最後の晩餐
私たちはベルフラワーのメンバーを誘って冒険者酒場に繰り出した。
「ママたち、どうしたの? 海豚亭に行くのは嬉しいけど、なんだか急いでいるみたい」
「う、ううん。何でもないわよ。タマコの帰る時間もあるし」
「そう。ならいいのだけれど」
不味い。タマコの聡さは規格外。何とか悟られないようにしないと。さすがに、これは、この件だけは事前に話すことなどできない。
その夜は、ちょうどいい具合にリリスたちもいた。弟のデビッド、ジャン、ルツ、ナオミ……。最後の別れをしておきたい人はたくさんいる。だが、時間がない。早く、一刻も早く、諸悪の根元を断たねばならない。
私たちに関わり、励ましてくれた全ての人に謝辞を述べることは不可能だろう。せめて、リリス、セム、テラが酒場にいた幸運に感謝しよう。
「マスター! 一曲やっていいいかな。今夜はアカペラ。ミチコと歌うわ」
「おお、いいねぇ。ミチコ姫とルナのデュエットは初めてかな。どうぞ。どうぞ」
これは、今夜に相応しいと考えて、ミチコと打ち合わせた曲だ。
♪〜
Amazing grace how sweet the sound.
神の恩寵、なんて、甘くて美しい響き
That saved a wretch like me.
神様は、私のような罪深い人も、きっと救ってくださる
I once was lost but now am found,
私は罪を犯し道を外れた。だけど、今、見つけた
Was blind but now I see.
そう。今まで見えなかった、幸せを
〜♪
命を差し出したとしても、神に許されるとは思わない。だけど。そう、私たちは今夜、神の恩寵、それを成して死ぬ。え! 私たち??
「おお、ええ曲やなぁ〜。私らも一緒にええか? な、タマコ、エドム、ジャム、リリスも」
結局、冒険者酒場の常連、皆、舞台に上がって大合唱となった。あまり遅くならないようにと、海豚亭を出て、タマコを連れ、帰る道すがら。
「なぁ、ルナ、ミチコ、なんか変やで。今夜は。まぁ、ギルドミッション絡みの何かかもしれんが、くれぐれも、気ぃつけてな」
さすがにリベカも鋭い。私たちは、タマコが寝付くのを確認し、シャワーを浴びた。最後は、最後は、うーーん。やっぱりキスだけにした。まもなく零時。私たちは、サラ、セラを使って龍王を呼び出した。
「お待たせ。龍王」
「あ、ああ」
妙に落ち着いている私たちに、さすがの龍王も戸惑いを禁じ得ないようだ。
「それじゃ、私に、魔法ウイルスが吹き出す穴、魔法陣を見せてくれる?」
「うむ」
私の頭の中にサラを通じてイメージが流れ込んだ。フルダイブ型VRMMORPGのようと表現すると分かりやすいだろうか。イメージというのは、目から入った情報ではないが、確かにそれを私は脳で「見て」いた。
どこかは知らない宇宙空間に大きな魔法陣がある。白っぽい円、幾何学模様、テーベ文字が書かれたそれは、ゆっくりと回転しながら、不思議な光を放っている。
その光は、静かに宇宙に拡散していくように見えた。魔法陣の大きさは、比較対象がないのでよく分からないが、巨大な物であることだけは確かなようだ。
なるほど。私の魔力が「恒星レベル」というのは、そういう意味か! さすがに、こんな巨大な物を壊すグラウスを発動すればMPが尽き、死ぬ、ということだろう。圧倒的な魔法の神秘に触れながら、私の心には過去、思い出したくない思い出だけが、走馬灯のように駆け巡った。
幼いころから私を育んでくれた最初の理解者、愛すべきマリアを心なずも手に掛けた。百万もの人を虐殺した。龍族だって魔族だって尊い命。たくさん。たくさん。殺した。
お父様、私は、貴方の言い付け「お前を殺し屋にするつもりはない」に背いてしまいました。世界一、いえ、宇宙一の立派な殺し屋になりました。だから、私は最後の務めを果たして死にます。元々あった自殺願望、死への憧憬が強く私の心を揺さぶる。
「ねえ。ミチコ、私が死んだらね。エルフの里アルディアに埋葬してちょうだい。フェアルというエルフの女性に手紙を書いて、ホルツターバイテンまで遺骨をとりにきてもらってね。住所はメモに残したから」
「分かったわ。マリアと私の髪も一緒にね。そして、そのお仕事を終えたら、私も後を追うから。貴女言ったわよね。私と貴女は共犯。一緒に、煉獄に落ちましょう」
「何を言っているの? タマコが悲しむわ」
これだ!! ずっと前から、私には、分かっていた。ただ、そこに目を向けられなかっただけ。
ミチコが平然と私の死する運命を受け止められたのは、心中すると決意していたから。そして、彼女のことだから、知っている。私の全てを。
心中という言葉は、私にとって悪魔の囁き。彼女は禁断の台詞を言ってしまった。一応、三文芝居のような説得をしたが、そんなことで、彼女を納得させることなどできない。これは、あくまで形式的なやりとりに過ぎない。
ミチコは、フヨウの時から、私の死が逃れ得ないものならば、後を追おうと決めていたんだと思うの。
心中、情死、この場合、ミチコが私の死に殉ずるということになるのかしら。もしも今、私の命が尽きるのなら、最愛の人と一緒に死にたい! いけないことだと分かっている。だけど、どうしても、その誘惑に勝てないの。
アドルフ・ヒトラーは自殺したけれど、妻エヴァ・ブラウンも後を追っている。同性だって同じこと。エスが流行した1910年代以降、少女同士の自殺が多発したとも言われているわ。
白鳥の湖、ロミオとジュリエット。心中は美化されがちですし、ルナとミチコの心境も分からないではないです。ですが、心中は、彼女らの本心なのでしょうか?




