほど! そういうことなのか。
よし、今だ!!
「グラウス」
遠い遠い宇宙の果ての魔法陣、その真ん中に黒い、黒より黒い漆黒の闇、私の魔法の珠が生まれた。まだ小さい。だが、私が魔力を込める度、それは大きくなっていく。
急激な魔力の消耗。今までに感じたことのない感覚だ。それほどに、魔法陣は巨大だということだろう。珠を大きくしていて、ずいぶん長い時間が経過したと思ったのだが、それは、どうやら一瞬の出来事だったようだ。
悪魔の奸計。さすがと言うしかないわね。彼は、周到な計画で、私たちを心中に追い込んだ。だけど、九回裏ツースアウトからでも、まだ、逆転の可能性は残っているわ。
四面楚歌はご存知ですよね。ルナやルナは「虞や虞や 汝を奈何せん」がオリジナル。「他のあらゆる情熱を従属させる情熱」は、マルキ・ド・サドの名言です。
ルナには神界に恒星レベルの「実体」があります。で、彼女が死んだらどうなるのか? それは、次回。




